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美しい人


「誰だ貴様は。」


 私が隊長の事務仕事を手伝うようになってから数日。

 ここ最近は、午前中に訓練をして昼食後に事務仕事を手伝うというのが習慣になった私を執務室で出迎えたのは、これまためったに見られない美貌の青年だった。


 いや、男物の服を着ている美しい人といった方が正しいかもしれない。

 片方でゆるく編んだ甘い蜂蜜のような金髪はつややかな光を放っているし、中世的な美しい顔立ちに沁みひとつない肌、湖のように澄んだ青い目は冷たい空気をまとっても見ほれるほどに美しい。

騎士団の男物の服を着ているから青年だと判断したが、ドレスを着ていたら少し背の高い絶世の美女にしか見えない。

 例えそれが強い嘲りを浮かべていても。


「随分と手の込んだ仮装だな。俺はお前のような団員を知らないが、なぜその制服を着ている?」


 こっちが聞きたいです。

 その一言を飲み込んで、悪意しか感じられないその視線を直に見ないようにして顔を上げる。

口元辺りを見るのがコツだ。目は力が強すぎるし、目上の人をじろじろ見るのも不敬だし。


「新米団員のミリアです。隊長の仕事を手伝いに来ました。」


 実はこういう視線には慣れている。

 私は平凡な顔立ちをしているし、元貴族の割には魔術オタクだった両親の影響もあって、魔術以外のことにはからきしだ。品格もないし、礼儀作法も女中として恥ずかしくない程度だから、貴族ならすぐに平民だと判断するだろう。

平民出の女中の扱いなんて、常日頃このようなものである。


「新米・・・?おい、聞いてないぞ!アル。」


 振り返った先には、隊長がソファに腰を下ろして優雅にお茶を飲んでいた。

美人の肩越しに見えた隊長は、あからさまに「ちっ。」っていう顔をしている。この人と並べてみると、隊長の男前っぷりなんてちょっと顔がいいレベルにしか見えないのだから不思議だ。隊長を愛称で呼ぶのだから親しい仲なのだろう。女中仲間が見たら悲鳴を上げそうな展開に、どこからどうみても平凡顔な私。誰が得するんだろう、この組み合わせ。


「この前見つけた。」


 犬猫を追い払うようにして「しっしっ!」と追い出そうとしている隊長を気にしたそぶりもなく、美人は私を上から下まで値踏みしている。

 この顔面偏差はどういうことだろうか。

 室内の美が高すぎて、正直足を踏み入れたくない。

 美しいの度を超えて毒々しくさえある室内の空気に後退りしたいのを我慢して、私は美しい人の目線に耐えた。逃げたら逃げたで、後が怖いから仕方ない。

 直立不動、慇懃無礼を装っていると美しい人がふと左腕の紋章に目を留めたのが分かった。

 私が魔術師であることを表すその紋章の下には、中級を意味する三本のラインが入っている。


 その瞬間、私は砂を吐きたくなった。


 美しい人が、笑ったのだ。頬を染め、瞳を潤ませて。

 まるで恋する乙女のように純粋に。

 その破壊力といったら、目の前が真っ白になるかと思うくらいだった。


「魔術師じゃないか!なんで教えてくれなかったんだよ、アル!!」

「お前がそうなるからだろ。使い物にならなくなったらどうするんだ、その派手な顔をしまえ!」

 慌ててソファから立ち上がり、美しい人の顔を隠すように鷲掴む隊長をぽかんと見ている私は相当なアホ面にちがいない。それくらい恐ろしいものを見てしまった。


 衝撃が大きすぎてなかなか立ち直れない私に、掴みかかるような勢いで美人が迫ってこようとする。

「おいお前、名前は?派閥は??どんな魔術が使えるんだ!?」


「何なんですか、この恐ろしい物体は。」


 こんな有害物質に、敬う心など持ち合わせてはいない。即座に余所行きの態度を崩した私は、判りやすく嫌そうな顔をして隊長に説明を求めた。目の前でぎゃいぎゃい騒いでいる有害物質はこの際シャットアウトすることにした。


「熱狂的な魔術オタクだ。しばらくすれば落ち着くから、少し待ってろ。」

「魔術オタクって、この人も魔術師なんですか?」

 その割には魔力を感じないし、隠してもいない私の魔力に気がつかないのもおかしい。

改めて考えると、おかしな話だ。

 精霊や魔力は美しいものを好むというのに、こんな毒々しいまでに美しい人からは一切魔力を感じない。私は古代魔術の使い手だから、魔力操作や魔力感度は人一倍優れているはずなのに。

 精霊たちや魔力が、あえて近寄らないようにしているようにしか感じられない程だ。

 私が首をかしげていると、そのことに気がついたのか隊長が説明してくれた。


「生まれたときからこの体質でな、コイツは魔術を一切受け付けない。魔力が避けてしまうんだ。心配した親がいろいろ調べたんだが、何も分からなかったらしい。呪いの類ではないと思うんだがな。そんなもんだから、余計に気になるんだろう。気がついたらこんなのになっていた。」


 残念です手遅れでしたと言わんばかりに隊長がため息をつく。


「それと。一応、こんなのでもこの国の第二王子だ。あんまり不敬な態度をとると打ち首にされるぞ。」

 なんてはた迷惑な人なんだろう。嫌な予感をひしひしと感じつつ、けれどひとまず言わないわけにはいかないだろう。その第二王子の顔をいまだに鷲掴みにしながら、もっともらしいことを言っている隊長へ。


「隊長に言われたくないです。」





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