2.天然とポンコツ
助けてくれたお姉さんに連れられ、ケイセに背負われて着いた場所にあったビルはとても高く、先ほど見たお友達なんてお人形ぐらいの大きさに見えるほど大きかった。
大きなビルに入ると、意外にもそこはどこにでもありそうな普通のビルだった。多少ガッカリするとともに、ビルへの興味が薄れた。
ビルへの興味が薄れると共に興味はケイセの方に移る。
自分より小柄だとはいえ人を背負ってしばらく歩き続けたため、辛そうにしているケイセの足がぷるぷると震え始めたのを見てどこかおかしくなり少し笑いそうになる。
別に歩けないわけではないのだが、正直こっちの方が楽だし、顔の近くで揺れる髪からは甘い匂いが漂っていてどこか心地よく、安心する。
うとうとと微睡みかけては目を覚ましを繰り返していると、7人ほど入れそうな広いエレベーターに入り、一時的にケイセの背中から降りる。
大きく息を吐き、膝に手をつくケイセは明らかに無理をしていたであろうものであり、自ら言わなかったとはいえどこか申し訳なく感じた。
「別に、無理しないで途中で降ろしても良かったんだよ?」
軽く息が上がっているケイセにしか聞こえないような声量で話しかけると、キリッとしたつり目がさらにキッと上がり、軽く睨まれる。
「そんなわけにはいかないわ。お友達と会った時もほとんど任せちゃったんだから、これぐらいはしたいの」
どこか責任の取り方を間違えている気もするが、元々そういう人なのだろう。バイクに乗りながら話している時からまっすぐさを感じられたが、先ほどの戦闘時といい彼女はまっすぐを通り越して相当な馬鹿なのかもしれない。
普通、初対面の人のために知らなかったとはいえ危険でそこそこ遠いとこまで送ったり、会って数時間の人を命を懸けて助けようとしたりするだろうか。
あたしだったら絶対しない。
昔だったらそんな馬鹿一人や二人はいたかもしれないが、今の世ではほぼゼロに等しいだろう。
みんな他人のために命を使うくらいなら自分のやりたいことに使う。
あたしだってそうだ。
助けなくても誰も責めないしその事で悪意を持たれることなどない。
チーンという軽快な音とともにエレベーターのドアが開く。また背負おうとするケイセを軽く断って歩くと、長い廊下の先に一つだけ、他より群を抜いて大きい扉があった。
これは、あれだ。校長室とか、職員室とかそういうお偉いさんがいる感じの、あたしが最も苦手とする部類の部屋だ。悪いことしたら呼び出される感じのそういう部屋だ。
多少気後れするが、お姉さんは淀みなくその校長室(仮)に向かっている。
ケイセにも気後れするような様子は全くなく、何も気にすることなく歩いている。
きっと昔も学級委員長タイプの優等生だったんだろうなあと勝手に推測しながら歩みを進めていくとついに扉の真ん前に来てしまい、軽く溜息を吐く。
「シオン、私だ。入るぞ」
軽くノックをし、名乗りもしないで部屋に入っていくと、そこは校長室のイメージとは打って変わってどこかファンシーで可愛らしい女の子の部屋だった。
ぬいぐるみや薄ピンクのテーブルやソファなど、扉のイメージとミスマッチすぎる。
そして一番奥に置かれているアンティーク調の可愛らしい机には、クリーム色に近い金髪のどこか小鳥のような印象の少女が座っており、ニコニコと愛らしい笑顔でこちらを見つめていた。
「おかえりなさいリンカ! その子達はどうしたのですか?」
「ああ、街で保護した者だ。その気の強さに惚れ込んでな。とりあえず治療も兼ねて連れてきた」
リンカ、と呼ばれた先ほどのお姉さんはそう言い終えたあと、私達の方を向きなおり話し出す。
「彼女はレジスタンスのリーダーの……」
「いいのです。自己紹介ぐらい自分でできるのですよ」
遮るように言葉をかぶせ笑顔のままお姉さん、リンカさんに目を向ける。
「わかった。私は控えている」
そう言い少女の後ろに付き、何か言おうとしていた口を閉じる。
少女が立ち上がり、華奢な白い手を机について微笑む。
140かそこらぐらいしかなく小柄なため、どうしても視線を少し下にずらしてしまう。
「私は桂木シオン。レジスタンスのリーダーをやっているのです。よろしくお願いしますね」
「藤橋ケイセです。よろしくお願いします」
「神崎マツリです!」
間髪入れず簡潔な答えを返したケイセに焦り、返事が雑になってしまう。
そんな様子にシオンさんがくすくすと笑い、優しげに問う。
