お尋ね少女の能力
「お、お前は……!!」
探していた少女が唐突に現れ、クラウドは驚きを漏らす。その声が耳に入ったのか、少女は顔を上げた。
「あ……あの時のおじさん」
「まだおじさんって年齢じゃねえよ!」
青筋を立てたクラウドが拳をテーブルに叩きつける。だが少女は怯まなかった。
「お兄さんって年齢でもないと思う」
「ちっ……とにかくおじさんはやめろ」
「じゃあ、おっさん?」
「おいクソガキ、喧嘩売ってんのか」
「ガキじゃない。わたしは十三歳」
「十二分にクソガキじゃねえか」
「だからガキじゃないし。このクソオヤジ」
「あ?やんのかクソガキ」
互いにギャングも真っ青な鋭い眼光で視線の火花を散らす二人。お尋ね少女(仮)と賞金稼ぎはテーブル越しにしばらく睨みあっていたが、クラウドが根負けする形で決着した。
「やめだやめ……ガキ相手にムキになるなんて時間の無駄だ。飯が不味くなる」
「見苦しい言い訳」
「表に出ろクソガキぶっ飛ばす!!」
瞬間湯沸かし器のようにキレたクラウドは、額に血管を浮かせてテーブルから立ち上がろうとした。しかし、丁度そのタイミングで店員が料理を持ってくる。
「お待たせいたしました〜。ラララ豚のステーキです〜」
店員の陽気な声を横目に、クラウドは舌打ちをして浮いた腰を椅子に戻した。
われ関せずとメニューを見ていた少女は、ちらりとクラウドを見てから、口に手をあててくすりと笑った。クラウドの額に浮く血管が追加された。
「……覚えてろよ」
捨て台詞を吐いて、クラウドはナイフで肉を切り始めた。
少女は店員にいくつか注文してから、コップの水をちびちびと飲む。
クラウドは肉を食べながらしばらく様子を伺っていたが、ナイフとフォークを置いて少女に声をかけた。
「おいクソガキ」
「…………」
だが少女はまったく反応しない。
「おい」
「……わたしの名前は『クソガキ』でも『おい』でもない」
「じゃあなんて呼べばいいんだよ」
「だれかに名前を聞く時はまず自分が名乗るのが常識でしょ」
「ぐっ……クラウドだ」
「わたしはユビーナ。つぎクソガキって言ったら口きかないから」
ユビーナは生意気そうな若草色の瞳でクラウドを睨んだ。
「わかった。なんでガ……ユビーナは一人でいるんだ?」
「わるい?」
「不自然だ。ここは子供が一人で来るような場所じゃねえ」
「チリール星は星界鉄道の乗り換え駅でしょ。なにもおかしくないわ」
「ふむ。聖夜祭に行く途中ってことか」
「わたしが行く場所なんてどうでもいいじゃない」
取りつく島もないユビーナの態度。あれこれ聞き出すにはまだ早かったかと、クラウドはそれ以上の詮索はしないで食事を再開した。
「あなた賞金稼ぎでしょ」
少女の口からさらりと飛び出たその言葉に、クラウドの食事の手がぴたりと止まる。
「……仮にそうだとして、それをわざわざ聞く意味があるのか?」
「ある」
「へえ……どんな理由だ?」
クラウドが意地悪そうに口を歪めた。だがそれはユビーナに確信を抱かせるものだったようで、彼女の目がキュッと細められた。
「その反応で十分。あなたは敵」
よどみない動作でユビーナがクラウドの鼻先に人差し指を突きつける。だが、同時にクラウドも、腰から抜いた光線銃の照準をユビーナに向けていた。
「おっと動くな。お前の能力は情報屋から聞いて知っている。下手に動いたらぶっ放すぜ」
眼前に銃を突きつけられても、ユビーナの瞳は揺らがなかった。
「殺人は星界法の重大な違反。あなたはそれを撃てない」
「ところがどっこい。今さっきダイアルを『麻痺』に切り替えておいた。撃ってもお前が動けなくなるだけだぜ」
「…………」
「その指を下ろせ」
「……嫌よ」
「じゃあお前の能力と俺の銃、どっちが早いか試すか?痺れるだけとはいえ、かなり痛いからおすすめしないぜ」
勝ち誇ったように笑うクラウド。ユビーナは悔しそうに顔をしかめながらも、ゆっくりと指を下ろした。
「一応確認だ。お前は昨日カミーラ星のズッパタワーで……」
「ならこうする」
クラウドが言い終わらないうちにユビーナは両手を横に広げ、人差し指を店の中へと向けた。
「アッチムイテホイ」
ユビーナがそう呟きながら指をタクトのように曲げると、店の喧騒がぴたり止んだ。
「なんだ!?」
何事かと周りを見渡したクラウドは目に飛び込んできた光景にゾッとした。
時計の針が壊れたように、店中の客と店員の動きが止まっていた。そして、誰も彼もが光の消えた虚ろな目でクラウドを見ていたのだ。
クラウドの注意がそれたその一瞬のうちに、ユビーナは大声で叫んだ。
「この男を取り押さえて!」
