グリンピース
R15と言ってもそんな重いもんじゃない。
グリンピース。
そういえば、そんなあだ名の奴もいたな。
私は、冷凍ミックスベジタブルをカゴにいれながら、ふと奴の事を思い出した。
名前は知らない。
覚えてないとかじゃなくて知らない。
顔もうろ覚え。
思い出したのは、いつも緑色のパーカーを着て、周りにグリンピースってあだ名をつけられてた事だけ。
あぁ、あともう一つあった。
緑色のパーカーを着てる理由だ。
奴は夏以外毎日パーカーを着てた。
夏でも、休日に緑色の私服を着ているところを見た人もいるらしかった。
私が自分から話しかけたのは一回だけ。
それも「何故、毎日パーカーを着ているの?」だった。
彼はなんて答えたんだっけ?
…あぁ、そうだった。
好きな子だった。
ちびっ子大好き!と書かれたサーモンの握りは無視して、反対の秋刀魚を見る。
安いけど、ダメだこりゃ。
みんな目が充血してる。
確か秋刀魚は目が澄んでて、尾の付け根が黄色いのがいいものだったはずだ。
今日の晩御飯、焼き秋刀魚にするのは却下。
ならば肉にしようと魚コーナーから離れる。
で、なんだっけ?
…あぁ、好きな子だ。
確か理由は、好きな子が緑色が好きだから、だったな。
どんだけその子のことを好きだったんだ。
好きな子の好きな色に包まれたかったのか、それとも少しでも好きな子に振り向いて欲しかったのか…。
是非とも後者であってほしい。
肉食系男子も大喜び!の煽りが書かれたカルビやホルモン。
そりゃ大喜びだろうな。
しかしうちにそんなものができるような物はないので却下だ。
しかし、仮に後者だったとしたら、奴は草食系男子と呼ばれるものに分類されるだろう。
そんな奴が最終的に好きな子に告白できたのだろうか?
奴が付き合ったという噂は最後まで聞かなかったから、早くて卒業式、遅くて高校か。
…ま、どうでもいいか。
私はひき肉を手に取りカゴへ入れた。
他になにか必要なものがあったろうか?
…あぁ、そういえばケチャップが残り少なかったな。
調味料コーナーへ移動する。
ケチャップといえば、学祭でグリンピースが鼻血だしてたのを思い出した。
緑色のパーカーに赤い血が染みて、ドス黒い赤になっていた。
アレはグロかった。
遠くからでもよく見えたその鼻血事件は瞬く間に全学年へ広がったらしい。
ケチャップをカゴに入れ、ここで一度カゴの中身を確認する。
いつの間にか、カゴにはかなりの量が入れられていたので、ここらで会計するとしよう。
「ただいま」
「おかえりー」
部屋のドアを開けると、テレビの前で横になってる同居人がいた。
なんだっけ、あの体制。
この前テレビでやっていた…そうか。
ゴリラだ。
そんなことはどうでもいいのでキッチンへ行き、冷蔵庫に買ったものを詰める。
「今日のご飯なにー?」
同居人の気の抜けた声が聞こえた。
「グリンピース」
「げ!」
そういえば、こいつはグリンピースが嫌いだったっけ。
よし、多めにいれてやろう。
手洗いうがいをきちんとし、ボウルにひき肉を全部入れる。
今食べきれなくても、朝食べればいいと、パックに入ってたのを全て入れた。
他にも卵などを入れ、練る。
「あ、なになに?ハンバーグ?」
いつの間にか抱きついていた同居人が、私の肩に顎をおき、手元を覗き見る。
「邪魔」
「ヒデェ!」
俺よりもハンバーグの方がいいのね!なんて言ってる馬鹿は放っておく。
肩の重みがなくなり、作業がし易い。
出来上がった生地に、ミックスベジタブルを入れた。
もう一度混ぜたら、形を作る。
同居人がフライパンを熱してくれたので、そこにハンバーグをおく。
ジューといい音がした。
次々に他のハンバーグも置いて行く。
一度に焼けないハンバーグはトレーに置いてラップをし、冷蔵庫へ閉まった。
「グリンピースといえばさー。何か思い出すことない?」
ハンバーグを焼きながら、同居人が言った。
私は一度手とキャベツを洗い、キャベツを千切りにしながら、それに答えた。
「今日、中学の頃の同級生を思い出した」
「…へぇー。どんな奴だったか覚えてる?」
「いつも緑色のパーカー着てた」
「…それ以外は?」
「学祭で鼻血だしてた」
よし、千切りOK
「……他には?」
「さっきからなんなの?嫉妬?ヤキモチ?」
皿に千切りキャベツを盛り付けながら、適当に言ってみる。
別に、これ以上思い出せないっていうのが恥ずかしくて言いたくない訳ではない。
「…ヤキモチ…ではない。ただ興味が湧いただけ」
「そう」
同居人がハンバーグを皿に盛り付ける。
仕上げにきゅうりとミニトマトを添えた。
「いただきます」
「いただきまーす」
ハンバーグを口にいれる。
うむ。やはり作りたては美味しい。
「…俺さー」
「ん?」
「お前になんでグリンピースが嫌いなのか言ったっけ?」
「いいや」
どうせ味や食感が嫌なのだと思っていたが、違うのだろうか?
