黒翼の騎士たち(2)
近衛騎士というのは国王直属の部隊であり、戦時には王の両翼となり国を守護する。しかし、今は大きな戦もなく、小競り合いすらない。
平時は公の場で王族に侍り守護すると思われがちだが、普段からパレードや大きな式典のように王族を守っていたら仰々しくてかなわんと必要最低限の騎士しか警護に回らないのだ。残った騎士たちは、もちろん有事に備えて訓練をしている。私は魔術師だから、訓練というよりは魔術の研究になるんだろうなと勝手に思っていたが、そうなるはずもなかった。
「とりあえずこいつらと一緒に走って来い。今日の訓練はお前に合わせてそれだけだ。」
走るだけ。
簡単に聞こえた人はいるだろうか。
自慢ではないが、例に漏れず魔術師の私が体力馬鹿なんてあるはずもない。
階段を上っただけで息が切れるお年頃だ。
が、この人にそれを言ってどうなるんだろう。「だからどうかしたか?」とそれだけで終わるのは目に見えている。それどころか、もっとつらくなるかもしれない。
ここ何日かの付き合いではあるが、この顔のやたらといい騎士は鬼畜であると断言できる。
「・・・わかりました。」
下唇を噛みうつむいてしまうと、他の騎士たちも同情的な視線を向けてくる。
「では訓練場に向かえ。」
「何週走ればいいんですか?」
私は、このときこの人の恐ろしさをあまり考えていなかったと思う。
こんなことを聞くなんてばかげていた。
「・・・?」
心底不思議そうにこちらを見てくるその顔。何でそんな顔をするの?え、なんか変なことを言った?
「・・・?」
こちらもつられて首を傾げていると、なぜか合点がいったように頷いて天使のような微笑を見せてくださった。
「今から昼の休憩時間までと、昼から夕の鐘がなるまで足を止めずに走れるだけ走り続ければいい。歩いてはいけない、走るんだ。」
いとも容易そうな口ぶりだった。実際この人にとっては容易いかもしれない。
でも、正真正銘の乙女にはきついと思います。
「・・・はい。」
がっくり頭をたれる私を、心優しい先輩方は引きずるようにしして訓練場まで連れて行ってくださったのでした。
「まあ、洗礼みたいなもんだから。一緒にがんばろうぜ。」
そういってライー先輩は慰めてくれた。近衛にあるまじき無精ひげを生やしたその人は、3児の父だという。平民の出だが、入り婿で男爵位をもらっているらしい。
すごくいい人だがいたずら好きで、その顔には『他人の不幸で飯がうまい』とでかでかと書かれている。誰に見えなくても私には見えた。
お父さん、お母さん。ここは鬼畜たちの巣窟です。
もしかしたら、近日中にそっちに行くことになるかもしれません・・・。
ちなみに、この日私が吐くまで走って気を失ったのはいうまでもない。