表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/14








「あのねぇ・・・」

珍しく、私はため息混じりに言葉を紡いだ。

すぐ横、ぴっちり密着したジェイドさんは、未だに視線を彷徨わせている。



「あんなに大きい声で怒鳴ったら、外に聞こえて当たり前!」

立ち聞きした私も私だけど、聞こえてしまったんだから仕方ない。

私もいけなかったとは思うけど、明らかにジェイドさんが後ろめたそうにしてるから、なんだか強気に出てしまった。

「・・・う、すみません・・・」

人差し指を突きつけると、しょぼん、とジェイドさんが萎れる。

彼が「う」なんて呻くのを初めて聞いた私は、今なら勝てる気がして追求することにした。

少しだけ、たまには優位に立って苛めてみたい、だなんて思ってはいない。

・・・いや、ほんのちょっとだけ、思うけど。

そんな気持ちを抱えた私は、すぅっ、と思い切り息を吸い込んだ。

「それで、私で手がいっぱいって、どういう意味?

 私がお荷物だってこと?

 手がかかっちゃって大変だってことなの?

 諦めろって、誰が、何を諦めるの?!

 てゆうか一緒にいたのは一体誰?!

 女の人だったら今すぐ家出するからね!

 シュウさんの前でさめざめ泣いてやるんだからね?!

 ・・・・・・ぅ、はぁ・・・・・・っ」

思いつく限りの言葉を一気にまくしたてた私は、乱れた呼吸を整える。

お腹に力を入れたせいなのか、クラクラする。

喉の奥の方が、酸っぱい気がして生唾を飲み込んだ。

「うぅ・・・気持ち悪い・・・」

呻いて額を押さえれば、隣から大きな手が伸びてくる気配が。

続いてふんわりと、頬に柔らかい布が触れる。

おろおろしながらも、ジェイドさんはしっかり私を抱きとめて包んでくれたらしい。

・・・あったかくて、いい気持ち・・・。

包まれる安心感に、自分が子どもになった気分になって、私はそっと息を吐く。

すると、彼は腕に力を込めて囁いた。

「・・・私が言うのもおかしいですけど・・・。

 何もそんなに一気に喋らなくても・・・もうちょっと体のことを・・・っぐ、」

ジェイドさんの、くぐもった声が聞こえる。

私が、言葉の途中で彼の胸を叩いたからだ。

眩暈と吐き気がひと段落した私は、一瞬緩んだ腕の中から抜け出そうと、そのまま彼の胸をそっと押し返した。

体が離れた隙間から、空色の瞳を見上げる。

「・・・ねぇ、誰?

 もしかして、たくさんいる元カノの中の誰か?」

思ったままを口にした私を見て、彼は目を見開いた。頬が強張ったようにも見える。

そんな彼の様子に、私はなおも言葉を続けた。

「最近私が、おやすみのキスして、すぐ寝ちゃうから?

 奥さんが妊娠したら、男の人は浮気しちゃうって本当だったの?

