賞金稼ぎ VS 秘書
静寂は一瞬。ズズズ……と重苦しい響きが空気を震わせ、切断された周囲の建物が倒壊していく。
顔を上げて辺りを見渡したクラウドは斜めに斬られた路地の壁が迫ってきていることに気づき、ユビーナを抱えて離脱した。
「背中ががら空きですよ」
前を走るクラウド目掛けてワイヤがレーザーソードを振るう。しかし光の斬撃は崩れ落ちてきた壁に阻まれ、新たな瓦礫を作り出しただけだった。
顔をしかめたワイヤはレーザーソードの柄のエネルギーゲージを確かめる。
この武器『F1123式レーザーソード』は柄から刀身の形をした強力なレーザーを出すことができるもので、木やガラス程度ならば一瞬で両断することができる。柄にあるボタンを押している間、その刀身が最大100メートルまで伸び、逆に刀身を引っ込める時はボタンから指を離す。
出力も変化させられるが、鋼鉄を一瞬で斬り裂ける程のパワーになると、エネルギーのチャージが満タンになっている必要がある。先ほど一度フルパワーで剣を振るったので、再びフルパワーで使えるまでは一分ほど待たなければならなかった。
ワイヤの周りには壁や街灯や屋根だった物が瓦礫となって散乱していた。道なりにクラウド達を追いかけてもそれらが邪魔になって時間を食う。
しかしワイヤもただ闇雲に斬り飛ばしたわけではない。崩れた瓦礫を足がかりにして飛び上がり、屋根の上へと登った。そして下に広がる街並を睥睨し、少し先を走る人影を見出した。
ワイヤは猛禽類のように目線鋭く狙いを定めると、素早い挙動で屋根から屋根へと飛び移った。
クラウドは雑踏の中、ユビーナを横抱きに走っていた。必死の形相で人の間を駆け抜ける男と抱えられた少女に好奇の目線が突き刺さる。
「ちょっと、下ろして!」
羞恥で赤くなったユビーナがじたばたと暴れるが、拘束は少しも緩まない。
「離して!恥ずかしいし自分で走ったほうが速いから!」
「ちっ」
クラウドは舌打ちをしながらも、足を止めてユビーナを地面に下ろす。すぐに二人は走り出した。
「なんで表通りを走るの!?もっと人目につかないところがあったでしょ?」
ユビーナは上着を渡しながら質問を飛ばす。クラウドは受け取って袖を通しながらそれに答えた。
「ああいう奴らは目立つのを嫌うんだよ。衆人環視の中で攻撃するのはためらうはずだ」
そう言って、クラウドは周囲に視線を飛ばす。そして屋根の上から追走する銀の影を見つけた。
「さすがに早いな。おいユビーナ、これを持て」
クラウドは上着のポケットから取り出した紙切れと小さな黒いキューブを手渡す。
「なにこれ?」
「紙切れの方は星界鉄道の切符だ。あと五分で七番線から出発するホーリア星行きのに乗れ」
「この黒いやつは?」
「目印だ。列車に乗ったらお前の隣の座席に置け」
「わかった」
ユビーナはコートのポケットに二つをしまい込んだ。クラウドは光線銃のダイアルを回し、ユビーナに指示を飛ばす。
「よし、俺はあの針金野郎を足止めするから列車に乗れ。ぎりぎりだから急げよ」
「えっ……一緒に来てくれないの?」
「後で合流する。お前はまっすぐホーリア星を目指せ。万が一、俺が現れなかったらオチャラナ星人のバームロールって奴を頼るんだ。駅で合流する手はずになってる」
「不吉なこと言わないでよ!」
「もしもの話だ。ほら急げ」
「っ……すぐに来てよね!」
ユビーナは不安そうな表情を残して路地を曲がった。
ユビーナを見送ったクラウドは急停止し、振り向きざまに光線銃を撃つ。緑色の光線が屋根の上に着弾し火花を散らした。
突然の銃声に周囲の人々がパニックになり、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
屋根から飛び上がった人影がクラウドの前へ降り立った。
「危ないですね……建物を壊すのは感心しませんよ?」
ブゥウンとレーザーソードで空気を薙いだワイヤが呆れたように言う。石畳を踏み鳴らした銀のブーツが少し焦げついていた。
「派手にぶっ壊した奴がなに言ってやがる。後で送られてくる請求書の心配でもしてるんだな」
そう言っったクラウドにワイヤはくすりと笑って返す。
