日課の崩壊
やたら男前の騎士と図書館でぶつかってからしばらく、私は毎日の日課であった閲覧禁止区域に立ち入るのを我慢することにした。
念には念を、というやつだ。
それでも1日たち2日たち、と日を追うごとに取り越し苦労のような気がしてきて、結局は3日間で私の自粛期間は終わった。もともと能天気な性分である。
あれから何の音沙汰もない。きっと大丈夫だろう。
4日目には騎士とぶつかってしまった事などすっかり忘れて、私は閲覧禁止の魔術書を読みふけっていた。
『閲覧禁止』といわれると呪いとか危ない魔術を想像する人もいるだろうが、けしてそんなことはない。ただちょっと古い貴重な魔術とか難しめの魔術とかで、危ないものなんてほとんど置いていない。でもまあ、呪術の原理とかも学べば面白いもので、ジャンルを問わず読み漁っているわけだが。
今日は古代の魔術儀式のついての本を読んでいる。
新しい派閥の魔術と違って一つ一つ丁寧に、言ってしまえばまわりくどく行う儀式も、その行為自体に意味がある。
簡略化されすぎて意味を失い、作業化しつつある現代の魔術にはないロマンが詰まっているのだ。
やっぱり、現代魔術は邪道だ。
簡易呪文も、儀式も、本来の姿と意味を知った上で行わなければいけないと思う!!
と、ついつい一人で語ってしまうぐらいに情熱を持っている。
それを外に発信する機会はないが、自己満足でも覚えていたい。
もともと私の派閥は建国当初からある古いものだから、こんなこだわりを持っているのだろう。
切りのいいところまで読み終え、休憩時間内に戻るべく図書館を後にする。
右よし、左よし。
今日は誰もいないようだ。
警戒しつつ、さっと扉を閉めて何事もなかったように歩き出す。このスリルもやめられない原因のひとつかもしれない。
「やあ。ここ最近はどうしたの?図書館に来なかったけど。」
無事に図書館を出て胸をなでおろしていると、不意に植え込みの花壇に腰掛けている人物に声をかけられた。忘れもしない、というか一度見たら早々忘れられない。あの無駄に男前の騎士だった。
全身に緊張が走る。
(ここ最近は来なかったって、私が毎日図書館に来ていたことを知っていた・・・?)
こんな男前が図書館をウロウロしていたら目立つと思うのだが、ぶつかったあの日以外に私はこの騎士の姿を見た覚えがない。どういうつもりでそんなことを言ってくるのか全く把握できないが、嫌な予感だけはひしひしと感じていた。
「先日は大変失礼をいたしました。申し訳ありません。しかし、私のような下々のもののことなど騎士様がお知りになっても面白いことではありません。なにか気になる事でも御座いましたでしょうか?」
自分からべらべら話して図星をつかれるのも嫌なので、「関係ないだろ、なんか文句あんのか」と大変丁寧に聞いた。相手はおそらく貴族なので、揉め事を起こすのは良くない。
「いつも図書館にいるのを見かけていたから、ここ数日来ないのが気になっていたんだ。単なる私の興味だが、気を悪くしたかな?」
緊張しすぎて一気に血が頭に上がっていたのが、今度はどっと下に降りて真っ青になるのを感じる。
見られていた?毎日??
いつ、どこで、どのタイミングで。
聞きたいが、そんなことを聞いたら「やましいことがあります」と言っているようなものだ。聞けない。
「いいえ。私のようなものがそのような大それたことを思うはずもゴザイマセン。たまたまでございます。タマタマ。」
焦りすぎて口調がおかしくなってしまっているが、正直私はそれどころではない。
(まずい、非常にまずい・・・)
私の名前もわからないだろうし、集団に入ってしまえば私のような平凡な顔、きっと紛れてしまえるだろう。最悪、逃げるしかない。
そう結論づけた私は、不自然なほどの笑顔でハキハキと、
「申し訳御座いません!私、仕事が御座いますのでこれで失礼させていただきます!!」
叫んだ。
くるっと完璧な90度ターンを決めて私はいかにも忙しそうに歩き出す。
お願い、見逃して!!
そう祈りながら。
「そうか、仕事の邪魔して悪かったね。また明日、ミレアリア・クラディールさん」
しかし、男前の騎士は無情にも去り行く私の背中に殺傷能力抜群の言葉の爆弾を放り投げたのだった。
私は今、ミリアと名乗って女中をしている。しがない庶民として。
ミレアリア・クラディールは、私が貴族であった頃の名前だった・・・。