輝く伯爵の輝かない邸宅
ワイヤと名乗った秘書の案内でクラウドはカプセル型のエレベーターに乗り込み、一気に最上層まで上がった。チンという音で扉が開く。
煌びやかなエントランスには金箔で描かれた絵画や星瞬石を削り出した壺など、一目で天井知らずの値が付くであろう美術品が並べられている。そしてどれもこれもキラキラと光って眩しかった。
「すごいものだな」
ワイヤの案内で歩きながら、クラウドは陳列された装飾品に目を見張る。
「ええ。どれも伯爵様が星界中から蒐集したものでございます」
「図鑑でしか見たことのないものもあって驚いたよ。例えばあの『紅炎の瞳』とかな」
クラウドは棚の一角にある、中に炎が閉じ込められているかのような球体を指さす。
「よくご存知で。あれは伯爵様のお気に入りの品の一つです」
「ところでなんでいきなり伯爵に会えることになったんだ?」
クラウドのもっともな疑問にワイヤは淀みなく答えた。
「クラウド様の事も存じ上げておりましたが、それ以上にかの情報屋の名前を出したからですよ」
「俺が有名かはともかく、あの『レロー』の知り合い……騙りって可能性もあるだろう?」
「その時はご退場願えば良いのですよ」
涼しい声音でそう言ったワイヤにゾクッと背筋が凍るクラウド。
「害意を持った人間はいつでも消せる」と言外にほのめかされ、内心の動揺は表情に出さなかったが、油断ならないと気を引き締めた。だが、ワイヤには伝わってしまったらしい。
「ふふふ……緊張なさらずとも大丈夫ですよ。『嵐雲のクラウド』と事を構えるのは避けたいですからね」
「そんな大それた人間じゃないよ俺は」
「どうでしょう。一般に貴方を知る人間は少ない。ですが、賞金稼ぎの業界に片足でも突き入れた者でその名を聞かない者はいないでしょうな」
「不名誉な二つ名背負ってるからかね」
ため息混じりに肩を竦めるクラウドにワイヤが明るく返す。
「なか良い名ではないですか。今回は情報屋レローの名を出していただいて助かりました。おかげで迅速に対応する事ができたので」
「あいつは名前だけは誰でも知ってるからな……」
クラウドは繁華街の一角で水切りを振るバンダナ頭を頭に浮かべていた。
華やかなエントランスを抜けた先でクラウドは驚く。
そこは森の中だった。どういう仕組みかは知らないが、空があり陽が照り、心地よい風が吹いている。街中のように過度な眩しさのないありふれた自然がそこにあった。
「驚いたでしょう?」
「ああ、ビルの中に外の景色があるのも驚いたが、それ以上にこの暗さに度肝を抜かれたな」
「ここを暗いとおっしゃいますか」
「おもての眩しさに比べるとな。ピカピカしてるのはあまり好きじゃないから、この普通さがありがたいぜ」
「この星では異常ですけどね」
「しかし、煌びやかな街並みは伯爵の趣味と聞いたが……」
「それは伯爵様にお会いになれば分かるでしょう。さ、こちらです」
ワイヤの先導で林道をしばらく歩くと、森の中に開けた場所があり、一軒の大きなログハウスがあった。
中に入り、暖炉のある応接間に通される。ソファには金の上着を身にまとう、見事なあご髭のでっぷりと太った男が座っていた。
ワイヤがその男に一礼する。
「伯爵様、賞金稼ぎのクラウド様をお連れしました」
「ご苦労。茶と菓子を頼む」
「かしこまりました」
ワイヤは一礼して部屋を出て行った。
ソファから立ち上がった男が口を開く。
「クラウド君、ズッパタワーへようこそ。私の名はズッパだ。よろしく頼もう」
「しがない賞金稼ぎのクラウドだ。敬語は面倒なのでこのままの口調でいいか?」
「ハハハ……かまわんよ。さあかけたまえ」
「失礼する」
ズッパ伯爵にすすめられ、クラウドは対面側のソファに腰掛けた。程なく現れたワイヤが紅茶と茶菓子を二人の前に並べる。
「さて、賞金稼ぎと言うからには例の件を聞きつけてきたのだろう」
「そうだ。あの記事だけだと要領を得なかったんでな。依頼主をこの目で確かめたいというのもあるが」
「ふむ。君の私への印象はどうかね?」
「正直困惑している。ズッパ伯爵といえば金キラ趣味で街はおろか家の中まで金ぴかで眩しいと聞いたからな。この星にいる間にサングラスを外せるとは思わなかったぞ」
クラウドはそう言って胸ポケットに引っ掛けたサングラスを軽く叩いた。
ズッパ伯爵があご髭を撫でつける。
「ふむ……その噂は間違っていない。だがそれは間違ってもいるな」
「どういうことだ?」
「知りたいかね?いや、隠すほどの事でもないからそう険しい顔をするな。答えは簡単だ。その噂のズッパ伯爵は私ではないという事だよ」
「ますます分からねえな。お前は影武者って事か?」
「正真正銘、私がズッパ伯爵である。だが、私の父もまたズッパ伯爵なのだよ」