「あの程度の損壊請求は私のポケットマネーで十分支払えますよ。あなたの方こそ寂しい懐具合を危惧すべきなのでは?」
「……言ってろクソ野郎」
見事に切り返されたクラウドは不機嫌な顔でそう吐き捨て、光線銃を構える。だがワイヤは武器を持つ手をだらりと下げたままなにもしてこない。
「どうした、追うのを諦めたのか?」
怪訝な表情を浮かべるクラウド。
ワイヤはサングラスを指でクイッと上げ直した。
「ふむ、時間稼ぎですか。少女を一人にするのは愚策でしたね。駅で待ち伏せている部下が捕まえるでしょう」
「そいつは無理だ。お前らの部下があいつの能力に太刀打ち出来るはずがない」
そう断言するクラウド。しかしワイヤは動揺を見せなかった。
「ああ……催眠術のことですね。当然、対策は打ってありますよ」
平然とそう言ったワイヤにクラウドは舌打ちした。
「……やっぱり知ってやがったか」
「察しがいいあなたにこれ以上探られるのも面倒です。部下がしくじるとも限りませんし、ここは通らせていただきますよ」
「ここだと目撃者がたくさんいるぞ?」
「先に撃ったのはあなたですよ。私はさしずめ銃を乱射する暴漢を抑える正義の味方ですかねっ……!」
言い終わらなううちにワイヤが地面を蹴って飛び込んでくる。胴を狙った一撃をクラウドは体を低く落として回避する。外れたレーザーソードは後ろの街灯の柱をバターのように斬り裂いた。
クラウドが顔を狙って光線銃を撃つ。だがワイヤはそれを首の一捻りで躱すと、レーザーソードを上段から振り下ろした。クラウドは光刃の腹を撃って横にそらしながら脇腹へ回し蹴りを叩き込んだ。
蹴り飛ばされて後退したワイヤは少しも堪える様子を見せない。
クラウドは荒い息を吐きながら悪態をついた。
「硬ってえな。鉄板かなにか仕込んでんのかよ」
「いえ、特には。とはいえ、少々侮っていたようです。このままではあなたを倒すのに時間がかかりすぎる」
「倒すのは前提なのかよ」
「賞金稼ぎごときに遅れをとるような鍛え方はしてません。ふむ、少々本気を出しましょうか」
そう言ったワイヤはサングラスを外し、胸のポケットにしまう。そして露わになったいぶし銀の瞳を鋭く細めた。
「!!」
反応できたのは奇跡と言っていいだろう。悪寒を感じたクラウドが横に飛ぶや否や地面が縦に裂けた。
「っぶね……」
すぐ横にある地面のなめらかな断面を見てクラウドは冷や汗を垂らす。
「なんと……今のを避けますか」
ワイヤがわずかな驚きを滲ませて眼を見張る。
「ではこれはどうでしょう」
腰を落としたワイヤの腕から先がブレる。三条の閃光がクラウドに襲いかかった。
クラウドは三連射で応戦するが、全ての斬撃を凌ぎ切れず、一撃を脇腹にもらってしまう。
「ぐああ!!」
鋭い痛みに苦悶の声を上げ、クラウドは腰を押さえる。
「あん?」
ジンジンと痛むものの、血が出た様子はない。押さえていた手を退けると、白い上着に黒い焦げ跡が付いているだけだった。フロストドラゴンの翼膜で出来た上着を買ったおかげで命拾いしたようだ。
「確かに斬ったはずですが……ただの上着ではないようですね。しかし次はありませんよ」
ワイヤがレーザーソードを持ち直す。クラウドは光線銃を構えながらジリ……と後ろに下がった。
「これで終わ……」
ワイヤがレーザーソードを振りかぶったところでけたたましい音が響き渡る。それはクラウドのポケットにあるHIDのアラーム音だった。
それを聞いたクラウドはにやりと口角を歪める。
「時間切れだ」
「は?」
首を傾げたワイヤにクラウドが小さな黒いキューブを取り出して見せる。ワイヤは警戒したように表情を硬くした。
「お前とまともにやり合うのはこれきりにしたいな」
「その望みは叶いますよ。あなたはここで死ぬのですから」
「残念だったな。俺は死ぬ時はベッドで大往生と決めてるんだ。あばよ」
そう言ってクラウドは黒いキューブのボタンを押した。
「逃がしませんよ」
動きが止まっていたワイヤがクラウド目掛けて神速の斬撃を叩き込む。
だが一瞬遅かった。
首を狙った光刃はホログラムを斬ったようにすり抜け、フッとクラウドの姿がかき消えた。




