常冬の星域で再会す
ズッパタワーを後にしたクラウドは歩きながらどう動こうかと考えていた。
ブレスレットが盗まれたのは昨日。とすると、犯人の少女はとっくに星界のどこか遠い星に雲隠れしているに違いない。ズッパ伯爵の支配下とも言えるこの街に残るのは危険だ。さすがにまだこの星にいるとは考えづらかった。
こういう時は逃げる側の気持ちになってみるのがクラウドのやり方だった。ありふれているが一番効果的な方法である。
自分だったらそう動くか、クラウドは犯行後の逃亡経路を考えてゆく。
ズッパ伯爵の力はこの街のあらゆる所へ届く。ゆえに、ブレスレットが盗まれたと気づいてすぐに非常線を張っただろう。そして、星界鉄道の乗客もくまなく調べさせたはずだ。さっきの話ぶりだと、盗まれてから配備まで一時間もかからなかっただろうとクラウドは考えた。
また、ズッパタワーから地中列車の駅までは大人の足で走ったとしても二十分はかかる。
地中列車に乗って星界鉄道の駅までは三十分弱。タワーから下りる時間や乗り換え、賑わう人々の間を抜けることなどを加味すると、犯行後すぐにこの星から立ち去ろうとするのは愚策だ。
「ならいったん潜伏して、それから姿を変えてどこかへトンズラする」
しかし、変装用に服を買えば足がつく。これは事前に用意していたと考えるべきだろう。
普通は一夜過ぎて捕まらなければ他の星に飛んだと考えるから、警戒もいくらかゆるくなる。クラウドならこの隙に、つまり今日の午後くらいに逃げる。
ただ少し懸念があった。
この方法を子供が考えつくかという話だ。また、ズッパ伯爵やその部下もそれくらいは考慮に入れていそうなものである。
何かが引っかかったが、犯人が逃げていることは事実なのでクラウドは問題を棚上げにした。
続いて犯人が向かった星を考えようと、HIDで星界の地図を出そうとしたところで……
「ああ!!」
クラウドは気づいた。
「あのガキ!!」
そう。つい一時間ほど前に駅ですれ違った少女が頭に浮かんだのだった。
クラウドは急いで地中列車に乗り込み、星界鉄道の駅にやって来ていた。
「翡翠の輪に青い宝石!くそっ……あのブレスレットを見た時点で気づくべきだった!」
悪態をつき、肩で息をしながら少女とぶつかった案内板の前に行く。
あの時の動きや向きを再現し、少女が消えた方向に目を向けると、七番線と八番線のホームに向かう通路に続いていた。
「七番線の行き先はデュミレ星系……ガキが行くにはちと厳しすぎるな。となると八番線、ホーリア星系に向かう列車か」
くしくも、同行を断られた仕事仲間がいるであろう、ノエル星のある星域だった。この時期にホーリア星系へ向かう客は、ノエル星で開催される聖夜祭を目当てにする客が多い。
切符を買ったクラウドは列車に乗り込む。シートに体を沈めて周りを見渡すと、やはり聖夜祭に行くのかカップルや家族連れが多かった。
「一応連絡を入れておくか」
近くに寄るのだから、何かあった時のためにバームロールへ連絡を取ることにした。
恋人と過ごす時間を邪魔してしまうことに少しの罪悪感を……全く感じなかったので、クラウドは躊躇いなくHIDでバームロールへコールをかけた。
ホーリア星系は星界の少し端っこの方にある小さな星域である。星域内にある星々の平均気温は十度を上回ることがなく、別名『常冬の星域』とも呼ばれる。
年の瀬には星域内の中心的惑星であるノエル星にて『星神ホーリア』の生誕を祝う祭である聖夜祭が開催される。木組みの家と石畳が有名な冬の都『フィンリード』が沢山の屋台と様々な催しで賑わうのだ。
ホーリアは冬を司る星神であるとともに、人と人との絆を強める祝福をしてくれる存在でもある。それゆえか、聖夜祭はいつしか恋人との絆を確かめ、また深めるために訪れる、という一面を持つようにもなった。
「寒っ!」
中継地点であるチリール星に降り立ったクラウドは想像以上の気温の低さに震えた。
まだ次の列車まで時間があったので、防寒具を調達するべく、いったん駅を出て冷たい風が吹き荒ぶ街へと歩き出した。