 ジェイドさん、む、ぅ・・・っ」

発音しようとしていた唇が塞がれて、言葉が変な音になって鼻から抜けていく。

ふにゅ、と生温かく柔らかい感触。

瞬きすると目じりのしわが、ものすごく近くに見えて。

最近2人して早寝早起きの生活をしてるからか、目の下のクマが薄くなった気もする。

「・・・ん、ぅーっ、じぇぃ・・・っ」

噛みつくような勢いで、唇が重ねられる。

こういう時の彼のリズムは、もう体が覚えてるから呼吸が苦しくなることなんてない。

手を振り上げて突っぱねたいけど、気持ちと体がちぐはぐだ。

スイッチが切り替えられたみたいに、薄情にも私の手はジェイドさんのシャツの胸元を掴んで、握りしめてしまう。

離れないように、力を込めて。

手も、気付いたら重ねた唇も熱くなっていた。

その熱に気を取られていると、大きな手が私の後頭部を引き寄せる。

ぐい、と少し強引に。磁石でくっ付いたみたいに、彼との距離がゼロになる。

そうして私が、ここは執務室なのにな・・・なんて思いながら、いうことを聞かない自分の体を諦めようとした時だ。

にゅるん、としたものが唇を割った。

条件反射で隙間を作ってしまった私は、口の中で蠢くそれを捕まえようと、目を閉じて、一生懸命意識を集中する。

もともとジェイドさんは少し意地悪だから時々、私をおちょくるみたいに舌を動かす。

だからいつも私はそれが悔しくて、一生懸命になってしまう。

そうなると、だんだんと息が上がってくるのも、嫌というほど知っているけど。

「ん・・・っ」

耳は触らないで欲しい。

ジェイドさんの指先が熱くて、呼吸が乱れてしまうから。

私がその熱から逃げようとすると、大きな手に引き寄せられた。

なんだか悔しくなった私は、はぁっ、とジェイドさんが短く息継ぎをした瞬間を狙って、蠢くそれを絡め取る。

でも、彼が捕まったのは一瞬で、すぐにすり抜けて、私の歯列の裏をなぞった。

それをされると、私はくすぐったくて変な声が出てしまうことを、彼は知っているのだ。

そんなことを続けて、鼻から抜ける声がだんだんと湿っぽくなって、私の体に力が入らなくなってきた頃、彼はそっと唇を離す。

「ん・・・っ、はぁ・・・っ」

唇が離れて初めて、私は自分が息も切れ切れになっていることに気がついた。


「・・・ひりひりする・・・」

呆然としつつ、じんじんする唇を舐めて言うと、ジェイドさんが小さく笑った。

なんか、してやったり顔だ。

「こんなに赤くして・・・美味しそうですねぇ・・・」

囁きと一緒に、指先で唇をなぞった彼が空色の瞳を細める。

それがとっても艶やかで、色気に溢れているような気がして、背中がむず痒くなってしまった。

我慢出来なくなって身を捩ろうとしたら、ジェイドさんは私の頬を両手で挟みこんだ。

逃げ場を失った私が視線を彷徨わせると、彼はまた小さく笑う。

そして、堪え切れなくなったように口を開いた。

「ああもう・・・これからずっと忍耐の毎日かと思うと、気が遠くなりそうですよ・・・」

「忍耐?」

思わずオウム返しをした私に、彼は曖昧に微笑んだ。

「ええ・・・だって、生殺しです」

「・・・その割に、嬉しそうだけど・・・」

どうも言葉と表情が噛み合ってないような気がして、私は小首を傾げる。

ジェイドさんが嬉しそうに私の顔を覗きこんだままでいるから、そろそろ首が痛い。

すると、空色の瞳がまた柔らかく細められた。

「それは、つばきが妬いてくれたと分かったので・・・にやにやが止まらないだけです」

・・・だからそんな、緩んだカオしてたのか・・・。

頭の中の、どこか冷めた部分でそんな感想を抱いた私は、彼の言葉を聞いて思い出した。

浮気疑惑が、置き去りにされているということを。

私は勇気を振り絞って、ジェイドさんのわき腹を思い切り抓ってやる。

「妬いたんじゃなくて、怒ってたの!

 キスして誤魔化そうとするなんて、あなたはタラシですか?!

 女の敵だったんですかジェイドさん!」

怒り再燃。

本当は、そんなに沸点低くないはずなんだけど、今はお腹に赤ちゃんがいて体調が不安定だからなのか、なんだかとってもイライラする。

少しの間絆されてしまった自分にも、イライラしていた。

「痛いですよ、つばき。

 あと、言葉の端々に意味が分からない単語を入れないで下さいね」

怒りをかわすように苦笑したジェイドさんが、囁きながら、そっと私の手首を掴んで上げる。

そして、にっこり微笑んで、そこへキスをした。

・・・もうそのテには乗らないんだから・・・。

手首から伝わる熱に、思わず目を逸らしながら胸の中で呟く。

すると、ジェイドさんがそっと息を吐いた。

「ちゃんと話しますから・・・ね?」

諭すように言われた私は、無意識のうちに、こくりと頷いていた。

・・・こういうところ、知らない間に躾けられてたんじゃないかと思ってしまう。






「まず、あの時部屋にいたのは、陛下です」


ジェイドさんが、私の髪を手で梳きながら話し始めた。

無我夢中でいちゃついている間に、髪がほつれてしまっていたらしい。

言いたいことはいろいろあるけど、あの時受け入れてしまった私も私だ。

・・・惚れた弱みって、こういうのを言うんだろうなぁ・・・。

内心でため息混じりに呟いて、私は彼が髪を直してくれるのを黙って受け入れているわけだ。


「陛下・・・?」

「ええ。

 いえ、呼んだのは私なんですが・・・」

「陛下を呼んだの?