本当にこの虫も殺せなさそうな少女がレジスタンスのリーダーなのだろうか。にわかには信じられない。
「お二人は新入りさんなのですか? 」
「はい! あたし、レジスタンスに入れてもらうためにこっちの、ケイセと一緒に新宿に来たんです!」
「うふふ、元気がいいのですね。ケイセさんと一緒に、ですか。……その割にはケイセさんの方にはお友達に対する負の感情が見当たりませんけども?」
見当たらない、というフレーズにどこか違和感を感じるが聞き流すことにし、黙って話を聞き続ける。
口ごもるケイセに首を傾げケイセの方を伺う。
「あ、えっと……」
「失礼ですがケイセさん。あなたは本当にお友達が憎くてここに来たのですか?」
ケイセの方ををまっすぐと見て問う。
その目は宝石のように美しく、綺麗に透き通りながらも奥底が見えないような深い深い茶色で、あたしが見られているわけではないというのにどこか恐ろしさを感じた。だがケイセはそれに物怖じする事もなく返答する。
「私はマツリを新宿に送って行くだけの予定だったんですが、お友達に襲われてバイクを壊されてしまったんです。なので、マツリみたいにお友達が憎くて殺したいからレジスタンスに入りに来たわけではありません」
「あらぁそれなら」
「ですが」
リンカさんに負けないほど凛とした、自信を持った声で言い放つケイセ。
「私は……身内が殺されるのを黙って聞いてるだけで何にも出来なかった自分を、悔しく思っているんです。だから……。 それじゃ、駄目でしょうか?」
「シオン、庇う訳ではないがこいつの度胸は大したものだ。加入してもらって損になることはないと思うが」
後ろからリンカさんが表情を崩さないまま訴える。
シオンさんはニコニコとした表情を崩さず、一歩ずつ一歩ずつケイセに距離を詰めてくる。その挙動にどこか恐ろしいものを感じたのか、ゆっくり後ろに下がっていく。
するとシオンさんのスカートが舞い、その中から何か黒い金属が飛び出した。
あたしには何を出したのか目で追うことはできなかったが、ケイセにはかろうじて見えたらしく、ぎょっとした顔をする。あまりにも早い挙動に何を出したのか目で追うことができなかったが、シオンさんが動きを止めると、その手には腰ほどまである真っ黒で大きな鎌が握られていた。
ニコニコしているが目が笑っていない、乾いた笑顔でケイセに少しずつ近づいていく。
「悔しく思ってる、ですかぁ」
乾いた笑みを浮かべ、ぽつりと呟く。
その間にもケイセとの距離は少しずつ近くなっていっており、当人じゃないというのにどこか恐ろしい。
「それは、本当にですかぁ?」
少しずつ少しずつ、距離を狭めながら問う。下を向いており表情は見えない。もし先ほどと同じくニコニコと微笑んでいたとして、それは心からの笑顔ではないのだろう。
「ねえ、ケイセさん。悔しくて悔しくて、死にたくなったことってありますか?」
「え」
「助けられなかった、止められなかった。そんな自分を殺したいほど憎んだことはありますか?」
言いながら鎌を少しずつ掲げ、いつでも切ることができるような体勢に変える。そんな光景を私はただ呆然と見ることしかできず、目の前の少女への恐怖に足がすくんでいた。
「ないですよねぇ。……そうですよねぇ!」
そう叫ぶとともに鎌を振り下ろす。
軽くはないであろう鎌を軽々と降り続け、それをケイセは間一髪避けるが追撃も重く速い。
「避けれるんですねぇ!すご~い」
「ちょっと! 何やってるんですか!」
叫びながら躱し続けるも、室内では分が悪いのか避けづらそうだ。
刃が少しづつケイセの腕や足に小さな切り傷を作っていく。だがあの刃が直撃してしまうと切り傷なんかでは済まないだろう。リンカさんは見ているだけで何をしてくれるわけではなく、今頼れる人はいないのだと実感させられる。
私が動くしかないのだ。
そう思い、周りから武器を探す。お友達相手ならば効かないが、シオンさんは人間だ。多少の威力がありつつ死なないもの……
とりあえず近くにあった机を手に取りシオンさんに向かって投げつける。机を気にすることもなく切り落とし、ケイセへの追撃を続けていた。
シオンさんには何の効果を示さなかった机に、ケイセは驚いてしまったのかフットワークに乱れが生じた。
そこを見逃すはずもなくちょうど右足の位置に鎌を下ろし、ケイセの足を切り落とさんと振り上げる。
だがそれをケイセは足を引くことで躱し、引いた勢いでシオンさんの鳩尾に強力な蹴りを放った!
