魔術師のお仕事
私が近衛兵付顧問魔術師なんて仰々しい肩書きを得てから一週間が過ぎた。
当初はどのような過酷な仕事をさせられるのか戦々恐々としていた私だが、就任初日にしてブランシュ隊長が担当していた結界を問答無用にすべて引き継がされたことから考えても、『未経験者でも大歓迎!先輩が優しく教えます。定時に帰れる簡単なお仕事』とかそういった職場でないことは確かだ。
ディードリッヒ派に所属する魔術師にしてみれば結界の張りなおしくらい簡単にできることだが、古い魔術形態を持つクレアドル派の私にとっては大変な大仕事だった。
そもそも、現代魔術と古代魔術は魔術の展開方法において大きく異なった特徴を持っている。
例えば、結界を張るにしても現代魔術では自分の魔力を使い術を起動・維持しなければならないが、その代わり呪文ひとつで発動できる簡易なものだ。発動に必要なだけの魔力を使い、維持に必要なだけの魔力を注げばいい。
しかし、古代魔術は発動においては自分の魔力を使用するが、維持するためには魔力を必要としない。説明が難しいのだが、簡単に言えば自然界における力場を利用して結界を循環する魔術回路を練り上げるため、展開に時間がかかるし力場を作り変えるための大きな魔力も必要とする。
更に言うなら、その魔術回路についても結界を張る大きさ・場所・力場の特性や性状によって設計図が必要になる。より精密に作り上げた回路はより強固な結界となるが、デザインを誤ったり精密な回路が練れなければ結界として機能すらしないという面倒な代物なのだ。
王宮に結界を張るには維持費を必要としない便利な魔術だが、戦闘などには全くの不向きであるし、習得の困難さもあって古代魔術を主流とするクレアドル派は廃れてしまったというわけだ。
私はこの一週間のほとんどを結界の再構築に費やした。あの悪魔のような男前の騎士ブランシュ隊長が急かしやがるので(つい言葉が汚くなってしまった)三日間徹夜で設計図を作り、久しぶりの睡眠もそこそこに王族の私室や後宮にいたる場所に結界を張り続けた。今の私の残機は0だ。
「ご苦労。ゆっくり休めといいたいところだが、宮廷で魔術師として働くためには登録が必要だ。後回しになったが今から行くぞ。」
今にも気絶しそうだというのに、この鬼畜は休ませてくれる気がないようだ。
初対面からこいつ性格悪いと気がついてはいたが、もうそんなレベルではない。
私が部下になったことでその化けの皮はつるりときれいに剥けてしまったらしい。
「ちょ・・・。疲労のあまり膝が笑うを通り越して体の節々が大爆笑なんですけど、そんな部下をいたわる気持ちはないんですか・・・。」
振り絞るように出した抗議の声も、かの大魔王には風が吹く音くらいにしか聞こえていないようだった。無視して私を引きずっていく。
「そもそも登録時に魔力量とか性質を測るのに、こんな枯渇した状態じゃ登録できませんよー・・・」
「無駄口をたたく元気があるなら問題ない。登録が済ませたら休ませてやる。」
不敵に嗤うその顔は、今まで見たどんな顔よりアルトリート・ブランシュという人にぴったりだと思った。