秘密の休日
近衛騎士団正式に入隊となってから(つまりは隊長のあの死刑宣告から)10日後の今日、ついに私は楽園のひと時を手にすることを許された。
そう、泣く就労者も黙る休日だ。
寝ずに結界構築したり、吐くまで走らされたり、筋肉痛に悲鳴を上げながらも隊長のデスクワーク手伝わされたり、筋肉痛の腕突っつかれたり、また延々と筋トレさせられたり・・・この10日間は本当にそのままの意味でつらかった。
でも今日は、その苦行からも開放されて自由になったのだ。
自由、なんと素晴らしい言葉だろうか。
この10日間、その言葉の存在を忘れていたような気がする。
相変わらずひどい筋肉痛は私の体を痛めつけるが、その体を押してでもやらなければならないことがあった。
「材料は以前からこつこつと集めていたもので何とかなるかな。私の研究がこんなところで役に立つとは思わなかったわ。」
上機嫌なので、独り言も許してほしい。
吐くまで走ったその日、私はすぐに以前からしていた研究のことを思い出していた。
私は魔術師なのだから、肉体を鍛える必要なんてない。魔術師は、魔術で戦えばいいのだから。でも私は古代魔術師であり、即効性のある現代魔術のようなものは使えない。
ならば、創ればいいのだ。
魔力をこめればすぐに発動するような回路をもった魔道具を。
魔道具作りは現代魔術の普及とともにすでに失われた技術であったが、私はその魔道具の特性が古代魔術に通じるものがあると考えてずっと研究を重ねていた。
今まではこんな職場になるなんて思っていなかったから、お茶が冷めないティーカップとかお菓子が湿気ない袋とかどうでもいい魔道具を開発して満足していたが、それを実践に応用できれば良いのだ。
例えば、即座に結界を構築できる指輪とか、持続的に癒しの力を発揮するペンダントとか、周囲の魔力を取り込みやすくする腕輪や、衝撃を限りなく和らげる靴、筋力を増強する下着・・・
特に後半は現在直面している問題にはうってつけじゃないだろうか。
どう考えても前半のほうが一般にはウケルのだろうが、私はこの研究を発表するつもりはない。趣味でいいのだ。
この過酷な環境を生き残るため、走っているとき、筋トレしているとき、夢の中でさえずっと設計図を考えていた。すべては今日のため!
まさかこんなに早くその機会がやってくるとは思わなかったが、メイドとして働いていたときの給料のすべてをつぎ込んできた私のコレクションたちが役に立つ日が来たのだ。
作業に没頭すること5時間、私は魔術回路の美しさに夢中になっていた。
物に魔術回路を組み込むのはボトルシップを作るようなもので、とにかく繊細さや集中力が必要である。質の良い宝石やアンティークには自然に魔術回路が発生することもあるが、それは長い年月を掛けて少しずつ形成されていくものだ。
それを数時間でやろうというのだから、大きく魔力や集中力を必要とする。
私は一心不乱に作業をしていた。
「たーのもーーーーーっ!!」
「ぎゃーーーーーーーーー!!」
突然耳元で聞こえた大音量に、びっくりして叫ぶ。びっくりした!びっくりしたーーー!!
今丁度回路の核となる部分をやっていたので、手元が狂ったら大惨事になるところだった。5時間がパアだ。作業に没頭して、部屋に入ってくる音すら気がつきませんでした。
「エド先輩、女性の部屋に無断で入るのは如何なものかと思いますが・・・」
殺意のこもった目でにらみつけてやると、相変わらずへらへらしたブルネットが自らの頭をコツンと可愛らしいしぐさでたたいた。テヘペロッ!っていう効果音が聞こえた気がする。
なにそれすごく殺意が沸く!
「ごめんごめん!返事なかったからさあ、心配して?」
そもそもなんでこの人たちは鍵がかかっている私の部屋に軽々と入ってくるのだろうか。
「鍵かかってましたよね・・・?」
「あはは鍵とか。」
見ましたよ、なんか変な形に曲げられた金属の棒みたいなもの隠しましたね。
どこで覚えてくるんですか、そんな技術!
「何やってたの?」
「何しに来たんですか?」
人の部屋に忍び込む不躾な輩には答える義務なし!とっとと帰っていただきましょうと質問を無視して質問してやる。
「無視なの?」
「無視です。」
可愛く首を傾げてもその図体では無駄だろうに。
「今日俺も非番でさ、暇だったから遊びに来たんだ」
「私で?」
「そう。」
正直に話したのはいいでしょう、しかし許しません。私は以前作った痴漢撃退用の催涙効果のある粉をエド先輩に振り掛けてやった。
「うわなにこれ!痛いイタイ痛い!!」
痛がる先輩を扉の外に押し出し、部屋の鍵を掛ける。
ついでに鍵が開いても扉が開けられないように、針金でドアノブをぐるぐる巻きにしてやった。
「ひどいよ!」
「乙女の部屋に無断で立ち入る男性なんて、痴漢と変わりありません!忙しいので他をあたってください!!」
勝った!
こうして私は、つかの間の勝利に酔いしれたのだった。
もちろん、後で針金をはずすのに悪戦苦闘したのはいうまでもない。