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Angelica  作者: 工藤
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0.プロローグ

想像してみてほしい。


あなたの周りの父と母、兄弟、祖母や祖父、親戚に顔見知り、クラスメイトに学校の先生、会社の同僚など、赤の他人から血縁者までみんなゾンビになり襲いかかってくる。


武器が落ちてない、銃があっても効かない、マップはだだっ広い上に障害物過多、ゾンビの足が遅いわけでもなく攻撃力も異常のゾンビ無双の死にゲー。もちろんセーブ&ロードなどないし、救済措置もない。


とんだクソゲーだとは思わないか?


2018年。やりたいかやりたくないかに関わらず強制的にスタートされるやり込み要素満載の「人生」というクソゲーは、そんなゴミ以下のゴミゲーへと落ちぶれていた。


正確にはゾンビじゃなく、細胞が体内で暴走し、見た目の変容や知性の欠乏などが起こってしまった“元”人間の化け物だが。

さて、テキトーに平和にやってきて、テキトーに機能してきたテキトーな世界だったのが、どうしてこんなことになってしまったのだろうか。


3年前、2015年。

話は変わるが、今までの歴史をふりかえってみると10年や20年の間に大きな技術進歩が度々あった。

昔の携帯電話は折りたたみ式で、テレビは白黒で、コンロからは火が出た。そんなことを言われても今となっては信じられない。だが確かにそうだったのだ。

携帯電話は折りたたみ式からタッチパネルになり、時計になろうとしている。テレビはカラーになり、飛び出すようにった。


新たな医療、LEDの発明、その他にも様々なものを人類は生み出し、活用してきた。

だが、今までの科学、技術の進歩は、「あったら便利だけど無くても生きていけるもの」だっただろう。

テレビが飛び出さないと死ぬなんてことはないし、折りたたみ式の携帯を使ったら死ぬというわけでもない。

ましてや、ノートをタブレットに、黒板を電子パネルにわざわざ変えることが無くとも死ぬことはなかったはずだ。


では、何故そんなものを発明してきたか?


それはその時の人に聞いて見なければわからない。だが、あえて自論を述べさせてもらう。

彼ら彼女らが発明を続けてきたのは、もちろん生活を便利にすると同時に、自らの知性を周りにアピールするためだったのではないか?と私は思う。

周りに自らの頭脳をアピールすることもでき、そして金を得ることもできる。


だが過去の人類など所詮その程度だった。チマチマ生活を便利にするものを作り、その中は別に無くてもいいものが大多数を占める。

そして、これから人類は無くてもいいものをチマチマ作りながら進化していくのか。

きっと私以外にもそうやって絶望に似た感情を抱きながら生きてきた人がいたのではないかと思う。


だが、今はきっともういないだろう。

もちろん私を含めてだ。


2015年。一人の科学者がかなり大きな技術改革を起こした。

その科学者はまだ中学2年生にも関わらず、あらゆる病気に対応しゆる抗体を持った「RK細胞」というワクチンのようなものを開発した。

RK細胞を摂取すると、様々な病気の免疫ができるらしく、病死の確率が以前の5分の1程度まで下がった。

たしか、RK細胞を摂取しガンが完治したとか、そんなニュースが流れたこともあっただろう。そもそも発生率自体が減り、人口はどんどん増加していった。

そして、全日本国民にRK細胞の摂取が義務付けられるときには世界にも普及しており、大幅な人口増加などで食料不足など様々な問題が起こってしまった。

だがそれも彼女が万能米など様々な食料を品種改良、後に世に広め、食糧難の国はほぼなくなり、新しい土地の利用法などでホームレスも減っていた。

彼女は百年に一度、いや、一万年に一度の天才として全世界に名を轟かせ、今や彼女の技術改革の恩恵を受けていない人間はいないだろう。

そして、彼女が何か新しい発明をし、世に貢献するたびに新聞の一面は彼女の記事になる。

「天才女子中学生科学者アンゼリカ」と。



ここまで聞いただけなら、とてつもなく頭がいい少女が世界中に人を救ったという美談で終わるだろう。


だが、いかんせん彼女は馬鹿な子供だった。偉人は破天荒だと言われたように、彼女もまた悪意を持たない破天荒だった。


RK細胞が全国に広がり、その効能の魅力も十分に広まった頃。RK細胞を違法入手したのちに過剰摂取をした男がいた。アンゼリカ本人から過剰摂取の副作用や細胞の危険性は説明されておらず、たくさん摂取すればするほど強くなれるという根も葉もない噂が立ったからだ。


かなりの大ニュースだったし、男のせいで今このような事態になっているも同然なため、しっかりと記憶している。その男は体内で細胞が暴走しただかで、原型も残らないような怪物になってしまった。実家で副作用が出てしまった男、もとい怪物は家族を喰い殺し、隣人の通報で捕獲されたが、捕獲するだけで多くの人が命を落とし、その後殺処分する段階でも暴走を起こしかけ数人が亡くなったらしい。


