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Angelica  作者: 工藤
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1.嫌悪と覚悟

例の事件から三年後。2018年。


男性は全員滅び、女性は19歳までしかいなくなってしまった。

二十歳になってしまったとたん殺されていった女性をこの三年間で何人も見たし、それを助けようとして殺される未成年の少女もたくさん見てきた。

毎日のように血と涙が流れ、生きている人はどんどん若者だけになった。



そんな中私、藤橋ケイセは何も気にすることなくのびのびと生き延びている。16歳の私にはまだ4年猶予があり、それまでは生きていけるのだ。

周りの少女達も最初こそ寿命が決められてしまったことに嘆き悲しんだものだが、ほとんどが数ヶ月で諦めがついたらしく、楽しく生きる事に重点を置き始めた。無論私もその一部だ。

よくよく考えると世界を滅びかけにされたとはいえ、逆らう必要性はないのだ。

アンゼリカが呼び出した化物、「お友達」は彼女の命令通り反抗してこない未成年は殺さなかった。

無駄に物を破壊するわけでもなく、土地を荒らすわけでも無かったため未成年の少女達でもそれなりに復興することができたうえに、世界中には賢かったり、器用だったり、親の仕事などで知識がある少女はたくさんいる。そのため病院や店など一部の施設は未だに機能しているのだ。


みんなが好きなことを楽しむ中私は昔からやってみたかった旅をしている。

拾ったバイクでの日本国内の旅だがそれなりに楽しいし、旅先で友人もできた。RK細胞を摂取しているため病気をすることはなく、怪我もしないので病院の世話になることも無い。

ただただ思う通りにバイクを走らせるだけだ。もちろん免許など持ってはいないし、今頃持っている人などほとんどいないため咎められることもない。

今では普通だが3年前だったら絶対に許されていないことだ。


店をやったり私のように旅に出てみたり、各々自由にやっている今の世界は昔よりも平和に感じる。

金もほぼ意味がなくなり使われなくなったためみんながボランティアをしているような物であり、かつて大人がしていたような金銭トラブルが起きるようなことはない。

それに、戦争や争いなどという不毛な事をしていられるほど残された時間はないとそれぞれがやりたい事をやっているため、今の方がよっぽど平和で自由だろう。私は殺されるまで旅を続けるし、やりたいことをやってる人はみんなそうだと思う。