 補佐官が、陛下を、執務室に?」

本人達がいいなら、それでいいのかも知れないけど、なんだか序列がおかしくないか。

そんな私の胸の内を読んだのか、ジェイドさんは苦笑混じりに続けた。

「ま、そこは深く考えないでもらえると助かります。

 ともかく、彼を呼んで少し話を・・・。

 それで、本題が終わった頃に、彼が言ったんですよ」

大きな手が、器用に編みこみを施していく。

こめかみの辺りから毛束を取って、捩じりながら丁寧に。

絶妙な力加減は私に、少しも痛みを与えることなく動く。

・・・そういうところ、本当に愛されてるなぁ、って思っちゃうよね。

場違いに嬉しくなってしまう心を、なんとか宥めていると、ジェイドさんは息を吐いた。

「猫の仔をね、貰って欲しいんですって」

「ねこのこ・・・って、にゃんこ?」

「ええ、にゃんこです」

思いもしない告白に呆然と問い返した私に、彼はゆっくりはっきり、もう一度同じ言葉をくれる。

「にゃんこ・・・飼うの?」

彼の手が離れたのを感じ取った私は、恐る恐る、そっと振り返って尋ねた。

すると、目が合った彼が渋い顔をして私を見下ろす。

「飼いません」

「えーっ」

きっぱり言い放ったジェイドさんの顔に向かって、思い切り不満の声をぶつけてみる。

でも、私の反応なんて予想済みだったんだろう、彼はもう一度きっぱり。

「・・・飼いませんよ」

「にゃんこ・・・」

「ダメです」

「うぅ・・・」

「うちでは飼えません」

情に訴える作戦で、瞳を潤ませて見つめてみたものの、敢え無く撃沈。

これは梃子でも動かないかも知れない、と諦めるつもりで息を吐いた私を見て、ジェイドさんが大きく息を吐いた。

そして言葉通り、吐き捨てるようにして言う。

「だから、あなたに聞かせたくなかったんです」

「・・・どういう意味?」

小首を傾げる私に、彼は観念したように口を開いた。

わずかに、眉間にしわが寄る。

「あなたが聞けば、ふたつ返事で飼うと言うでしょうから。

 ・・・でも、今はそれどころじゃないでしょう?」

「どうして?」

「つばきと、お腹の中の赤ちゃんが一番大事だからです」

完全にお小言モードに入ったジェイドさんが、渋い顔をしたまま私を諭そうと言葉を紡ぐ。

空色の瞳が揺れるのを見てしまった私は、なんだか彼を苛めているような気分になってしまって、結局それ以上食い下がることが出来なかった。

すると彼は、口を閉じた私の頬を撫でる。困ったように微笑んで。

「私だって、にゃんこを飼いたい気持ちはあるんですよ。

 だからね、つばき。

 子どもがある程度大きくなって、そうしたら飼いましょうね」

一度揺れたはずの瞳が、甘く弧を描く。

そんなカオをされたら、少しくらい甘えてもいいかな、なんて思ってしまうじゃないか。

「ほんと?」

「ええ。

 にゃんこでも、犬でも鳥でも、何でもいいですよ。

 馬や牛も、いいかも知れませんね」

「羊は?」

「毛を刈り取って、セーターが編めますね。

 ・・・引退したら、牧場でも始めますか?」



くすくす笑いながら囁いたジェイドさんが、小さな音を立てて、私のつむじにキスを落とす。

そして私が、同じように笑いながら目を細める・・・そんな午後。






余談だけど、ちょうど私達がそんな話をしていた頃。

執務室の外では、事務官達が書類片手に列を成していたそうな。

鉄子さんが怖いから、押しかけることは出来なかったみたいだけど・・・。


私は、部屋の中の声が外に漏れてませんように・・・と必死に祈ってしまった。

ちなみにジェイドさんは、外に何人もの人がいることに気付いていたらしい。

しょうがないから私は無言で、彼のわき腹を抓ってやった。


今度から執務室にお邪魔する時は、なるべく長居しないようにしよう。








評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