「っ……!そういうことか」
「左様。私の父は度を越した光る物好きだった。それこそ家中を光らせていないと落ち着かないほどにな」
「寝る時はどうするんだよ?」
「部屋の明るさはそのままに遮光眼鏡をかけていたよ。私と母の部屋はさすがに暗くしていたがね」
「遮光眼鏡かけるくらいなら普通に暗くして寝て、起きてから点ければいいって気もするが」
「父は目覚めた瞬間から明るくないと嫌だったのだよ。この家は父が死んでから作ったものだ。文明的な建造物が好きな父と違って私は素朴で自然的な物を好むのでな」
「なるほどな。だがなぜその金キラした服を着ているんだ?過度な明るさを好まないなら街も作り替えればいいだろう?」
「それもいいが、あの街並みはこの星の名物だ。商売としてはそのままの方が良いのだよ。この服も同様。父の時代から変えないことで誰でも『ズッパ』を認識してもらえる」
星界中に知れ渡る『星界一輝く惑星』カミーラ。個人の好みではないものの、商売的にはそのままのイメージを保つ方が利があるというのが、このちぐはぐな建造物の理由なのだった。
「疑問があっさり解決して良かった。さて、依頼のことなんだが、詳しく話を聞かせてもらえるか?」
クラウドは懐から記事の切り抜きを取り出してテーブルに置いた。
「よかろう。今回の依頼は表向きはアホイム星人の少女の確保だ。だが、本当の理由は違う」
「なに?」
「ここに書いてあるだろう?私が本当に求めているのは希少種の星界人の身柄ではなく、彼女の腕にあるブレスレットだ」
「そんなにすごいものなのか?」
「ああ。翡翠の輪に嵌められているのは『深海星』の欠片だ。これは世に二つとない不思議な輝きを放つ」
「金キラ趣味が嫌いな奴の台詞とは思えないな」
「私も父の子だ。眩しいのは苦手だが、美しい輝きを持つものは好きだ。星界中にある様々な輝きを放つものを蒐集するのが趣味でね」
クラウドはエントランスの美術品を思い出した。
「だが、少女の確保とは穏やかじゃない。これは立派な誘拐と窃盗だろう?」
「それは違う。窃盗の被害に遭ったのはむしろ私だ。ブレスレットはオークションで競り落としたものでね、件の少女はそれを盗んだのだよ」
「このビルのセキュリティをかい潜ってか?ガキ一人の手に負えるものじゃねえぞ。そこのワイヤも相当な実力者だろ」
「それが出来たのだよ。アホイム星人の特殊能力によってな」
「その時の状況を詳しく教えてくれ」
「残念ながら、私を含めその時のことをあまり覚えていないのだよ。昨日はこの部屋でブレスレットを出して眺めていたのだが、気がついたら無くなっていたのだ」
「じゃあなんで盗られたとわかる?」
「私とワイヤに紫色の髪の少女がここへ入ってきたという記憶があるからだ。だがそれ以上の、少女に盗まれた瞬間や逃亡した間の記憶が一切ない。ブレスレットが無くなった理由は、その少女が関わっているという他に考えられないのだよ。支離滅裂な話ですまないな」
「なるほど。他になにかないか?少女を写した写真とか」
「一切ない。なぜかこのビルの記録映像にも残っていなかったのだ。手配書はワイヤと私がかすかに記憶していた特徴を元に発行したのだ」
記憶に残らない犯行。この不可解な現象にクラウドは心当たりがあった。
「……そういうことか」
「なにか知っているのかね?」
「アホイム星人の能力について情報屋のレローから聞いたんでな」
「ふむ。詳しく聞きたいところだが、無駄だろうな」
「金を払ってるからな」
「どうだろう。レローに君が払った倍額を支払うから教えてもらえないだろうか?」
「魅力的な提案だがな、情報は知る人間が少ないほど強い。悪いが教えられない」
「それは残念だ」
「この件が解決したら教えてもいいぜ」
「楽しみにしてよう」
知りたいことをあらかた聞き終えたクラウドは席を立った。
「もう行くのかね?」
「ああ。動き出しは早い方がいいからな」
「では少女を見つけたらこの番号宛に連絡をくれたまえ。使いのものを寄越そう」
ズッパ伯爵は名刺入れから金に輝く名刺を出してクラウドに渡した。
「それは助かるな。報酬の件だが、200万スターラきっちり払ってくれるんだろうな?」
「もちろんだ。あのブレスレットに比べたら大した額ではない」
「安心した。ではここらで失礼する」
「良い知らせを待っているよ」
そう言ってクラウドは部屋を後にした。
クラウドがいなくなると、ズッパ伯爵は部屋の隅にあった受話器を取り、どこかに電話をかけた。
「……私だ。目処が立ちそうだ。例の件を進めてくれ。ああ、それとクラウドという賞金稼ぎに『影』を一人付けろ。以上だ」
電話を終え、再びソファに腰を沈めたズッパ伯爵はほくそ笑む。
「あと少し……あと少しだ」