そもそもこうなってしまった時点でこんな世界はーー


「ねえちょっと! キミ聞いてんの? ねえってば! 」


「えっ、ああ、ごめんなさい」


ボーっとスマホを眺めながら考え事をしていると、呼びかけられながら肩を揺すぶられはっと我に帰る。


「いや、謝るほどでもないんだけどさ。大丈夫? ボーっとしてたけど」


「ごめんなさい、少し考え込んでいたの」


私と年が変わらなそうなぐらいの茶髪のポニテ少女は、顎に手を当て体を傾けてこちらの顔色をうかがっている。

その動作は見た目より幼く見えて、どこか和んでしまうものだ。


「まあこんなご時世だしねー。考え込んじゃうのもしょうがないよ。私も時々やるしさー」


「そう、だったらいいんだけど。ところで、あなたはどうして話しかけてきたの? 初対面よね? 」


「あーそうそう! 初対面の人にいきなり頼みごとをするのも悪いんだけどキミにどうっしても頼みたいことがあるんだ!」


そう言うなりパンっと手を合わせ、私に向かって勢い良く頭を下げる。


「そのバイクであたしを新宿まで連れて行ってほしいの! お願いします! 私にできることならなんでもするからっ!」


「別にいいけど」


「お願い! どうしても……えっ? 」


この間わずか10秒。

私の即答に彼女はポカンと口を開け驚き、言葉を失っていた。

そんなにあっさり聞いてもらえると思ってなかったどころか交渉を続ける気だったのだろう。もしかしたらもう何人かに断られてきたのかもしれない。

だが私には目的地もないし、新宿には行ったことがないため彼女を送ってから適当に観光でもしようかと軽く計画を立てていると、彼女が目をパチパチさせながらこちらを見る。


「え? 本当にいいの⁉︎ だって新宿だよ? 」


「ええ、別に。行ったことなかったから」


「いや、行ったことないとかじゃなくて! その……」


言葉を濁らせ斜め下に目線をそらす。

ここから新宿までは割と遠いから遠慮しているのかもしれない。

おてんばなようで割と気にするタイプなのだろうか。


「私、 割と暇なの。 だからあっちに行って観光でもしようかなって。ついでだから気にしないでいいよ」


「観光なんて……到底出来るとは思えないけど」


ボソッと呟いた内容は聞こえたが、理解することはイマイチできない。観光名所などが壊されてしまったのだろうか?よくわからないが、それならば新宿に寄った後別のところに行けばいいだけだ。彼女を送るくらい造作もない。


「なんでもいいから、行くなら行こうか。早く後ろに乗って。割と飛ばすからしっかりつかまっててね」


「ありがとう! 本当に感謝してるよ〜! あ、そういえば名前言い忘れてたよね」


ぱあっと明るい表情を浮かべ、私の手を包むように優しく握る。上目遣いで人懐っこい笑みを浮かべる彼女は、小型犬というべきか、小動物というべきか独特名前愛らしさを醸し出していた。


「神崎マツリよ。今年で16歳! よろしくね! あなたは?」


「私は藤橋ケイセ。同い年だよ。よろしくね、マツリ。」


右手を軽く出し握手をすると、にひひっと悪戯っぽい笑みを浮かべる。

急に手を話しバイクの方へ小走りでかけていくと、「そんじゃおねがい!」とバイクの後ろの跨ってこちらを見てくる。

行動力の早さに少し呆れつつもバイクのエンジンをかけ、スピードを上げていく。頬に当たる風はやはり気持ちがいいもので、移動手段にバイクを選択して良かったと乗るたびに思う。

道路などはところどころ壊れているものの通れないほどではなく、昔と同じように使うことができる。

さすがに電車などは止まってしまったが、日本国内ならバイクでどこでも行けるはずだ。

着々とバイクを走らせ、休憩がてら近くのPAに止まる。


「マツリ、コーヒー飲める?」


「うん! 飲めるよ」


小銭を入れなくても飲み物が出る、3年前だったら喉から手が出るほど欲しかったであろう自販機から缶コーヒーを2本取り出しひとつをマツリに渡す。


「マツリはどうして新宿に行きたいの?」


何気なく気になったことだがまずいことを聞いてしまったのだろうか。彼女が缶コーヒーを手にしたまま顔に影を落とす。


「……どうしても行きたい場所があるの。でも今の新宿は危険な場所でさ。誰も相手にしてくれなかったんだ。ケイセを騙そうとしたわけじゃ無いんだよ?でも、騙したみたいになっちゃったよね。本当にごめんなさい……」


頼みを聞いた時言葉を濁していたのはそのためかと一人で勝手に合点がいく。確かに危険性を説明されなかったため私は騙されたことに当たるのかもしれない。だが……


「別に、いいよ。だって今まで危険性を説明して断られていたんでしょ?それなら説明しない方がマツリにとっては得じゃない。そんなに行きたい場所ならそうして当然だわ。だから気にしないで」


「……騙しあたし私が言うのもアレだけど、ケイセって怒らないの? っていうか、最近は新宿のことを知らない人なんてほとんどいないから説明しないでも断られるんだよ。だからケイセの方が珍しいんだ」


眉を潜めてそういう彼女の言葉に疑問を抱く。「新宿のことを知らない人なんていない」ということは、そんなに新宿は大変なことになっているのだろうか。放射能などか、クーデターか。

放射能はありそうだが、クーデターは無いだろう。紛争でも起こっているのだろうか?だがどれにしても、皆考えることは同じで紛争などしている暇があったら……という人がほとんどだろう。ならば人為的なものではなく、事故か何かによる災害だろうか。

