途方もない賞金額
星界のとある惑星。繁華街の片隅にある一軒の店でクラウドはラーメンをすすっていた。
乳白色の液体に浮かぶ無数の油の円はキラキラと輝き、箸を入れると銀河の如く渦を巻く。舌でほぐせるほど柔らかなチャーシューもシャキシャキとした青ネギも素晴らしかったが、一つだけ、たった一つだけの不完全が全てを台無しにしていた。
「おい親父」
「はいよ、どうした?」
箸を握りしめて青筋を立てるクラウドに、ラーメンを出した店主は涼しい表情で聞き返す。
「いつもいつも言ってるよな?なんで麺が『バリカタ』じゃねえんだよ!!!」
そう、不完全にして全ての元凶は麺のかたさにあった。
「あ?ちゃんと『バリカタ』になってるだろう」
首をかしげて片眉を上げる店主。怒りのクラウドが机を拳で叩く。
「これのどこが『バリカタ』だよ!麺の中心まで軟弱になってるじゃねえか!!」
「おいおい、麺はちゃんと茹でないと腹壊しちまうだろう」
「それじゃあ『バリカタ』にならねえだろうが!!程よく芯が残っているのが『バリカタ』なんだよ!パスタで言えばアルデンテ!少しだけ感じる歯応えが最高のアクセントになるっていうのに!」
「面倒くせえなぁ……じゃあお前さんが茹でろよ」
「星界のどこに客に麺を茹でさせるラーメン屋があるんだよ」
「ここにあるじゃねえか」
胸を張って拳でドンと叩く店主にクラウドは議論の無駄を悟った。
「くそ!何言っても暖簾に腕押しかよ!もう嫌だこの店」
「そんなこと言って、ここに足繁く通ってくれるじゃねえか」
「残念なことにここ以上のスープを出す店はないからな。これで麺がもっと固ければ完璧なのに……!!」
「まあ次来た時に言ってくれや。今度は茹で過ぎないようにするからよ」
「どうせまたやわめになる気がする」
「あんまりくっちゃべってると麺が伸びるぜ?」
そう言われて、クラウドは慌ててラーメンを食べるのを再開した。
麺が伸びきっていて美味しいスープがさらに台無しだった。
今日の客はクラウド一人なので、店主は調理場に置いた椅子に座って新聞を広げ始める。そのまましばらく文字を追っていると、とある記事に目を留めた。そして目を走らせながら横の客に声を飛ばす。
「おいクラウド」
「なんだよ?」
替え玉ではなく、白米を入れてシメにしていたクラウドが器から顔を上げる。
「こいつを見ろ。なかなか面白いぜ」
クラウドはレンゲでかきこみながら、カウンターを越えて店主が寄越してきた新聞を見る。
「?」
「これだよ。この記事」
店主が指差したのは黒い線で小さく囲われた手配記事だった。
《【緊急手配】
紫色の髪のアホイム星人の少女の身柄を確保し下記の場所まで連行した者に200万スターラを支払うものとする。
特徴:身長135メルトくらい、紫の髪、腕に青い宝石の嵌まった翡翠のブレスレット
期限:なし。ただしなるべく早く
生死:五体満足で生きたまま
場所:惑星カミーラ・ズッパ伯爵邸
依頼人:ズッパ伯爵》
「200万スターラ!!?」
クラウドは素っ頓狂な声を上げた。
無理もない。200万スターラといえば、働かずとも二年は遊べる大金である。一人の少女を確保するだけの依頼にしては破格の値段だ。
しかし……
「アホイム星人……聞いたことないな」
「なんだよクラウド。賞金稼ぎの癖に知らねえのか?」
「悪いかよ。こんなアホみたいな名前の星人なんか聞いたことないぜ」
「ほう。そりゃ残念だったな。こんなおいしい仕事、滅多にないぜ?」
「…………」
にやりと人の悪い笑みを浮かべる店主。クラウドはしばらく悔しそうに記事を睨んでいたが、根負けして新聞をテーブルに叩きつけた。
「くそっ……!わかったわかった。いくらだ?」
「1500」
店主の口から飛び出た金額にクラウドは目を丸くする。
「高過ぎだろ!600!」
「話にならん。1300」
「ちゃんとラーメン頼んだだろ。800」
「別料金だ。1200」
「……900出す」
「1000だ。もうまけねぇぞ」