よろめいたシオンさんの鎌が地面に落ち、情けない音を立てる。
ハッとし、急いで鎌の元へ駆け寄ると力を入れて鎌を蹴り飛ばす。鎌は床を滑り、シオンさんの手が届かないところへと滑っていった。その光景を見たあたしは心の中で激しくガッツポーズを決めると、ケイセの方を見る。ケイセは安心して力が抜けたのか、その場にへたり込むと大きなため息をついた。
一方シオンさんは武器を落としたにも関わらずフラフラ立ち上がる。
その仕草に違和感を覚え何気なく眺めていると、胸元からナイフを取り出し、ケイセの胸を突き刺さんと駆け出した!
なんとか防げないかと手を伸ばすが到底届く距離ではない。
周りを見ても届きそうなものはなく、あたしにはどうすることもできない。
一方ケイセは駆けてくるシオンさんを捉えはしているものの躱せる体制でないことは一目瞭然だ。
リンカさんは先ほどと同じく動かずに、全く感情の読めない目で見つめていた。
このまま刺されるしかない絶望的な状況。彼女はあたしのために命まで張ってくれたというのに、私はなにもすることができない。もどかしさとともにふつふつと自己嫌悪の感情が湧き出る。
刃先はケイセの首へまっすぐと向かっており、もう避けることも止めることもできない。
あきらめ目を瞑った、その時。
『やめて』
機械がかった女性の声が部屋に響き、ガラスや食器が割れたような音を立てながらシオンさんは近くの棚に打ち付けられる。
突如飛び出した少女により飛び蹴りを脇腹に受けたシオンさんはピクリとも動かず、持っていたナイフの刃先はもうケイセを捉えていなかった。
誰もが驚き呆然とし、立ち尽くしていると飛び蹴りをかました白い髪と碧眼の少女が感情の持たない顔で吹き飛ばされたシオンさんを見つめていた。
手元に持っていたスマホのような端末に目を落とすこともせず指だけを動かすと、そのスピーカーから音が発せられる。
『シオンさん、なんでそういうことするの』
早足でぐったりとしているシオンさんのもとへ歩んでいき、立ち止まる。なにをするつもりかと目で追うと、シオンさん目掛けて、強力な蹴りを放った。
『そういうの、よくない』
そう呟いたあと、脇腹に向かって何度も蹴りを入れ続ける。
「いやそっちのがよくないから!」
容赦なく蹴りを重ねる少女を後ろから羽交い締めにすると、不満げな目で見つめられる。
『なんで止めるの』
「いや死んじゃうって! そろそろやばいでしょ!」
面倒くさそうに動きを止めると、シオンさんから離れソファに寝転ぶ。
そのままうとうとと眠りにつく少女に呆れつつリンカさんに目配せすると、参ったと言わんばかりに頭をかかえる。
「シオン……。もうこれどうにもならないだろう」
ぐったりとしているシオンさんに向かって言葉をかけると、むくりと起き上がり、最初とおなじ無邪気な笑みを浮かべる。
「もう収集つかないですねぇ」
スカートの汚れを手で払い、軽く髪を整えてこちらに向き直る。
「ケイセちゃん、マツリちゃん。それからソフィーちゃん、ごめんなさい!」
唐突な謝罪に動揺し、ケイセの方を伺うと同じことを考えたのか顔を見合わせる形になる。
「えっとですね、これは簡単な入隊試験のようなものなのです」
「騙す形になってすまない。だが許してほしい。こちらにも色々とあるのだ」
申し訳なさそうな顔をする二人を差し置いてソフィーと呼ばれた少女は視線だけをこちらに向け、徐に端末を操作する。
『ところで、この二人は誰。同い年ぐらいに見える』
こっちが聞きたいと心の中で毒づきながら最初と全く同じ自己紹介をする。
あたしたちの自己紹介を聞き終えた彼女は興味なさそうに『へえ』と呟くと、またソファに戻って寝ようとしていた。
「ソフィーちゃん、リンカと二人にもに自己紹介してほしいのです」