そして、どうしてその危険な場所へマツリは行きたいと思ったのだろうか。


「新宿に何があるかは知らないけど……危険な場所なんでしょう?マツリは怖くないの?」


「いやそれ一番あたしがケイセに聞きたいことなんだけど……いや、そうだね。あたしは怖くないよ。本当のことを言ったら怖いのかもしれないけどさ。それを忘れちゃうぐらいーー悔しくて、怒っているんだ」


「怒ってるって誰に?」


「弱くて……守れなかった自分に。新宿に行ったらさ、強くなれるんだ! だからあたしは新宿に行く。何があってもその気持ちだけは変わらない」


整った真面目な顔を崩して、困ったような笑みを浮かべる。


「……ごめんね! 会ったばっかなのにつまんない話しちゃってさ。ケイセはなんでバイクで旅してるの?」


「私は……ただの暇つぶし。あと四年間は生きられるんだから行ったことなかった場所に行きたいなって思ったの。あとはバイクを拾って直してもらっててきとうに走ってきただけ。マツリみたいに立派な意思はないよ」


マツリのあとに話すのが恥ずかしいほど適当な理由で、口に出すのも躊躇うほどだ。謙遜しているわけでもなく、何かを隠しているわけでもなく純粋な暇つぶしなのだ。


「いいじゃん、暇つぶしでも! こんな世界だしさ。自分が楽しいことをやるって、簡単なようで難しいことだと思うの。だからほら、そんなに悪いことみたいに言わないでよ! ねっ?」


壊滅寸前になってから初めて見るような心からの笑みに心が癒される。

世界がこうなってからの少女達は、諦めを孕んでいたり、どこか悲しげな笑顔だったり、心からの笑顔を浮かべるような人はいなかった。

こんな無邪気な笑みを浮かべたのはマツリぐらいだろう。


「ありがとね。じゃ、そろそろ行こうか。」


「うん! あ、でもコーヒー飲んでないからちょっと待って」


そう言って確実にぬるくなっているであろうコーヒーを一気飲みし、ゴミ箱に缶を投げ入れる。

小走りでバイクに向かって跨り、出発する前と全く同じシチュエーションがどこかおかしくて笑みが漏れる。


マツリを乗せ再び走り続けて30分ほど。道路にお友達が立っており、何をしていたわけでも無いのだが少し体が強張る。

ぶつけてしまったら殺されかねない。私はぶつけないように細心の注意を払うのみなのだが、マツリは違った。

私の服を掴んでいた拳は痛そうなほどにぎゅっと握られ、顔は見えないもののゾワッとするほどの殺気が伝わってくる。

実を言うと私は、お友達に逆らって殺された人を見たとき、心の中でどこか馬鹿にしていた節があった。

逆らわなければ生きれたのになぜわざわざ死にに行ったのか、と。

だが実際には怒りや恨みを抑えきるのは容易くないことで、衝動的に攻撃をしていたのだろう。

マツリの手は血が出そうなほど強く握られているし、息も怒りで荒くなっている。私はマツリのことをほんの少ししか知らないが、あんなに無邪気な笑みを浮かべる少女がこんなにも怒っている姿は想像できないものであり、並ならぬ衝撃を覚えた事は言わなくてもわかると思う。


せめて早く遠ざけてあげたいと思い、スピードを上げる。影が小さくなり、姿が見えなくなってくるとともにその手は開かれたが、少し青くなっていた。彼女はお友達を見るたびにこんな思いを必死に抑えているのだろうか。

そう考えると胸が痛くなった。

だが、いくら胸を痛めようと哀れに思おうとそれはただの偽善に過ぎず、私にできることなどない。

あるとしたら、マツリを新宿まで無事に送り届けることだけだ。

そのため私は必ず彼女を無事に送ってみせる。固く意思を決め、スピードを安定させる。下を見て危ない運転をするわけにはいけない。……下を見ていない私は転がっていた腕など見ていない。マツリもきっと見ていない。そう思わないと決心が鈍ってしまうだった。


