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ブレスレットの少女

 ラーメン屋の暖簾をくぐって外へ出ると、身を切るような寒さがクラウドを襲った。


 空は絵の具を何度も落としたバケツの水のように鈍い曇天模様。建物の間を駆け抜ける北風に体が縮こまる。


「う〜さみぃ……マフラーくらい引っ掛けてくればよかった」


 昼間でも色とりどりのネオンを光らせる繁華街を歩きながら、クラウドは情報屋に聞いたとっておきのネタについて考えていた。ガセネタをつかまされたにしては高い情報量だったし、自信のある情報だったのだろう。

 ついでとばかりに教えてもらった他の賞金稼ぎ(ハンター)の動向といくつかの目撃情報を整理しながら駅に向かう。


「周囲の人間が一斉に動く(、、、、、)なんて、本当にあるのか……?」






 クラウドは星界鉄道の駅の改札を抜け、十四番ホームの列車に乗り込んだ。まもなく、列車が動き出し、クラウドは第九星系のレイジー星を後にする。


 目指すは第六星系にある惑星カミーラ。


 クラウドは列車販売のコーヒーを傍らに、携(H)(I)(D)末でいくつものウィンドウを浮かび上がらせていた。ビスコはタリナ星にいるため遠すぎ、ルマンドは仕事に真っ最中、リッツは冬の休暇と、めぼしい同僚はみな駄目だった。


「おっ……バームロールがいけそうだな」


 HID(ハイド)を操作して知り合いの賞金稼ぎ(ハンター)に連絡を取る。コールが四回続いてから繋がり、ウィンドウに緑色の肌の星界人が映った。


『お〜クラウドじゃんー。おひさー』


 黒目に黄色い瞳のオチャラナ星人(バームロール)は先に吸盤がついた三本の指をひらひらと振りながら明るく挨拶をしてきた。


「バームロール、いま暇か?」

『暇だけどー?』

「いきなりで悪いが第六星系のカミーラ星まで来てくれないか。今俺も向かっているところだ」

『えー!?まじなに仕事系ー?』

「俺が連絡する時はいつも仕事の話だろ」

『そうだっけー?』

「で、どうなんだよ?出て来れそうか?」

『時間かかる感じー?』

「なんとも言えないな……まあ、最短でも二日はかかると考えてくれ」

『あーそれやばい系だわー。アウトパティーンだわー』


 ウィンドウの向こうで三本指の手を額に当てて大袈裟なポーズをするバームロール。


「だめって事か?」

『あー、クラウドには悪いけど明日デートだわー。時間かかる仕事無理系だわー。ほら明日は聖夜祭じゃんー?ミー達超ラブいしー?ブッチしたら首がブッチされかねないっていうかー』

「そうかよご馳走さん。他をあたるわ」

『ごめんよー』

「急な話だしな。今度また何かあったら頼む」

『了解ー。またねー』

「じゃあな」


 通信が切れると、クラウドは別の同業者を探す。


 だが、年の終わりだからか、皆休暇や仕事でフリーの賞金稼ぎ(ハンター)はなかなかいない。あと、予定が空いていない理由に『聖夜祭でのデート』とこれ見よがしに書かれているのが少々苛ついた。クラウドはその全員に独り身の呪詛を送った。


 しばらく調べていたが、いけると思ったムーンライトは空いておらず、こういうときに最後に頼むオレオはこの時期動けない。


「ん?」


 突然ウィンドウの端に現れたハートの付いた封筒のアイコン。差出人は予想通りの名前。


「…………」


 クラウドはそれをしばらく眺めていたが、首を振って開封のために伸ばしていた手をひっこめる。


「正直、猫の手も借りたいところだが、ライオンはさすがに……な」


 少々の葛藤があったが、クラウドは封筒の中身を確認せずにゴミ箱に入れた。






 美しい星の海を過ぎると、見えてきたのは金色の惑星。いや、惑星の地表は茶色だ。ただ、周囲の人工衛星や星界ステーション、星の上に立つ建造物がどれも金ぴかなのでそう見えるのだ。


「相変わらず眩しい星だな……」


 若干の嫌悪を声音に(にじ)ませ、クラウドは駅の売店で買っておいたサングラスを掛けて席から立ち上がった。


 カミーラ星の駅のホームに降り立つと、誰も彼もがサングラスを掛けていた。一部、視覚を持たない星界人がそのままで歩いているが、大抵は星の建造物の輝きに長時間耐えられない。