困ったようなシオンさんを横目で捉え、気怠げに立ち上がると近くにあったメモ帳を雑に切り離し、何かを書き始める。3秒ほど経ちこちらに突きつけてきた紙には女の子らしい丸い字で、『Sofia Ashley』と書かれていた。
「ソフィア・アシュリーさん?外国の方よね?」
『ええ。ソフィーと呼んで』
あたしが読むのに手こずっている間に簡単に読んでしまったケイセやリンカさんがソフィーと話している間にどんどん置いてかれる私の隣にシオンさんが立ち、少し小さな声で呟く。
「ちょっと……いえ、かなり気難しい子ですけど、彼女にも色々あるので仲良くしてあげてほしいのです」
眉を下げ、困ったような笑みを浮かべなら言い終えたシオンさんはてくてくとリンカさんのところへ歩いて行き、自己紹介を促すと最初に座っていた椅子に座りなおす。
リンカさんは自己紹介をしていないことに気づいていなかったらしく、こほんと咳払いをする。
「すまない、自己紹介が遅れたな。小鳥遊リンカだ。よろしく頼む」
『リンカさんもレジスタンスなの?』
「ああ、シオンの助手をしている」
初対面なのにガツガツ行くなあと何気なく眺めていたが、初見のインパクトが大きすぎて流していた大きな疑問に気づく。
『リーダーの助手……つまり偉い人?』
「レジスタンスで二番目ぐらいですかねぇ~」
『えっ』
何気なく会話をしているなかでも彼女は人工音声のようなものでしか話していない。声が出ない、と考えるのが妥当だが簡単に聞けるものでもない。
尋ねることを諦めてぼーっと眺めていると、ソフィーが私の目の前まで歩いてくる。
『マツリ、これが気になるの?』
端末を目の前に突きつけてきて首を傾げ聞いてくる。
「えっ、うん。ちょっとね」
『端末に入力した言葉をこれが喋ってくれるの。……ソフィーは話せないから』
一瞬物憂げな顔をしたように見えるが、興味を失ったのかすぐに無表情に戻りソファに座って微睡んだかと思うとどこからかルービックキューブを取り出してカチャカチャと弄り始める。
どことなく部屋は静まり返り、ソフィーのルービックキューブの音しか聞こえなくなった中、黙っていたケイセが唐突に口を開く。
「私達は、これからどうすればいいのでしょうか」
シオンさんが立ち上がり、いたって真剣な眼差しのケイセを悪戯っぽい笑みで一瞥する。
「説明が遅れてごめんなさい。てっきりリンカが説明したと思ってまして」
シオンさんが怖いぐらいのにっこりとした笑顔でリンカさんの方を見る。明らかに目を逸らし肩を跳ね上げる姿は先刻の凜とした女性と同じ人物には見えず、思わず苦笑する。
「まあ、このポンコツは置いておいて説明をしましょうか。ソフィーちゃんも聞いてくださいね」
ポンコツ扱いされたリンカさんが拗ねたような顔をしながら移動式のホワイトボードを持ってきて黒ペンをシオンさんに渡す。
必死に背伸びをして書き込もうとするが届かず台に乗るなんてやりとりをしてる間に興味が削がれてしまったのかまたもやルービックキューブを弄り始めるソフィーとそれをじっと見つめるケイセ。2人の集中力の無さに軽く呆れつつもシオンさんの方を見ると、見かけに台に乗り何かを書き込んでいる。手が止まりこちらを向き直るとホワイトボードには見かけによらず達筆な字で「RK細胞の限界値と暴走」と書かれている。
シオンさんがこっちを向いた途端に真面目な顔をして向き直る2人に再度呆れつつ始まった話を聞く。
「簡単に言うとあなた達には、人間をやめてもらいます」
…………。
誰もが言ってる意味を理解せず、いや、理解しようとせず呆然とする。
「ここは笑うところなんですけど」と口をむくれさせて拗ねたような表情を浮かべる。リンカさんに急かされ姿勢を正すと真面目な顔になって説明を再開する。
「みなさんは3年前のRK細胞の過剰摂取による暴走事件は知っていますね?あれは限界値を超えたRK細胞の摂取による細胞の暴走から起こったのです。」