小一時間ほどバイクを走らせ、周りの風景も変わってくる。

だが、どこかおかしい。

ほぼ街は昔通りのはずなので近づけば近づくほど都会らしくなっていくはずなのだが、進めば進むほど建物が減っているように見える。

道路にも穴が増えていき、割れているところすらある。


「ねぇマツリ? なんかこれ……おかしくない?」


「ごめんねケイセ。あの……とっても言いづらい事なんだけど、ここのお友達すごくヤバいらしいの……」


すごくヤバい、それは周りの風景を見るとなんとなくわかる。

道には穴や亀裂が走っており、建物は倒壊していたり上半分がないものもある。何より、そこら中に染み込んでいる赤。あれは間違いなく血液によってできたものだろう。

私はお友達を避けて生きているのであまり接触する事が無いので基準がわから無いのだが、あえて言わせていただこう。ヤバい。マジヤバい。わりと多弁と言われた私ですらこの一言に尽きるほどヤバそうな風景が広がっている。


「新宿のどこまで行けばいいのよ⁉︎」


「どこでもいいから地下鉄の駅に入って! 急がないとお友達が来ちゃう!」


「了解。しっかりつかまっててね!」


言うと同時にアクセルを力強く握る。

今まで出した事のないようなスピードが出るが、これでも2年ほど乗ってきたのだ。制御はできる。

それに、急がなければ向こうの通りで何かをにちゃにちゃと頬張っているお友達の三時のおやつにされかねない。


後輪が浮き前輪が浮き、車体が跳ねるが倒れる事はなく順調に壊れた道路を走って行く。どこに地下鉄の入り口があるかはわからないが何せ都会だ。探せばそこらにあるだろう。

瓦礫に埋まっている山の中にあったと言われてしまったらもうどうしようもないのだが。


走っても走っても見当たらない入り口に苛立ちを覚える。

ものすごいスピードを出しているバイクはそれなりの音を立てるため、時間をかければかけるほど集まってきてしまうかもしれない。頭では理解しているが音を抑えてスピードを出す方法は今の所なく、いち早く見つけなければいけない。


「ねぇケイセ!なんかおかしいよ!今まであった場所に入り口が無くなってる!」


「……どういうこと?人為的な破壊、あるいは……」


「ちょっとケイセ、前!」



マツリの叫びで焦って顔を上げ、ブレーキをかけると。


そこには何かを頬張っているお友達が、まるで品定めでもするように鋭い瞳でこちらを睨んでいた。

その口からは人の腕のパーツだったであろうものが垂れており、座っている前にはほとんど原型のわからない赤い塊がゴミのように転がっている。

足のような形の肉片、髪のような糸。

お友達が頬張っているものが私達と同じ人間だということは、火を見るよりも明らかな事だった。


「ウソ……そんな……!」


ジリジリとマツリが後ろへ下がる。

刺激してしまったら、食事の邪魔をしてしまったら、敵意を向けたら。

あるいはただの気まぐれで、私たちはあの肉片と同じ運命をたどる事になってしまう。そもそも、お友達は人を食べるものなのか。私が見た事があるのは爪や足、拳などで致命傷を与えて一発で殺す姿であり、あんなにぐちゃぐちゃにされ、捕食されている姿などただの一度も見た事がなかった。


「あ、あ……」


声にならない声が口から漏れる。


今からバイクに乗って逃げるか?

いや、無理だ。追いつかれる。

お友達に真っ向から立ち向かうか?

それこそあの肉片と同じ運命をたどる事になる。

マツリを囮にするか?

それだけは絶対にしたくない。



じゃあ、大人しく殺されるか?

それしか、選択肢はないのか?