するとユビーナの命令に従うように、食堂にいる全ての者が一斉にクラウドに襲いかかってきた。
「くそ……!!」
クラウドは光線銃の矛先をユビーナから飛びかかってくる者たちへと変えざるを得ない。その隙にユビーナは店の外へと逃げ出した。
「おい待て!ちっ……厄介な能力だ!!」
だが、すぐにユビーナを追いかけることができない。クラウド悪態をつきながら、飛びかかってくる客や店員に容赦なく麻痺光線を撃ち込んでいく。動きは素人だが、いかんせん人数が多い。クラウドは心苦しく感じながらも、料理の皿や酒のグラスの乗ったテーブルを足がかりに店内を飛び回り、襲撃を回避していった。
「はあ…はあ…はあ……」
ユビーナは薄暗い路地を必死に走った。心臓は早鐘を打ち、荒い呼吸が寒さで白い吐息へと変わる。
十分ほど走ったところでユビーナは足を止め、前後を確認してクラウドが追いかけてきていないことを確かめた。息を整えながら星界鉄道の駅へ行く経路を考え始める。
「正面入り口は無理。すぐにばれる。地下もあいつなら見張ってそう。なら……」
「その小柄な体を生かして通気口を抜けるってか?」
「!!」
すぐ後ろからかけられた声にユビーナは凍りつく。
ゆっくりと振り向いた先に立っていたのはクラウドだ。左手に持った白いコートを肩にかけ、右手の光線銃の銃口をユビーナに向けていた。流線型の青い銃身が月明かりで鈍く光る。
「油断したぜ。話には聞いてたが、あんな使い方もあるとはな」
「お店の人たちはどうしたの?」
「面倒だから全員麻痺させた。逃げるだけだと追っかけてきそうだったんでな」
周囲にはクラウドと自分の他に誰もいない。ユビーナは逃げることは不可能だと判断し、両手を挙げて降参した。
「お前がズッパタワーからブレスレットを盗んだのはユビーナ、お前だな?」
「……そうよ」
「なんだ、正直だな。違うと言って逃げないのか」
「あなたにはブレスレットをカミーラ星の駅で見られたから無理よ」
「そうか。ズッパ伯爵の要求はお前の身柄引き渡しとブレスレットの奪還だ。だがブレスレットを寄越すんだったら見逃してやってもいい」
クラウドはそう提案したが、ユビーナは手首を右手で守るようにして後ずさった。
「……嫌よ。これは渡せない」
「そうするとお前を動けないようにしてカミーラ星に連れてくことになるぞ」
「私はあいつの所になんか戻らないしブレスレットを渡す気もない」
ユビーナの強い決意を宿した瞳を見て、クラウドは強い違和感を覚えた。目の前の少女がただの盗人ではない気がしたのだ。
こういう勘はよく当たる。それを放っておいたせいで痛い目に遭ったことも多い。
「なあ……」
違和感の正体を探ろうと、クラウドはユビーナに質問しようとした。だが突然、前方にに複数の気配を感じ取り、中断を余儀なくされる。
「誰だ?」
ユビーナ越しに気配のある方へクラウドが鋭い声を飛ばすと、路地の裏から音もなく黒ずくめの男達が現れた。そして、その後ろに見覚えのある銀色の人影を認め、クラウドの眉間にしわが寄る。
「なぜここにお前がいる」
針金のような体躯の銀の影は、ズッパ伯爵の秘書ワイヤだった。
「捕まえた少女をカミーラ星まで連行するのは面倒だと思いましたので、こうしてお迎えにあがったのですよ」
クラウドの問いかけにワイヤが薄く笑って答える。それを聞いたクラウドの頬がピクリと動く。
「そうじゃない。なんで俺がいる場所が分かったのかと聞いているんだ。対応も早すぎる」
「移動には『星渡の扉』を使ったのですよ。居場所については尾行を一人つけさせていただきました」
それを聞いたクラウドは地面をつま先で蹴りつけた。
「気に食わねえな。お前は賞金稼ぎが信用できなかったのか?」
「私ではなく、伯爵様のご命令です。依頼をしたとはいえ、少々心配だったのでしょう」
「コソコソつけてくるとはマナーがなってないな」
「しかし契約違反ではないでしょう?」
「賞金稼ぎにも面子がある。こういう真似をされるのは不快だ」
「以後気をつけましょう」
クラウドは不快な気分を隠そうともせずにワイヤを睨みつける。ワイヤは薄い笑みを浮かべたまま、慇懃な態度で頭を下げた。
クラウドがあからさまな舌打ちをするが、顔を上げたワイヤは気にする素振りを見せずに連れてきた部下たちへ向けて手を振った。
「では連れて行きなさい」
ワイヤが指示で黒ずくめの男達がユビーナに近寄る。だが彼らはすぐに足を止めざるを得なかった。
「どういうことですか、クラウド様」
クラウドの光線銃がユビーナではなく、黒ずくめの男達とワイヤの方へと向けられていた。