「俺さー、昔のあだ名グリンピースだったんだよね」
「へー初耳」
だから嫌だったのか。
どんだけからかわれたんだ。
「うん、初めて言ったもん。んでさ、その理由がいつも緑色のパーカーを着てたからなんだよね」
「へぇ」
まさかこいつも緑パーカー族だったのか。
そういえば、パンツも緑色だった気がする。
「…なんで緑色限定だったのか、気にならない?」
「あー気になる気になる」
あんま興味ないけど、こいつが私の顔見て凄く言いたそうにしてるから、適当に答えとく。
そうすれば、奴は箸を置いて話し始めた。
「当時の俺の好きな子が緑色好きだったんだよね」
「あぁだから」
まるでグリンピースみたいだ。
「……まだ気づかない?」
「は?」
気づくって何を。
そんな意味を込めた「は?」だったが、奴は何故か溜め息を吐いた。失礼な。
「鈍感すぎ…。いやそれともただ馬鹿なだけなのか…」
「ぶつぶつ言ってないでさっさとご飯食べなさい」
「…はいはい」
面倒くさそうに箸を持ち、ハンバーグを口にいれる同居人。
それは作った人に大変失礼な態度だぞ。
「……つまりさぁ、俺が言いたいのは、グリンピースってまだ片想いの時のあだ名じゃん?だから嫌いなの」
まだ続いてたんだ、それ。
「まだってことは、両想いになれたんだ」
「うん」
…さっきからこいつなんなの?
いきなり昔の恋愛話なんかし始めちゃって。
それは現恋人に大変失礼だぞ。
「でもさぁ…最近自身なくなってきたんだ。俺って、ちゃんと愛されてんのかなって」
「へぇ。現在進行形。つまり本人の前で堂々と浮気話ですか」
なにそれ凄くムカつく。
なんですか。
私なんかよりその子の方がいいって?
あ、もしかしてこれは別れ話なのかな?
オブラートに包みすぎて逆にわかりやすい話だねぇ。
「うん、付き合ってる。けど浮気じゃない」
は?なにそれ。
あぁ。元から私とは付き合ってる気はないと?
そうですか。私はただで住む場所と食事と穴を提供する家政婦さんですか。
へぇ。
「まだ気づかない?」
はいはいわかったよ。
さっさと別れればいいんでしょう?
「じゃあ別れましょうか」
「はあ!?何故そうなる!?」
すると奴は急に大声を出した。
ひどく驚いたというような顔をしている。
あぁつまりそういうこと。
私との関係はこのままで、その子をこの部屋に連れ込みたいと。
そしてそれを黙認しろと。
なんて失礼な男だ。
「これ以上話すことはないわ。ごちそうさま。それ食べたら出てってちょうだい」
食器を重ねて一度に片付ける。
ただ洗う気にはならないから、そのままうるかすだけにしよう。
「おい待てって!なんでそうなった!?」
急にぐいっと肩を引かれた。
その衝撃で食器が手から離れそうになる。
「っ!」
しかし掃除はしたくない一心で、それはなんとか持ちこたえた。
「いきなりなにすんのよ!」
私は後ろを振り向き、怒鳴った。
ああイライラする。
「ご、めん」
小さく謝り、ばつが悪そうに同居人は目を伏せた。
「もう話しかけないで」
私はそう言い、食器を置いた。
その際少し力が込もり、食器同士が擦れ合う嫌な音がした。
そんな小さなことさえも私のイライラを煽る。
ああっんもう!