「嫌だ……嫌だよ……」


マツリが呟く声が聞こえる。

品定めが終わったかのようにのっそりと立ち上がると、一歩ずつ一歩ずつ距離を詰めてくる。


「何もできないのは、嫌なの……!」


「マツリ、駄目! 逃げるの! マツリ!」


お友達が近づくとともに、青白い顔をしたマツリも一歩ずつ近寄っていく。

引き寄せられるように歩いて行き、あと3歩ほどでお友達の手が届きそうな距離で足を止めた後、耳が痛くなるほどの大声でマツリが叫んだ。


「あんたなんかにただじゃ殺されないんだから‼︎ 何があっても、ケイセは守る! 守れないあたしは嫌なの!」


あって1日も経ってない私を守る?

わざわざ命をかけてまで?

彼女は馬鹿なのか。


深く考える前に、お友達の腕がマツリに向かって振り下ろされる。

その腕は鉄球のように重そうであり、速い。振り下ろされる腕をしゃがんでかわし、お友達の後ろ側へ回ると、辺りに落ちていた鉄パイプを手に持つ。お友達に鉄パイプなど、武器どころか木の棒とさして変わりがないのだが持ってないよりはマシと判断したのだろう。武器を持っていないか持っているかなど関係なくお友達の猛攻は止まらない。あたりの瓦礫をかき回し、ちょこまかと動き回るマツリを必死で追っていた。


「ケイセ、ここはあたしに任せて逃げて!」


瓦礫の山を颯爽と飛び回りながら私に向かって叫ぶ。叫んだあとも攻防を続けているが、ジリジリと追い詰められている。全く捕まらないマツリに苛立ちを覚えたのか、お友達がマツリが載っている瓦礫の山を崩す。その上にいるマツリはバランスを崩し、コンクリートの地面に勢いよく叩きつけられる。

足を捻りでもしたのか、動かなくなったマツリを見てお友達がニヤリと笑う。瓦礫の中に追い詰められ、「捕まえた」と言わんばかりに手を伸ばすお友達に抗う術はマツリにはない。


「マツリ!」


「ねえ、お願い!守りたいの……だから……」


遠くにいるため聞き取りづらかったが、かろうじて聞こえた言葉は確実に聞き覚えがあるもので。


「……逃げて、ケイセ」


私の後悔を呼び覚ますのには、ちょうど良すぎる言葉だった。

今まで、お姉ちゃんの事を忘れた日はなかった。

お母さんも、お父さんもみんな殺された事を許していたわけじゃなかった。

でも、どこか諦めていたのだ。

勝てないから、生きたいからと言い訳をして抗う事をやめていた。

もう一度同じ事をさせていいのか?

見ているだけで後悔はしないのか?