「えー、ズッパ伯爵邸に行くには……」


 地中列車に乗り換えるべく、クラウドがホームの案内板を眺めていると、ドンと腰のあたりに軽い衝撃を感じた。


「うおっ!?なんだ……?」


 クラウドが横を見ると、大きな黒い帽子を目深に被った少女が床に倒れていた。水色のコートに黒のフレアスカートとタイツ、茶色のブーツを履いている。


「なんだガキか……気をつけろ。おい、大丈夫か?」

「あ、ありがとう……ございます」


 少女はクラウドが差し出した手を取った。クラウドがつかんだ手を軽く引っ張りあげると、コートの袖口が捲れて白い手首に光る薄緑色のブレスレットが現れた。


「……っ!!」


 すると少女は素早く手を離し、袖を戻してブレスレットを隠して後ろに飛び退いた。そして黄緑色の瞳でクラウドを鋭く睨んでくる。


 いきなり警戒され、睨まれたことに少し面食らうクラウド。確かに綺麗なブレスレットだったが、それを無理やり奪うほど落ちぶれてはいない。


「ん?俺はガキの持ってるもんを取るような安い人間じゃねーよ。安心しろ」


 クラウドは少女の警戒を鼻で笑った。

 少女はしばらく睨みつけていたが、少し俯いてから、クラウドに頭を下げた。


「ごめん……なさい」

「気にすんな。その警戒心も大切だからな。特に繁華街を歩いたりするときはよ」

「ありがとう……じゃあ、さよなら」

「おう。気をつけろよ」


 少女は足早にその場を後にした。

 その影を少しの間見送ってから、クラウドは案内板に目を戻す。


「えーと……ああ、こっちか」


 すぐに目的のものを見つかり、掲示板を背にしてゆっくりと歩いて向かった。


 地中列車に乗り込み、何をするわけでもなく座っているクラウドだったが、なぜかさっきの少女の事が気にかかっていた。

 確かに将来有望そうな綺麗な顔だったが、自分が子供を好きになるわけない。するとさっきのブレスレットくらいだ。記憶では薄緑色の鉱石かなんかで出来ていて、チラッと青っぽい宝石が見えたような


「宝石?あーなんだったかなぁ……」


 だがいくら頭をひねっても気になる理由が分からないので、缶コーヒーを飲んで一旦忘れることにした。






 五駅目で降りて地上に出ると、高層ビルが立ち並ぶ街が広がっていた。例によって道路や壁の至る所がピカピカ光っていて(わずら)わしい。

 人通りは多かったが、レイジー星の繁華街のような騒々しさと(くす)んだ空気はなく、洗練され、落ち着いたデザインの建物がお行儀よく並んだ上品な街並みだ。


「はあ、綺麗すぎて吐き気がする……」


 誰に聞かせるでもない悪態をついたクラウドは、遠くに見える一際巨大なビルの方へと歩いて行った。




 背丈の五倍はあるかと思われる巨大な門を抜け、クラウドはビルの中に入った。


 どこもかしこも金キラしていることで有名なカミーラ星の中でも一際大きく、そして比類ないほど輝いているのがこの『ズッパタワー』だ。

 カミーラ星の約一パーセントの土地を持つ大富豪ズッパ伯爵が建てたもので、カミーラ星では一番高い千階建ての超高層ビルである。

 地上五十階くらいまでは星界中のありとあらゆる商店が並ぶショッピングモール、それより上の中層には様々な企業が入り、上層は宿泊施設、そして最上層にズッパ伯爵の居住区がある。


 クラウドは入り口の横にある受付まで行った。白い髪の受付嬢がにこやかに応対してくれる。


「ズッパタワーへようこそ。何かご用でしょうか?」

「ズッパ伯爵への面会を頼む」


 クラウドが単刀直入にそう告げると、受付嬢は一瞬驚いたような顔をした。だが、すぐに表情を笑顔に戻し、申し訳なさそうに頭を下げた。


「大変申し訳ございません。面会のアポイントメントを取っている、あるいは紹介状をお持ちでない方を伯爵へお取次する事はできません」

「それは困ったな……」

「申し訳ございません。また日を改め…」

「しょうがない。情報屋のレローの知り合いだと……それだけ伝えてもらうことはできるか?伯爵に直接でなくてもいいから、秘書にでもそう一言伝えて欲しい。あとカフェ『キラリーナ』のテラス席で今日一日待つとも……よろしく頼む」

「え?あ、ちょっと!お客様!」


 受付嬢が呼び止めるが、クラウドはかまわず立ち去った。


 だがビルから出て数歩も歩かないうちに、後ろから呼び止められた。


「クラウド様」


 振り返ると、銀色のスーツとサングラスを身に付けた背の高い男が立っていた。かなり細身の体型で、まるで針金のようだった。


「思ったよりかなり早いな」

「うちのスタッフは優秀ですので」

「そうか。で?」

「伯爵様がお会いになられるそうです。よろしければご同行願います」


 男はピンと伸びた背筋で一礼してくる。クラウドは眉と口端を軽く上げた。


「よろこんで」


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