ミリアの手紙(1)
拝啓、親愛なる我が同僚リリーさま。
お元気でしょうか、突然の部署移動皆さんには大変ご迷惑をおかけしたことをお詫びしなくてはなりません。女中頭に叱られながらも、あなたとすごした日常はとても充実していました。出来ることならなにもかも放りだして、みんなの下に帰りたいと願うばかりです。
私は今、黒翼の騎士団で働いています。詳しいことは話すことが出来ませんが、そのうち挨拶に行きますね。行けたらの話ですが。
話は変わりますが、あなたがごり押ししていたアルトリート様は、あなたの思い描くような王子様でないことだけはきっちり伝えなくてはなりません。観賞用としては構いませんが、不用意に近づいて目をつけられることがないよう、元同僚として忠告させていただきます。どうか、早まったことはなさいませんよう。
あなたの幸福を祈って ミリア
「なにを言ってんだか、あの子は。」
リリーは親友からの手紙を大切そうに机にしまい、あきれたように肩をすくめた。
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隊長から出された3日間の宿題は、一応及第点をもらった。
出来ないことをやれなんて言わないと言っていたが、本当にそのとおりなのかもしれない。
執務室に集められた資料のほとんどは、あらゆる魔術派閥の情報、過去の国内外において執り行われた魔術儀式についての記録や、魔術師が絡むと考えられる事件、王宮の魔力分布や結界についての資料だった。自慢ではないが、魔術が関わる事柄においての私の記憶力は異常といっても過言ではない。
魔術書下巻の[馬にニンジン]効果も手伝って、膨大な量の資料をなんとか頭に叩き込むことができた。
「いかがですか?」
自信満々に言い放った私に、隊長はあきれたような顔で、
「分かったから、その右手を引っ込めろ。ご褒美は後でだ。」
私が我慢できずに差し出した右手をぺしっと叩いた。魔術書下巻はお預けらしい。行き場を失った右手を眺めて、しょんぼりと肩を落としてしまった。楽しみにしてたのに。
「けち。」
聞こえないように注意を払った音量で文句をいい舌打ちをしていたら、隊長にはすっかり聞こえていたらしい。
「仮にも年頃の娘が異性の前で舌打ちをするんじゃない。俺の前でそんなことをする女、始めて見たぞ。」
何ですか、その珍獣を見るような目は。そして何でそんな顔なのに男前なんですか。
「解せぬ。」
ため息をついた隊長を見て、そのため息のにおいを嗅ぎたいと思う女子がこの国に何人いるんだろうな、と元同僚の女中を思い出してしまった。彼女は元気でやっているだろうか。
美人で明るい性格で誰からも好かれる存在だというのに、一皮めくれば男前を見つけては残り香を嗅いだりあれこれ妄想したり・・・
私の周りには変態しかいなかったということに今更気付かされた瞬間だった。