閑話:隊長と私
夕方にまた起きなくてはいけないことを考えれば、眠れるはずもなかった。
部屋に着いて崩れ落ちるようにベッドに倒れこんだ私は、相当疲れていたらしい。
とてつもない睡魔に襲われた。もういっそのこと、『夕刻までには』といわれた言葉を無視して寝過ごしてしまえと思ったが、あの悪魔が恐ろしいので必死に睡魔に耐える。体は鉛のように重いし、瞼は縫い付けられているのではないかというほど開きにくい。
(寝たら絶対起きないだろうな。)
このままベッドに倒れこんでいても寝てしまうだけだ。
この部屋に引っ越してきてから荷物を整理する暇もなく働いていたので、まだ鞄に詰め込んだままの替えの下着を引っ張り出す。ここ一週間はまともにお風呂すら入れず、簡単に体を拭くだけだったのできっと乙女にあるまじき体臭をしているだろう。魔術師の制服はまだ仕立てが終わっていないとかで女中服のままだが、顔通しの前に臭いだけは何とかしなくてはと騎士棟にある浴室に向かった。
しかし、大浴場の前まで来て私は大変なことに気がついてしまった。
というか、今まで気がつかなかったほうがおかしい。この男所帯の騎士棟に女性用の浴室なんてあるはずもない。
「どうしよう・・・。」
浴場の前で立ち尽くしていると、「ミリア?」と声をかけられた。
「隊長?隊長もお風呂ですか??」
いつもはきっちりと着込んでいる軍服の上着を脱いでいる。よく考えれば、私に強制的の仕事をさせている間、見張りのようにすぐそばでずっと仕事をしていたのだから、私と同じでろくに休んでいなかったに違いない。それでこんなにピンピンしているのが信じられないくらいだ。結界にしたって、担当してから半年がたつという。あの範囲をずっと維持できるなんて、魔力的にも精神的にも化け物だ。
そんなことを考えながらまじまじと隊長の小奇麗な顔を見ていると、ニヤリという言葉がぴったりの笑顔を浮かべた。
「まさか、一緒に入るつもりじゃないだろうな。」
「・・・。」
私が思わず嫌そうな顔をしてしまったのは仕方がないと思う。
「おい、そんな顔するのはお前だけだぞ。失礼な。」
どんな自信家だ。鼻で笑ってやると、納得がいかないといったような顔で顔をしかめてしまう。しかめても絵になるのだが、あいにく私にはかっこいいとか美しいとかそういったものに関する心の機微に欠けるらしい。
「お風呂には入りたいんですが、さすがに狼の群れに子羊のような私が入ったら危険ですからね。部屋で清拭することにします。」
至極当然なことを言ったはずなのに、今度は私が鼻で笑われてしまった。
「お前の起伏の少ない体を見ても、誰も奮わん。安心しろ。」
「なっ・・・。上司という立場を利用してそういう性的な嫌がらせを部下にするのは、如何なものと思います。」
胸なんて重そうだし、動きにくそうだし、何にもいいことなんてないのに。私の起伏の少ない体も、これはこれで良いと思っている。
「まあ何かあっても困るから、今後は隣の浴室を使え。お前専用にしといてやった。」
なんという卒のない男なのだろう。ここまで気がつくことができるなら、私にもっと休養をくれてもいいようなものだが。
「隊長、今まで鬼とか悪魔とか思っててすいませんでした。ありがとうございます」
お礼を言ったはずなのに、何が気に食わないのか隊長は何故か私の頭を軽く小突いて大浴場に入っていってしまった。
「ちゃんと鍵を掛けて入れよ。間違って入ったやつがかわいそうだからな。」
失礼な。
以前はお偉いさん専用だったのだろう。私に宛がわれた浴室は、小さいといっても十分に足を伸ばせるほどだ。
隊長殿には感謝である。