日課の崩壊(3)
騎士に付き従い、従順な私が連れてこられたのは王宮からすぐの貴族たちの邸宅が建ち並ぶ区画だった。
てっきり投獄されると思っていた私は拍子抜けだ。
いくら王宮からすぐ隣の区画だからといって、こちらは荷物があるのだから馬車でも使えばいいのに、徒歩でレンガ敷きの道を進む。
強面の騎士は、か弱い乙女が重い荷物を持っているというのに、それが気になっていないようだった。
あんな巨人のような騎士と小柄な私では歩幅が違うので、私はついていくのに必死である。
悔しいからここで逃げ出してしまおうかとも考えたが、こんな顔で、巨体で後ろから猛ダッシュで追いかけられたらと思うと生きた心地がしないので素直に後をついていく。
どのように恐ろしいかというと、まず大きいのが怖い。
私の頭2~3個分を優に超える身長をもち、腕などは私の腕3本分くらいあるのではないだろうか。
そして、この顔。
短く刈り込んだ真っ黒な髪に、がっしりとした顔のパーツ。
目は一見髪と同じ黒に見えるが、良く見ると夜の木々を思わせる深い緑色だ。眼光は鋭く、ひと睨みで私の体に大きな穴を開けてしまいそうだ。
日に焼けた肌にはところどころ古傷があり、いかにもな雰囲気を漂わせている。
魔術で何とかしようにも、びくともしないだろう。
この見た目に完全に心折れた私には、大した術は使えない。
魔術というのは、想像の力。心で負け、逃げ切れる考えすら持てない私はただの17歳の小娘なのだ。
もともと攻撃型の魔術は得意ではないから、ありったけの魔力を叩きつけたところでたたき返されそうではあるが。
腕の一振りで吹っ飛ぶ私がありありと想像できる。
(だめだこりゃ。)
想像力が豊かというのも、考え物であるかもしれない。
ほどなくしてとある邸宅の前で立ち止まった騎士は、こちらを窺うそぶりを見せた。
「・・・。」
「・・・?」
怪訝な顔をする私に何故か無言で頷いて、邸宅に足を踏み入れる。
目的地に着いたということなのだろう。
屋敷の門番もその強面でスルーパスし、ずんずんと歩を進める。
「すいません、お邪魔しますっ」
何故か私が後ろから謝罪をしてついていく。
いいおじさんにもこの騎士の顔は怖いのだろう。明らかに門番の顔も引きつっている。
屋敷内との人間とは顔見知りのようで、みんな引きつった表情をするけれども、不審者扱いをしていない。
「・・・。」
相変わらず無口な騎士は、屋敷の人間を蹴散らすような勢いで(私にはそう見えた)屋敷内の一室に私を案内した。
(怖いよね、そうだよね。私も怖いよ・・・)
これから先のことはもちろん怖いが、さしあたって今はとにかくこの騎士が怖い。
ノックをして騎士が先に入っていくので、私も恐る恐る扉の中に入った。
「やあ、今日ぶり。」
私は、緊張のあまり強く握り締めていた荷物が落ちる音を遠くで聞いた。
驚きで開いた口がふさがらない。
大量の書類に囲まれながら厭味なくらいさわやかに挨拶してきたのは、図書館で会ったあの男前の騎士。
アルトリード・ブランシェその人だった。