『細胞の暴走であんな化け物になるものなの』
気怠げにに挙手をしてソフィーが問うと、その質問も予測してたかのように詰まることなく答える。
「RK細胞はアンゼリカ本人しか詳しい仕組みは知らないのですが、怪物と化した青年の解剖実験の結果、投与された途端に細胞分裂が異様なほどに促進され、それを繰り返した結果肥大化して化け物のような形になったのではないかと言われているのです。話に聞いたところ染色体の数も人間と違ったとかなんとか……」
「完全に人間とは別の存在、ということですか?」
ケイセが問う。
「そうですね。そして、レジスタンスで採取したお友達の細胞の染色体はその青年とは一致しなかった上に、三匹分のサンプルのどれも一致しなかったのです。そのため、お友達の正体や繁殖などの生態にについては全くの謎。アンゼリカしか知らないことなのです」
聞いてるだけで頭が痛くなってくるかなんとか理解する。
簡単に言うとお友達については何にもわかってないということでいいのだろうか。
『でも、なにもわかっていなくて対抗する方法がないならレジスタンスの意味なんてないはず』ソフィーが眠そうに問いかける。
「なにもわかっていない、というのは少し間違っていました。私達は生態はわかりませんが対抗法ならわかっているのです。それを見つけ出すために何人も死んで何人も精神を病みましたが……」
「対抗法って?」
レジスタンス、反乱軍を名乗るだけありそれなりの対策はあるらしい。
だが対策法がある、という言葉だけではなにもわからないので馬鹿なりに質問を試みる。
「私達レジスタンスはRK細胞を固形化する独自の技術を開発しました。RK細胞を固形化する事自体にはなんの意味もないのですが、何度もなんども実験を繰り返していくうちに、普通の武器では傷も付かないお友達にもRK細胞で作られた武器ならば通常の武器のように効くことがわかったのです。この鎌もその一つなのですよ」
先ほどまで振り回していた鎌を掲げると露骨にケイセが怯える。
恐る恐る鎌に触れてみるソフィーに感想を聞くと『つるつる』と適当な答えが帰ってくる。
「そしてこの武器は、簡単に言うととっても重いのです。先ほどマツリちゃんが蹴飛ばしましたが、火事場の馬鹿力というやつなのでしょうかね?
普通だったら蹴り飛ばすどころか動かすのも大変な代物なのですが」
焦っていたからかそこまで重いものを蹴飛ばした記憶はないのだが、よくよく考えるとなぜあんなに飛ばすことができたのかがわからなくなる。
火事場の馬鹿力とはいえ床に置くだけで私を背負ってきたケイセが少しも動かせないほどには重いものをあれだけ飛ばすとは、自分で自分に軽く引いた。
『こんな重い武器どうやって持つの』
聞く態度は一番興味なさげだが本当は興味津々なのか積極的に質問を投げかける。
「よくぞ聞いてくれたのです。簡単に言うと、RK細胞を限界寸前まで摂取することによる筋力の上限解放?って感じですかね。
もっと詳しい事は研究部のヤギちゃんに聞けば教えてくれるのですが、私からはこれぐらいにしとくのです。
産まれてすぐに摂取した規定量にプラスして限界値寸前までRK細胞を摂取する。もちろんリスクは大きいし、どこかしら障害が残るケースも少なからずあるのです」
自然と息を飲む。限界値寸前まで摂取するということは少し間違えてオーバーするとそのままあの化け物になってしまう可能性が高いという事でもある。それほどのリスクを重ねてやることは命をかけた戦いである。
「今なら考えなおす時間があるのです。護衛をつけて新宿の外まで送る事も可能ですし、先ほどの地下街は挫折したり結局戦闘要員になれなかったりした子が集まった場所。あそこで暮らしてもいいのです」
声には緊張感が増し、笑顔ではなく真剣な顔つきになる。