駅から放射状に伸びた街並みが窓から漏れ出す暖かな光に浮かび上がる。建物はどれも屋根が半球状になっており、壁もなだらかな曲線を帯びた構造になっている。これは年始にやってくる大雪のためであろう。
凍えるような寒さにも関わらず、行き交う人は多い。そしてなぜか誰もが白い服を身にまとっていた。
クラウドは通行人に声をかけ、道を尋ねる。言われた通りに歩くと、服屋の看板が見えてきた。寒さが限界に達していたクラウドは急いで駆け込んだ。
「いらっしゃい」
二重扉を開けて店に入った瞬間、クラウドは世界から色がなくなったような錯覚になった。
目がおかしくなったのではない。壁も床も商品も何もかもが真っ白なのだ。奥の白いテーブルには白い服で身を包んだ店主がいた。
「なんだここは……」
唖然とするクラウドに店主が笑いかける。
「真っ白くて驚いたろう?」
「……ちょっとな。ここは服屋で合ってるか?」
「そうさ。『ホワイト・オシャンティー』へようこそ!」
店主が手を広げて歓迎のポーズをとった。
「ホワイトおしゃ?よく分からないが服屋なら良かった」
「……まただめだったか」
渾身のポーズ(だったらしい)が空振りに終わり、なんとなくさびしそうな顔になる店主。だがすぐに営業スマイルを浮かべて応対をした。
「それにしても、寒そうな格好だな」
「急ぎだったんでな。コートを適当に見繕ってくれ」
「はいよ」
まず最初に店主が持ってきたのは雪だるまのようなもこもこした上着だった。
「この店一番の上着だ。ブリザディア星で一晩過ごしても大丈夫なくらい暖かいぞ」
「動きづらそうだな。もう少し細身のやつはないか?」
「そうか。じゃあスタースノウベアの毛皮で作ったコートはどうだ」
次に出てきたのは白い毛皮のコート。
「派手すぎんだろ。ギャングじゃあるまいし……もう少し落ち着いたデザインにしてくれ」
「似合うと思うけどな。ん〜なら……おお、あれがあったな。少し待ってろ」
店の奥に行った店主が持ってきたのは滑らかな素材の白い上着。光が反射してかすかに青く光るのがとても綺麗だった。
「これはフロストドラゴンの翼膜から作った上着だ。軽くて丈夫で風を一切通さない優れもので、刃物や炎で傷つきにくい」
上着に袖を通すと驚くほど軽く、とても動きやすかった。
「いいな。もらおう」
「希少な素材だからちと高いぞ?」
「いくらだ?」
「2万ホリアだ」
「すまん、星界通貨のスターラで頼む」
「それだと3000スターラだな」
かなりの高級品だったが、今の仕事がうまくいけば大丈夫だと考えて買うことにした。
「……まあいいか。それをくれ」
「まいどあり。そこのまま着ていくか?」
「ああ」
お金を払って店を出ようとしたところでクラウドは足を止めた。
「どうした?」
「ああ。一つ聞きたいことがあってな。大きな黒い帽子に水色のコート、黒のスカートとタイツ、茶色のブーツを履いた子供を見なかったか?」
「それなら三時間ほど前にこの店に来たぜ」
「なに!?」
あっさりもたらされた少女の足跡にクラウドは店主に詰め寄る。
「なんだい、兄ちゃんの妹かなにかか?」
「そんな感じだ。探してる途中でな」
「顔は見てないが女物のコートを買っていったな。金が少ないみたいだから安くていいやつをすすめておいたぜ」
「どこへ行ったか分かるか?」
「ほとんど喋らなかったが、聖夜祭に行くのかって聞いたら、少し寄るつもりだと言ってたぜ」
自分の推測が間違っていなかったことを確認し、クラウドは店主に礼を述べた。
「そうか。ありがとよ」
「おう。またなにかあったらこの店に寄ってくれや」
「この上着が擦り切れたら買いに来るよ」
「そりゃ困った。もっと安い上着を買わせるんだったな」
店を後にしたクラウドはひとまず夕食を済ませることにした。薄いのに寒さを一切感じない上着に感心しつつ、良さそうな飯屋を探す。
二十分ほど歩いたところで大きめの大衆食堂を見つけた。
二重扉を抜けて中に入ると喧騒と食事をそそる匂いが飛び込んできた。
沢山の人で賑わうの机の間を縫うように店員が移動してくる。メイド服のような白い制服が似合う可愛らしい少女だった。
「いらっしゃいませ〜!!お一人様でしょうか〜?」
