お尋ね少女 VS 黒づくめ
クラウドといったん別れたユビーナは白い呼気を絶え間なく吐き出しながら、脇目も振らずひたすら駅を目指して走った。
やがて街が途切れ、駅前の広場に出る。
半透明のドーム型の駅に備え付けられた時計を見ると、発車時刻まではあと三分。ユビーナは足を早めて駅の入り口へ駆け込んだ。
「七番線は……あった!」
幸いなことに目的の列車のホームは入り口のすぐ左にあった。
ユビーナは安堵の表情でそちらへ足を向ける。
だがそう容易く事が運ぶ筈もなく……
ユビーナの前に人影が立ち塞がった。
「アホイム星人だな?」
現れたのはサングラスを掛けた黒づくめの男。
比較的長身なクラウドよりも背が高く、ユビーナは自分の倍の背丈があるような錯覚を受けた。
ユビーナはまるで男などいないかのような素振りでその脇を抜けようとする。
しかし、別の男がユビーナの行く手を遮るように立ち塞がった。
周囲を見回すと、いつの間にか前後左右を黒づくめの男達に囲まれていた。そして彼らはじりじりと距離を詰めてくる。
ユビーナは前方の男をつり目がちの双眸で睨みつけた。
「なんの用?急いでるんだけど」
黒づくめの男は表情を動かさずに淡々とした口調で答える。
「お前はアホイム星人だな?伯爵様がお呼びだ。我々に同行してもらう」
男の言葉にユビーナは迷惑そうに顎を少し上げた。
「アホイム星人ってなに?それから、こっちにだって用事があるの。いきなり来いと言われても無理。とにかくどいて」
自分には関係ないとばかりに、ユビーナはそこから歩き去ろうとする。
「止まれ」
黒づくめが懐から出した銃を出してそれを止めた。
ジャキンと音を立てたいぶし銀の銃身がユビーナの目線の先で鈍く光った。
「とぼけても無駄だ。調べはついている。手荒な真似をされたくなかったら素直について来た方がいいぞ」
黒づくめの男が声を低くして凄む。だがユビーナは眉ひとつ動かさずに切り返す。
「今度は脅迫?こんな小さい女の子を大人が寄ってたかって恥ずかしくないの」
「伯爵様の命令だ。とにかく来てもらう」
これ以上の問答は無用とばかりに、黒づくめの男がユビーナへと手を伸ばす。さっと身構えたユビーナは人差し指を男に突きつけて叫んだ。
「動かないで」
これ以上しらばくれるのは無理があると判断したユビーナは、ため息混じりに男に言い放つ。
「私の能力を知っているのでしょう?駅の中で醜態を晒したくなかったら道を開けて」
発車時刻が迫っていることへの内心の動揺を隠し、ユビーナは男達を牽制する。
しかし黒づくめの男達はにやりと薄気味悪い笑みを浮かべた。
「なに、その指を見なければどうということもない」
「っ……!」
黒づくめの言葉にユビーナの瞳が揺らいだ。
「種が割れればなんてことはない。お前のような小娘一人、目をつぶってでも捕まえられるからな」
「っ……アッチムイテホイ!」
一瞬動揺したものの、ユビーナは男達の手が自分に届く前に指をタクトのように振って叫んだ。ほぼ同時に男達がユビーナを捉える。
「無駄だと言っただろう」
ユビーナの能力をやり過ごして余裕の表情を浮かべる黒づくめの男達に能力がかかった様子はない。だが、今度笑うのはユビーナの番だった。
「わたしがいつあなた達に能力をかけると言ったの?」
「は?」
「よく周りを見たほうがいいんじゃない?」
「なに……ぉ!!?」
突如、黒づくめは背後から羽交い締めにされた。反射的に身をよじって振り払うが、次のアクションを起こす暇もなく手や足に次々と人がつかみかかってくる。
その隙にユビーナは男達を振り解き、包囲網から抜け出した。
「くそがっ……!!」
黒づくめは歯を食いしばり、なんとか腕を動かして銃をユビーナに向けようとする。だが、すぐに操られた人間の一人に叩き落され、銃は滑らかな床を転がっていった。
「もう八番ホームの電車が出ちゃうから。じゃあね」
ユビーナはふんと鼻を鳴らし、その場を去った。
ギリギリで乗り込んだユビーナは席に大きく息を吐いてシートに沈み込んだ。まもなく七番ホームから列車が発進する。
ユビーナが窓からこっそり外を覗くと、黒づくめの男達が隣の八番ホームの列車に慌ただしく乗り込むところだった。
「ふふふ……」
うまく逃げおおせたことで満足気な表情になるユビーナ。
すぐに八番ホームは後ろに去り、窓の外には煌びやかな夜の街が広がった。
斜めに傾いた列車は上へ上へと登ってゆき、やがて街の全貌が見渡せるまでになる。
ユビーナは美しい夜景にしばらく見惚れていたが、思い出したようにコートのポケットから黒いキューブを取り出した。
「なんなのこれ」
ユビーナは手の中でキューブを転がして観察してみる。
滑らかな面には線がいくつも走っていて複雑な模様を描いていた。キューブはどこかが開いたりボタンが付いているわけではなく、振ってみても中に何かが入っている様子もない。
ユビーナは首を傾げつつも、クラウドに言われた通り横の座席にそれを置いた。
否、置こうとした。
「痛!」
突然背後から頭を掴まれ、ユビーナは宙に吊るし上げられた。帽子がずり落ちて、波打つような紫色の髪が露わになる。
掴まれた髪が頭皮から引き千切れそうな痛みに顔を顰めるユビーナ。
暴れても相手はビクともせず、むしろ増した痛みに堪らず、自分を捕らえる手を両手で抑える。
クラウドから渡された黒いキューブが客車の床を転がっていった。
「痛い!離して!」
足をじたばた動かしながら睨みつける先には黒づくめ。先ほど駅で初めに立ち塞がった男だった。
「手間を取らせやがってこのクソガキが……!!」
男は乱れた着衣もそのままに、サングラスの奥の瞳をギラつかせた。
「痛いって言ってるでしょ!離して!!」
男は顔を歪めるユビーナを忌々しそうに投げ下ろす。
床に体を打ち付けたユビーナは痛みに眉を寄せながらも、逃げようとする。
だが、『ドンッ!』という銃声がそれを止めた。
「動くんじゃねぇ。次に動いたら足を撃ち抜く」
冗談を微塵も交えない口調で男は銃口をユビーナに向けた。
ユビーナは男を刺激しないように動かなかったが、銃を向けられていることには怯えず、黒づくめを悔しそうに睨み据える。
「あ?なんだその顔は」
しかしその態度が男の神経を逆撫でしたようだった。
銃を怖がらず睨んでくるユビーナに男は苛立ち、少し脅かしてやろうと考える。
「伯爵様は生きてさえいれば良いと言ってたからな。腕や足の一本二本吹っ飛んでいても大丈夫だよな?」
男は下卑た笑みを浮かべてユビーナに近づいていく。
「そのクソ生意気な態度を矯正してやる」
嗜虐的な表情で男は引き金に指をかけた。
「残念、そこまでだ」
そんな声が背後から聞こえ、男は素早く振り返る。
「グァッ!!?」
だが、まわりきらないうちに首に強烈な打撃を受け、男の意識は完全に刈り取られた。
「よおユビーナ。十分ぶりくらいか?元気そうでなによりだ」
クラウドは黒いキューブを手で弄びながらにやりと笑った。