「私達はお友達に勝ちたい。でもだからこそ、生き残っている仲間の命を無駄にしたくはないのです。辞退するなら今のうちなのですよ」
静まり返る室内に響く時計の針の音。先ほどまでは静かになっても気づいていなかったが今はとてつもなく大きい音にも感じる。
あたしやりたい。だがこの雰囲気の中言い出す事が出来ず、ただ息を飲んでおわる。誰もが話す事を決めあぐねていると、2人が大きく息を吸う。
そしてソフィーが立ち上がり、シオンさんの瞳を真っ直ぐ見つめる。
『私はリスク承知でここに来てる。今更そんな事どうでもいい』
つられたように立ち上がったケイセがシオンさんへ頭を下げ、ハキハキと言う。
「警告ありがとうございます。でも私、やるって決めた事はやりたいんです。……正直、こんなこと思ったのさっきの戦いからなんですけど」
やりたいと思っていたあたしを後押しするかのような2人の眼差しにどことなく安心し、同じように息を吸う。
「ーーあたしも」
「あたしも、やりたいです! よろしくお願いします!」
勢い良く頭をさげ、目を瞑る。
「マツリちゃん、頭をあげてください」
頭を上げるとくすくすと笑うシオンさんと微笑を浮かべたリンカさんがこちらを眺めていた。
暫くして手を差し出してくるシオンさんを呆然と見つめていると、「握手ですよ、握手!」と急かされる。
差し出された真っ白な手を握って少しだけ上下に振ると満足したような笑みを浮かべて他の2人のところに同じことをしに行っていた。
握手を済ませて座るように促されソファに腰掛けるとご機嫌な表情で紅茶を出される。一口すすったケイセが小さく「美味しい」と呟くとそれが聞こえたのかさらに機嫌良く鼻歌を歌い出した。
一部始終を見つめていたリンカさんが大きくため息をつくと呆れた表情で耳打ちをする。
何を言ったかまではわからなかったがシオンさんが忘れていたと叫びださんばかりの表情をしていたので何か大事なことを抜かしていたという事をなんとなく察する。
「その……とっても言いづらいのですが、その紅茶を飲み終わったらすぐに移動なのです」
『どこに?』
恥ずかしそうに頬を赤らめ頭を掻くシオンさん。
「研究部に行きます。さっき説明しそびれたのですが、限界ギリギリまで投与されたRK細胞が馴染むまで最低3日はかかるので出来るだけ早めに投与して早めに訓練まで持ってきたいのですよ」
「えっ、じゃあ、今からRK細胞を摂取しに行くってことですか?」
「そうなりますね」
焦るケイセと平然と答えるシオンさん。何かおかしいかと問うような疑問を浮かべるような顔に若干呆れる。
この人は覚悟や心の準備という言葉を知らないのだろうか。
「すまない、こいつの感覚は常人より大幅にぶっ飛んでいてな。悪いが心の準備をする時間は与えられないのだ」
申し訳なさそうな顔で吐き棄てるがもちろんこのまま摂取することには変わらず、あのソフィーすらも狼狽えていた。ケイセの方を伺うとちょうどあちらも振り返ってきて顔を見合わせる形になる。
苦笑いを浮かべるケイセに微笑を浮かべ返すと、唐突に紅茶を一気飲みして立ち上がる。
「とにかく急ぐ用事なんですよね! それじゃあ早く行きましょう?」
うろたえていたソフィーがケイセの方を一瞥すると覚悟を決めたかのように紅茶を一気飲み……しようとしたが熱さに負けて一口で諦めて息でふうふうと冷ます。
その光景がなんだかおかしくてクスッと笑うと緊張が抜け落ち、ソフィーのペースに合わせて紅茶を飲むと、共に立ち上がる。
「……とってもいい顔なのです。それじゃあ案内しますね」
歩き出すシオンさんの後ろをついていくと、誰かに電話をかけているリンカさんが見える。
何気なく見ていると置いていかれそうになり、追いつくために小走りをする。
電話口から少しだけ聞こえた、どこか不穏な言葉に聞こえなかったフリをして。
「新しい実験体ちゃんは3人だけなかんじかぁ。つまんないなあ」