その責任は開発者であるアンゼリカにも問われた。なぜ危険性を説明しなかったか、こうなる事は予想できたのではないかなど、女子中学生には惨すぎる糾弾を受けた。

何度マスコミが訪ねてもアンゼリカからの言葉は何もなく、そのまま2ヶ月ほど経った頃。RK細胞の安全性についてはアンゼリカの助手が記者会見を開いたが、副作用危険性を説明しなかった件については何も触れられておらず、またもや世間から不満が上がり、ネットに彼女への誹謗中傷の言葉が書き込まれるなど日常茶飯事だった。


そんな彼女へ激しい同情を覚えていた、当時まだ中学生になったばかりだった私は、「男が犯罪を犯したのが悪いのに、なぜ年端のいかぬ少女がそんなに責められなければ行けないのか」などと、どこか論点のズレた意見を述べていたと思う。今となっては死んでもそんな感情は湧かないが。


それから1年ほど経ち、アンゼリカへの誹謗中傷がだいぶおさまった頃。

アンゼリカ本人が、記者会見を開いた。今までは助手のヒョロヒョロとした男性の代理出席で、あの事件の後にアンゼリカ本人が出たのは今回が初めてだったためメディアの注目は大きく、様々な局の様々なニュースや昼番組などで取り上げられた。


会見はその日の午後三時からだというのに朝からニュースも学校もその話題で持ちきりで、いつもは学校が終わると友達の家に寄ったり、カラオケに行くことが多いのに、その日はみんな駆け足でまっすぐ家に帰って行った。もちろん私もそのうちの1人であり、急いで家に帰ってテレビを表示し、「アンゼリカ記者会見ノーカット特集」なんて番組を見ていた気がする。


移されている会場の古臭い時計がちょうど3時を示すと同時にカメラのフラッシュが激しく光りだし、その身丈には少し長い白衣を纏ったの少女が歩いてきた。歩き方や仕草には軽くあどけさが残っていて、本当にこの少女がRK細胞を開発したのかと疑わしくなるぐらいには幼げな少女だった。


「みなさんこんにちは。私がRK細胞の開発者、アンゼリカです。本日はお集まりいただきありがとうございます」


台に立ち、真面目に語り出す彼女には幼いながらも凛々しさがあり、やはり自分とは違う世界の人間なのだと気づかされる。だが、発表が終わると、中学生だった私でもわかるぐらいどんどん雲行きが怪しくなっていき記者からの質問がではじめる頃には、涙目で顔があおざめていた。

視線も妙に泳いでいて、今考えると台本を渡されていたのだが、台本の中身を忘れてしまったて焦っているのだろうと推測できるが、当時の私はものすごく冷めた目で天才なんてこんなものかと呆れていた記憶がある。


動揺を具現化しました、というほどに焦っているアンゼリカにまともな返答ができるはずもなく、おざなりな回答に記者達も苛立ちが募っていく。どんどん質問は挑発的だったり、苛烈になっていく中、アンゼリカは先ほどから態度は変わらず、それどころか、むしろ時間が経つにつれ焦って行っていた。


マスコミが冷め始める中、怪物と化してしまった男の母親が来ていたらしくく、人ごみの中急に立ち上がり彼女に向かって叫ぶ。「先ほどから黙っていたら、なんなんですかその態度は! 貴女の所為で私の息子は……! 死ぬより辛い目にあったっていうんですよ!」その声には息子を失った悲痛さが痛いほど込められており、言い終わったと同時に泣き崩れてしまい、周囲の人に支えられる。当のアンゼリカも堪えたらしく、俯いたまま震えていた。おもしろくない展開に飽きてしまい、別の番組を見るかと思ったところで、俯いていたアンゼリカが何かを呟く。


それは聞き取れるほどの声量ではなく、インタビュアーに聞き返される。

聞き返され顔を上げた彼女の瞳には今にも溢れそうなほどに涙が溜まっており、悲しそうな顔で口を開いたが、その表情は一変、わがままを言っている子供のような泣き顔に変わる。


「あのねぇ! さっきから色々と言ってくれてるけど! リカはなーんにも悪くないもん! そんなんいっぱい使うから悪いんでしょ!? あの人が馬鹿なだけじゃんかー! 」


菓子を買ってくれと強請る子供のように壇に手を叩きつけ、泣き叫ぶ。

記者群も、私も呆然

それをスクープにしようと必死なのだろう。フラッシュの音や光は先ほどより増え、記者達が新たなネタに興奮しているような空気がわかる。


「リカ知ってるよ! どうせ雑誌とかのネタにするんでしょ⁉︎ これだから大人は大嫌い! もういいもん! もうリカ激おこだもんねー!」


そう言いながら舞台袖をドアの方をちらりと伺い、この場に似合わない無邪気な笑顔を浮かべ叫ぶ。


「助手君、やっちゃって!」


彼女が叫んだ瞬間、会場内に轟音が響いた。誰もがドアの方を振り向くと、かろうじて人間とわかるものの、全身の筋肉が肥大化し原型も残っていない怪物が息を荒くして記者やカメラマンを睨みつけていた。