するだろう。後悔して、死にたくなるだろう。後で泣こうが喚こうが、マツリを犠牲にした事実は変わらない。


そんなのーー


「……逃げれるわけないじゃない!」


バイクで一気に距離を詰め、お友達の後頭部に当たるようにジャンプする。

怯んでいる隙にマツリの手を引き、お友達の足もとを潜らせて私が立っていた場所に引き寄せた。


「一人でなんて逃げられないわよ!」


完全に今ので怒ってしまったのだろう。息を荒くしたお友達が走ってくる。腕を振り上げ、爪や牙を剥き出しに走ってくる姿はまるで鬼のようで、本能的な恐怖を覚える。

だが、ここを避けるわけにはいかないのだ。

ここを避けるとマツリに当たってしまう。今避けたら後悔するだろう。

他人を殺してまで生きて楽しいのか。

楽しくない。

私が死んだ後マツリも死ぬかもしれない。ただの自己満足で終わるかもしれない。それでも、避けるわけにはいかないのだ。

私は避けない。

これで死ぬなら死んでやる。会ったばかりだけど、確かに友達を守って死んだんだと、誇る価値も自慢する人もいないことを誇ってやる。


目を瞑ると、腕が振り上げられ風を切る音が聞こえる。

後数秒もしないうちにその爪は私の体を切り裂くだろう。

死とはこんなにあっけなく来るものなのかと感慨を覚える。

私もお姉ちゃんや家族の元へ向かって天国があるならばそこで幸せに生きようじゃ無いか。


最後の覚悟を決めた瞬間、刹那。

私の耳に届いたのは自分の肉が切り裂かれる音ではなく。

金属音と、液体が吹き出たような音。

そして。


「その心意気や良し。私は貴様らに惚れてしまった」


今まで聞いたことが無い凛とした美しい声だった。

目を開けると、そこには銀髪の女性が日本刀を手に立っており、お友達の腕は音を立てて地面に落ちた。

断面からは遅れて血が吹き、目を白黒させている間に女性がもう片方の腕も落とす。その太刀筋はまるで昔ドラマなどで見た侍のようで、見惚れてしまうほど美しかった。


「ボーッとするな! そいつを連れて被害が及ばないところまで逃げろ!」


凛とした声ではっとし、マツリを背負って瓦礫溜まりの裏へ隠れる。

擦り傷や切り傷などの外傷だらけになった体は痛々しく、動けなかった自分を恨めしく思う。


瓦礫から首だけを出し眺めてみると、先ほどの女性が長髪を揺らしお友達と対等に、いや、それよりも上の実力で戦っていた。

やがて首を切り落とすと、お友達の動きは止まり、オイルとライターで遺体を燃やす。


そこまでの作業を流れるようにこなすと、小走りでこちらまで走ってきた。


「とりあえず、我らの拠点に来るがいい。ついてこい」


そう言い歩いていく女性の後ろを急いでついていく。燃え盛る死体を見ると、お友達の至る所が綺麗に切り落とされており、素人目でも凄いことだとわかった。

廃ビルに入り込んだ女性とエレベーターに乗り、マツリを一時的に下ろす。


「貴様達はなぜここに来た?気軽に来るような場所ではないと思うのだが」


先ほどと同じ凛とした声で聞いてくる女性に、マツリがすかさず返答する。


「レジスタンスの噂を聞いて、入れてもらうためにここに来ました」


レジスタンスという単語に女性がぴくりと反応する。顎に手を当て微笑を浮かべる何気無い姿はとても美しいもので、同性の私ですら惚れ惚れとしてしまう。


「ほう、こちらとしては嬉しい限りだ。そっちの黒髪。貴様もそうなのか?」


「……私は、ただこの子を送ってきただけなんです。レジスタンス?っていうのもよくわからなくて……」


「ほう、送ってきただけ、か。その割にはなかなかの闘志と覚悟だった。是非とも加入してほしいものだがな」


「お姉さんはレジスタンスの人なんですか?」


「ああ……まあ、そうだな」


どこか言葉を濁していて怪しくは感じたが、エレベーターが止まった音に気を取られ聞くタイミングを逃す。

扉が開くと、そこには広大な街が広がっている。


「なにこれ……⁉︎」


ガヤガヤと賑わっている街にはたくさんの人がおり、店をやっていたり買い物をしていたりと平和な町と変わらないように過ごしている。

この上はあんなに激戦区なのにだ。


「これは、我らレジスタンスが建設した地下施設だ。私達はお友達狩りを生業としている。さしずめ拠点といったところだな」


「ここにいる人はみんなレジスタンスの人なんですか?」


「難民と化していた民間人が多い。実際に外に出ているのはもっと少ないさ」


地下施設は終わりがわからないほど広大で、活気にあふれている。

また歩き出した女性の後を追うと、大通りのような場所で、声をかけてくる人に手を振りながら颯爽と歩いている。商店街には普通の食材が並んでいて、地上となに一つ変わりの無い風景だった。


そのまましばらくマツリを背負って歩き、そろそろ足の限界が来そうなところで大きな建物が見えてきて、女性がくるっとこちらを向き直る。


「着いたぞ」


その背にはビルを改造したような建物がそびえ立っており、周りの建物がおもちゃのように見えるほど高く大きい建物だった。


「ここがレジスタンス本部。私達の拠点だ」


大きく手を広げた彼女の銀髪が靡き、どこか現実離れした美しさを醸し出す。


美しさに見惚れていた私に、マツリがきゅっと袖を引っ張ったことなどに気付く暇などなかった。


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