「ごめん。それはできない」
だから、こうしてさっきとは大違いの強い口調で腕を掴まれたりしたら、もうどうしようもないくらいイラついて、気づけばその手を振り払い、金切り声で叫んでいた。
「さわんないで!」
「なんでそんな怒ってんだよ!?」
「うるさいうるさいうるさい!!他の女に触れた汚らわしいその手で私に触らないで!!」
「なんだよその他の女って!!確かにセフレならたくさんいたかもしれないけど、今は浮気してねーし、お前しか好きじゃねーし!」
「なによなによ!その女にもそんな調子のいいこと言ってんでしょ!?セックスフレンドっていうのもどうせ私のことなんでしょう!?いいからほっといてよ!!」
「ほっとけねぇよ!!」
嫌なくらい同居人の大声が部屋に響いた。
そのおかげで、徐々に頭が落ち着きを取り戻してく。
「ほっとけ、ねぇよ…。お前妄想癖ヒデェからすぐに漫画みたいな展開と勘違いするし、怒ると我を忘れるし…」
同居人の悲痛な面持ちが目に入る。
視界の端に、弱々しく私に伸びる手が映った。
「…こんなことで、関係終わらせたくねぇし…」
今度はその手を振り払うことはできなかった。
腰と頭に手を回され、同居人の意外とガッシリした胸板に顔を押し付けられる。
「もう一度問う。なんで怒った」
問うとか言っておきながら疑問系じゃない。
これじゃあ、ただの取り調べだ。
私は少し罪人の気持ちがわかった気がした。
「……あんたが浮気じゃないとか言うから…」
「から?」
先を促され、ごくりと唾を呑んで続けた。
「…じゃあ、私はなんなのって思った」
「…それだけ?」
「悪い?」
確かに、今思えばなんでそんなことで怒ってんのって感じだけど、その時はもういっぱいいっぱいだったんだ。
仕方ないじゃないか。
そんな意味を込めてちょっと強めに言い返す。
すると同居人は手の力を少し強くして、私の耳のあたりまで顔を埋めて、囁いた。
「悪くない。…それって嫉妬?ヤキモチ?」
つい3、40分前に私が言った言葉で返される。
言われて初めて気づいた。
この質問、すごく答えたくない。
どっちにしろ意味同じだし、相手の手の上で転がされてるような気になる。
「……そんなんじゃ、ない…」
嫉妬とかヤキモチとか、そんな可愛いもんじゃなかった。
そんなこと、口が裂けても言わないけど。
「…ふぅん」
少し残念そうな声が同居人から発せられる。
やっぱり言わなくて良かったと小さく溜め息を吐いた。
「俺さー、昔好きな子がいたの」
急に同居人が話し始めた。
黙って聴いてやる。
「その子がさー緑色好きだって言うから、次の日から緑のパーカー着てったのにその子鈍感でさー、まったく気づいてくれなかったんだよ。
そのくせ、脈なしかーって諦めかけた時に限って、なんでいつも緑色のパーカー着てるの?なんて聴いてくるから諦めれなくて。
かといって告白もできなくて、高校に入ったらきっと告白してやるんだー!って息巻いてたら、その子違うとこ行っちゃうしで、もうどうしようもできなくてさー」
なんだか話が見えてきた。
つまりこいつが言いたいのは…。
「…でもさー、最近、その子と再開したんだよねー。
そしたらもう今しかない!って思って、すぐにアド訊いてなんとか付き合うまでこぎつけてさ。
でも、ついさっきその子に別れましょうって言われちゃってさ。
まあ、それはだいたい解決済みなんだけど。
さて問題です。
俺が中学の頃からずっと好きだった女の子は誰でしょう?」
それって私のこと?
そう言いそうになったけど、なんだかまたこいつの手のひらで転がされている気がして悔しくなり、言葉を飲み込む。
キッと同居人の顔を睨むが、幼子を見るかのような穏やかな顔に、悔しさは吹き飛んだ。
「ん?」と言い、私から答えを要求する同居人。
促されるままに、私は口を開いた。
「私」
「そう、正解。良くできました」
その優しい声と共に繋いでいた手を離され、代わりにギュッと抱きしめられた。
「で、もちろん別れないよね?」
私を抱きしめたまま、同居人は尋ねた。
言葉で言うのは負けな気がして、ただ無言で同居人を抱きしめ返した。
そんなひねくれた返事でも彼には伝わったらしく、抱きしめた体から力が抜けていくのを感じた。
「……よかった…」
心底安心したとでも言うように少し疲れたような声が同居人から発せられた。
そんな彼に少し優越感を覚え、からかう。
「本当にフられたと思った?」
「うん。心臓止まるかと思った」
「そう。それはよかった」
「よくねーよ馬鹿」
「馬鹿じゃない。馬鹿はあんた」
「んだと?俺の何処が馬鹿だってんだよ」
「行動とか思考とか。ゴリラかよ」
「ゴリラちゃうわ」
「ただ中学のときから好きだったって言うのに、どれだけ回りくどい言い方してんのよこの馬鹿」
「…悪かったな。ひねくれてて」
「あら、ちゃんと自分のことがわかってるのね」
不服そうに唇を尖らせる姿に自然と笑みがこぼれる。
「うっせ。それ言うならお前だって十分ひねくれてるだろ」
「そうね。いいじゃない。似たもの同士、これからも仲良くしていきましょう?」
「いっそのこともう結婚しようぜ」
「それはあんたが就職してから」
「ちっ、わかった。俺、明日から就活頑張るわ」
「ん、頑張れ」
「てことで充電させて」
充電?と疑問に思う前に足をひょいっと持ち上げられ、抱きかかえられる。
俗に言う、お姫様抱っこ。
「え?っちょ!まだお皿洗ってない!」
別に誰かが見てるわけでもないのに、恥ずかしくて必死に手足をバタつかせる。
頭に浮いた逃げる理由も告げるが、見事一発両断にされる。
「洗う気なんてなかったくせに」
そうだけど!
いくら抵抗しても、奴は私を落とすことなく寝室まであっという間に連れ込んだ。
「わ!」
ベッドに降ろされ、倒される。
そして上に乗られて優しいキスをされれば、まあいっかと絆されてしまう。
「いいよね?」
私に断る気がないことを知っていながらわざわざ確認する同居人にイラっときた。
感情に身を任せ彼にキスをする。
そしたら彼のうれしそうな笑顔に苛立ちは収まり体の力を抜き、彼に身を任せた。