「助手君はリカのお友達だから、リカの嫌いな大人なんてぜーんぶやっつけてくれるよね?」


アンゼリカの問いかけに頷くように化け物が首を縦に振る。未だにドッキリか何かだと思っているのか、その怪物にカメラを向ける記者もちらほらといた。カメラのフラッシュなんか気にもしないように歩みを進めると一番近くにいた記者の男の頭を掴む。


本物の化け物だと信じ切っていないらしい男は笑みすら浮かべており、余裕そうな顔をしていたが、次第にその顔が青白くなっていく。音がなりそうなほどにギリギリと力を入れられ、男が叫ぶ。しばらくすると、潰された蛙のような断末魔を発し、男の体は糸の切れた操り人形のようにぐたりと動かなくなった。怪物がその手を離し、男の肉を床に投げつけると、彼の頭はだった物はただの赤い塊となり原型を残していなかった。


一斉に悲鳴があがり、記者達が部屋の隅へ逃げて行く。逃げ遅れた二、三人の塊をまるで水でもすくうかのように一掃する。大きな引っかき傷を付けられた人達は誰が誰だかわからないほどに傷ついており、化け物の力がいかに強いかがよくわかる。

一人二人と人は肉片になっていき、その光景をアンゼリカがにこにこと微笑んで見つめている。

そんな狂った空間を映しているテレビの前で私は動く事ができず、ただ呆然と画面に映る赤を見つめていた。


5分ほど経ち、記者だった物がすべてただの赤い塊になった頃。

テレビカメラに近づいたアンゼリカがひらひらと手を振ってみたり、マイクテストをするように「あー、あー」と声を出していた。返り血が少し頬についている姿すらも美しく、はっと目が覚めたように焦ってテレビを注視する。


「えー、というわけで。私は大人が大嫌いです! 特にオスとか。 だからー。うーん、どうしよー」


顎に手を置き、二、三度首を傾げて、いい事を思いついたと言わんばかりにはっと笑みを浮かべる。


「そうだ! 大人のオスは皆殺しにしてー、二十歳以上の女性はみんな殺します! まあ、やるのはリカじゃなくてお友達なんだけどねー」


悪戯っぽい笑顔を浮かべ、くるくると踊るように回る。その顔には罪悪感など一片もなく、新しいおもちゃを買ってもらった子供のような嬉々とした表情を浮かべている。


「それじゃーみなさん! 頑張ってね! あ、そうそう。いくら二十歳以下の女性でも敵対した相手は殺していいよって言ってあるから、みんな気をつけてね! それじゃあグッバイ!」


ひらひらと華奢な手を振り、彼女が助手君と呼んだ怪物にも手を振らせる。

カメラの止め方が分からなかったのか、無理やり壊されたカメラは映すことをやめ、真っ暗闇だけを映し出している。


テレビが何も映さなくなった途端に恐怖がふつふつと湧き出て、従姉妹のお姉ちゃんに電話をかけてみる。

お姉ちゃんは専業主婦で、確か今年で21歳だったはずだ。つまり、先程のアンゼリカの言う事が正しければもうすでに……

震える手を押さえつけ、電話をかける。 みんなが時計型にする中未だにスマートフォンを使っているのだが、タッチパネルにこんなにもどかしさと憎さを感じたことは今までなかっただろう。


不安の中、コールが3回ほど鳴ると、聞き慣れたお姉ちゃんの声が聞こえてくる。


「もしもーし。どうしたの?何かあった?」


やはり先程アンゼリカが言っていたことはハッタリで、ただのドッキリ番組だったのだろう。

「いや、さっきのアンゼリカの会見でさ。二十歳以上は全員殺すみたいなこと言ってて……少し不安になったの。急にごめんね?」

会見を見ていなかったらしいお姉ちゃんはただのドッキリだったのではないかと笑う。

漠然とした恐怖はいつの間にか消え、くだらない雑談をしていた。そろそろ家事もしなくちゃいけないし、と電話を切ろうと次に遊びに行く日の相談をしていると、電話越しにガラスが割れ、なにか重い物が落ちるような音が響く。


「ウソ……何これ……?」


呟くような、助けを求めるような声とともに、獣のような唸り声が聞こえる。助けて、助けてと呟くお姉ちゃんの声と、何かの足音。電話からはそんな音しか聞こえず、消えたはずの恐怖がふつふつとわき始める。足音は少しづつ大きくなっていき、足音が聞こえなくなった途端、耳をつんざくような悲鳴とともに、切り裂くような音が聞こえる。


「……逃げて」


さっき叫んだのとは全く違う、覚悟が決まったような、落ち着いた声でお姉ちゃんが言う。

何かが滴るような水の音と、野良犬が餌を貪るような、くちゃくちゃという耳障りな音。何の音かを察してしまうとともに、全身の力が抜け、床にへたり込む。手の力も抜けてしまい、現在唯一の情報原スマホすら持っていられなくなる。

スマホが完全に床に叩きつけられる前に、かろうじて聞こえたお姉ちゃんの声は、


「……逃げて、ケイセ」


私の名を、聞き慣れた声で呼んでいた。













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