店主の圧しつけるような声音にこれ以上の交渉は無理と判断し、クラウドは懐の財布から紙幣を十枚出してクリップで留め、カウンターに置いた。
「まいどあり」
ほくほく顔で金を懐に入れる店主をクラウドが横目で睨む。
「ケチ親父」
「これでも一流の情報屋なんでな。お前は顔なじみだから破格の値段だが、本当はもっと高いんだぜ?」
「どうだかな」
「つうか、無事捕まえれば目が回るくらい金が入ってくるからいいじゃねえかよ。先行投資だ先行投資」
「無駄口はいいからさっさと教えろ」
「へいへい」
店主がカウンターの裏にあるレバーを下げると、機巧によって店のシャッターがひとりでに下りた。
そしてバンダナを外して横に置くと、ラーメン屋の気さくな店主から一流の情報屋『レロー』へと表情を変えてクラウドに向き直る。
「アホイム星人ってのは希少種の星界人の一つだ」
「希少種!?それはまた……」
考えるのも阿呆らしいほど広大な星界には様々な種の星界人が存在し、中でも数が極端に少ない者達を『希少種』と呼ぶ。通常は星界管理局によって登録・保護されているが……
「されてない方なんだな?」
声を低くして聞いたクラウドにレローが頷く。
「そういうことだ。希少種の中でもほとんど確認されてない幻の星界人のうちの一つがアホイム星人だ。だから管理局には登録されてないし、当然保護なんてされてない」
「賞金稼ぎ共が狙うってことか」
「管理局の通達でも結構な額がかけられていたはずだ。5万くらいだったか?まあ、あまりに見かけないんで探そうとする酔狂な奴は滅多にいないがな」
「そうだろうな。で、特徴とかはないのか?」
「紫色の髪を持つこと、あとは全員美形らしいってことくらいしかねえな」
「紫の髪なんてごまんといるじゃねえか」
クラウドが知るだけでも十は下らない数の種類の星界人を挙げることができる。美形と言われても、探せば普通に見つかるレベルだ。種族を特定できるほどの特徴とは言えない。
「だから見つからないんだろうな。アホイムの連中も目立たないように暮らしてるっつう噂もあるしな」
「無理じゃねえかよ……というか情報はそれだけか?その程度だったら金を返して貰うぞ」
「まあ待て。とっておきのネタがある」
「なんだよ?」
そこでレローは声を低く落とした。店は見た目とは裏腹に盗聴などの対策は万全だが、それでも万が一を考えて小声で伝える。
「アホイム星人が近くにいるかどうか見分ける手段がある」
「なに?」
「アホイム星人には種族特有の能力があってな。それのお陰で、今まで賞金稼ぎにも管理局にも見つかってない」
「なんでそんな情報を知ってるんだよ」
クラウドの胡散臭そうなにレローはあっけらかんと答えた。
「俺が一流の情報屋だからに決まってるだろう。一回しか言わないからよく聞けよ。アホイム星人の特殊能力は『思考の方向付け』だ」
「思考の方向付け?」
「ああ。ある動作をする事で相手の意識を完全に別の方向にそらす事ができる能力だ。動作について詳しいことは分かってないがな」
「手品の小細工みたいだな」
手品師は例えば、右手を動かしつつ同時にそこに視線を向ける事によって観客の視点、即ち『意識』を思い通りに誘導できる。そして観客の意識の向いていない所でこっそりタネを仕込んだりするのだ。
これは『視線誘導』などと呼ばれ、手品師がごく一般的に利用している技術のうちの一つである。
「それの上位版、絶対的な強制力があるものと考えるのが妥当だな。しかもこの能力で意識をそらされると、直前まで意識していたものの記憶が無くなるらしい」
「自然に姿を隠すのにはもってこいの技術だな」
「能力には弱点もあるらしいが、さすがにそこまで調べられなかった。ただし」
そこでレローは言葉を切ってクラウドに笑いかける。クラウドも知るこれはとっておきの情報を持っている時の笑顔だった。
「今回の件に限ってはこの能力が使われた事が分かる方法があるんだが…………いくら払う?」
クラウドが躊躇いなく懐の財布に手を伸ばしたのは言うまでもないことだった。
次回の更新は明日の18時頃です