賞金稼ぎとお尋ね少女の逃避行『開始』
お久しぶりです。3年前から待っていてくださった方がいたら本当にありがとうございます。続きます。
「よおユビーナ。十分ぶりくらいか?元気そうでなによりだ」
現れたクラウドがにやりと笑う。
しばし惚けていたユビーナだったが、首をぶんぶんと振って立ち上がった。
「……遅かったじゃん」
口を尖らせた小生意気な表情でユビーナはクラウドを睨んだ。
クラウドが顔を顰める。
「ったく、可愛くねえな。完璧なタイミングだったろうが」
「髪ひっぱられて痛かったし……危うく殺されるところだった」
床に落ちた帽子を拾って目深に被り直しながらユビーナは苦言を呈した。
「へいへい。ギリギリで助けられたら『きゃー素敵!』ってなるのがセオリーだろ。はあ、これだからガキは」
クラウドは懐から抗電磁ロープを取り出し、倒した黒づくめの男をぐるぐると縛り上げる。それから武器と通信手段を奪って隅の席に転がした。
「……キモい」
「はい?」
クラウドが振り向くと、ユビーナがゴミを見るような目をクラウドに向けていた。
「あらゆる意味で今の発言は気持ち悪い。女の子に言ったら100パーセント嫌われるか引かれて銀河の彼方まで距離を置かれるから言わないほうがいいと思うよ」
「…………はい」
辛辣な言葉が容赦なくクラウドを抉った。
けっこう本気で落ち込み始めたクラウドを見て、ユビーナは慌てて「まあでも……」と付け加えた。目は合わせず、心なしか頬を赤らめて。
「……ありがと。助けてくれて嬉しかった」
「ん?すまん声が小さくてよく聞こえない」
キッと眉を吊り上げたユビーナが脚を振り上げた。
「なんでもない!バカ!アホ!おっさん!」
「痛っ、痛ぇっっ、蹴るなクソガキ!俺はまだ25だっっ、お兄さんと言え!」
「ともかく無事で何よりだ」
クラウドは2人掛けのシートに脚を組んでもたれかかり、ふーっと息を吐いた。
「お前の
「わたしの名前はユビーナ」
……ユビーナの能力頼りの作戦だったが、うまく行ってよかった。この電車の行き先はバレているから、3つ先のゼンスー駅で乗り換えて一旦オクトパルムの星系方面に逃げるぞ。協力者のバームロールにも連絡しておいた」
クラウドはHIDの展開ウィンドウの一つを対面のユビーナに見せたが、ユビーナはそれを見ようとしなかった。
「……わたしをどうするつもり?」
「あん?」
シートにちょこんと座ったユビーナはクラウドから目を逸らし、閉じた膝の上に置いた拳をぎゅっと握った。
「あなたは賞金稼ぎでしょ。お尋ね者を逃がそうとする意味がわからない」
「女子供を助けるのに理由がいるのかよ」
「最初は捕まえようとしたくせに」
「あー、あれは……その、なんだ。物入りだったというかもっと穏便に済ますはずだったというか……」
気まずそうに頬をかくクラウド。
眉間を寄せたユビーナがグイッと身を乗り出した。
「賞金稼ぎはお金さえもらえればなんでもやる。逃すふりしてわたしを人質に金額を釣り上げるつもりなんでしょ」
「ンなつもりねーよ。アホか」
「じゃあっ、なんでっっ、わたしをっ、助けたの?!」
「なんでって言われてもな……」
腕を組んで思案するクラウドを見て、「やっぱり……」とユビーナはますます眉間のしわを深くした。
「あーまー勘だな」
「は?」
「勘だよ勘。理由なんてねえ」
「意味がわからない……説明になってない!うやむやにしてごまかすつもりっ!?」
声を荒げるユビーナ。クラウドはそれに取り合わず、通路を滑ってきたTAMRを呼び止めてスペースジンジャエールを注文した。
クラウドはプシュッ、とスペースジンジャエールの缶を開けると、一気に飲み干した。
「ぷはぁっ、効くぜ」
ブラックホールシュートに缶を投げ込み、クラウドはユビーナに向き直った。
「俺は賞金稼ぎだが、無闇矢鱈と依頼を受ける訳じゃねえ。一定の基準で仕事を選ぶ」
「基準って?」
「だから勘だって」
「そんなてきとうな……」
呆れたように半眼になるユビーナに、クラウドは肩をすくめて答える。
「俺の勘はよく当たるんだよ。今回の件を受けたのも、直前でお前を逃すことにしたのも、そうした方がいい気がしたからだ。つーか、お前一人であの手練れ集団相手に逃げ切れるのか?」
「あ、あなたに会うまでは逃げ切れてたもん!」
「お前の……ユビーナの能力は確かに強力だが、あのワイヤっていう針金野郎はやべえぞ。今回はたまたま逃げられたが、真正面から相手するのは死んでもごめんだ」
「……じゃあどうすればいいのよ」
口を尖らせるユビーナ。
ニヤリと笑みを浮かべたクラウドは自分の胸をトントンと指で叩いた。
「まあ、俺に任せておけ。賞金稼ぎの名に賭けて、ちゃんと最後まで面倒を見てやる」
「全然信用できない……」
ゼンスー駅は星々を繋ぐ星界鉄道の駅の一つ。クインテッタ星系の端っこにあり、周囲には多くの倉庫衛生があるため、主に貨物列車の停車が多い駅である。
「なんでここの駅で降りたの」
ユビーナの疑問も最もだった。駅の利用者は作業服に身を包む星界人ばかりで、賞金稼ぎ青年とお尋ね者の少女の組み合わせは浮いている。
「旅客列車はほとんど止まらないし、オクトパルム星系に行くならあと5つ先のバンビーノ駅の方が良かったんじゃ……」
「あん?それだと針金野郎の手下共の網にスペースネギ背負って飛び込むだけだろうが。バンビーノに着いた次点で列車内にいなかったら、十中八九、2つ先のルッカ駅で乗り換えてデュミレ星系に向かったと思うはずだ。だからそれの裏をかく」
「でもオクトパルム星系だとわたしは……」
困ったように話すユビーナの言葉をクラウドは手で制した。
「分かってる。ホーリア星系にどうしても行きたいんだろ。この時期にわざわざ行くならノエル性が最終目的地って感じか?」
「……なんでそれを」
「勘だよ勘」
「またそれ」
ユビーナが呆れたように横目でクラウドを流し見た。
「心配しなくてもちゃんとホーリア星系には行くぞ」
「オクトパルム星系って、ホーリア星系からうんと遠いんじゃ……」
訳が分からないといった様子のユビーナ。
クラウドは親指で後ろを指差してそれに答えた。
「ホワイトホールを使う。ホーリア星系はオクトパルム星系の『裏』にあるからな」
「ホワイトホール?」
「着けば分かるさ……っと、そろそろ列車が来るな。深呼吸でもして心の準備をしておけ」
「え?でも、次の旅客車までは一時間もあるよ」
柱の時刻表を見るユビーナが首を傾げた。
「そもそも、この駅にオクトパルム系に行く列車なんてないんじゃ……」
「あん?誰が旅客車に乗るって言ったよ」
「え?」
「乗るのは貨物車だ。おしゃべりはやめろよ。舌ァ噛むぜ?」
「っっっ、かもt……って、きゃああ?!」
クラウドはヒョイと小脇にユビーナを抱えると、警笛を鳴らしながら高速でホームを走ってきた貨物車目掛けて、大きく飛び上がった。
遅筆ですががんばります。