「ああ」
「こちらへどうぞ〜」
二人掛けのテーブルに案内されると、店員の少女は注文を聞いてくる。メニューを見るのが面倒だったクラウドは店員におすすめを尋ねることにした。彼女は顎に指をあてて少し考えると、間延びした口調で言った。
「そうですね〜。チリール蟹のクリームソーススパゲッティとラララ豚のステーキ、オーロラ海老のビスクが美味しいですよ〜。特にオーロラ海老はこの時期だけしか食べられませんから〜」
「じゃあそれを」
「お酒はどうしましょうか〜?」
「仕事なんでな。コーヒーをくれ」
「かしこまりました〜」
食堂の中は暖かいのでクラウドは上着を脱いで椅子に引っ掛けた。
星の形をしたランプがいくつも天井から吊り下げられ、店内を明るく照らしている。壁には雪景色を描いた絵や何かの賞状が掛けられていたり、剥製になった動物の首がかかげられている。隅のピアノでは白いチョッキを着た小柄な星界人が音楽を奏でているようだったが、客の声にかき消されて、音の出ない鍵盤を叩いているようにしか見えない。
しばらくしてさっきの店員が料理を運んできた。
「お待たせしました〜。コーヒー、それからオーロラ海老のビスクとチリール蟹のクリームソーススパゲッティになります〜。ステーキは少々お待ちを〜」
オーロラ海老のビスクは真っ赤なスープが角度によって緑や黄色に見える不思議な色合いの料理だった。一口飲むと、海老の濃厚な旨味の後に透き通るような爽やかさ、さらにピリリとした辛さを感じた。その豊かな味の変化にクラウドは舌鼓をうつ。
チリール蟹のクリームソーススパゲッティは、蟹の甘みとソースのなめらかさがとても合っていて美味しい。パスタがしっかりアルデンテなのも良い。少し濃いめの味付けだが、お腹が空いていたので丁度よかった。
「……うまい」
ひと啜りしたコーヒーも大衆食堂にしては上質なものであり、クラウドは満足気に息を吐いた。
「すみませ〜ん」
食事の途中で店員がやってくる。ステーキかと思ったが、お盆を持っていないのでどうやら違うようだ。
「どうした?」
「どこも満席なので、このお客さんと相席でもかまいませんか〜?」
店員の少女と同じくらいの背丈の客が横にいた。
「別にいいぞ」
「すみません、ありがとうございます〜」
対面にその客がやってくる。クラウドが何気なくそちらに目を向けると、客は白いコートを脱いで座った。さらにその客が黒い帽子を外すと中から紫の髪の少女が現れた。
クラウドの目が驚きで大きく見開かれる。
「お、お前は……!!」
今まさに探している、カミーラ星でぶつかった少女がそこにいた。
ベタな再会。どうなるんでしょうねー
《今さらな用語解説》
・星界
この作品の世界観。だいたい宇宙と捉えてもらってかまいません。星の外なのに普通に息ができたりすることがありますが(この先もしかしたらそういう描写が入るかも)、それは地球のある宇宙とは別の少し不思議な法則があるんだろうなーという感じで軽く流してください。深く考えてはならぬ。
・星界鉄道
星界の星と星を行き来するための主な移動手段。『銀河鉄道の夜』に出てくる夜の軽便鉄道みたいなイメージでOK。もう少しハイテクな感じですがね。
・『スターラ』
星界全域での共通通貨。1スターラ=100円くらいの感覚。現金だと紙幣と硬貨、電子通貨もあります。それぞれの星域には独自通貨がありますが、スターラも使えます。
・賞金稼ぎ(ハンター)
星界の何でも屋。お金さえ払ってくれればどんな汚いこともやる。ただ、みんな曲者揃いなので取扱注意。ポリシーに反することはやらないのでどんな依頼も引き受けるというわけではなかったり……
・HID
H(handy)I(information)D(device)、つまり携帯型情報端末。SFなスーパーテクノロジーで星の外にいようがインターネット的な何かへ簡単にアクセスが可能。通話やメールもできる……用はスマホですね。ホログラムでウィンドウをいくつも同時展開して使います。
他に質問等何かありましたら感想にお願いします。「読んだ!」の一言だけでもすごく嬉しいです。
皆様よいお年を。