黒翼の騎士たち(1)
自分で言うのもなんだが、私はとても勤勉な人間だと思う。
でも肉体には限界というものがあるわけで・・・
と、言い訳をしつつ二度寝を決め込もうとした私だったが、あまりにも存在感のありすぎる『それ』を無視することなんかできなかった。
苦労してベッドから半身を起こしぼさぼさの髪の毛を何とか撫で付けて、わたしはそれに話しかけた。
「なんで私の部屋にいるんですか、ハートネットさん。」
強面の騎士が私の部屋の入り口に仁王立ちをして、こちらを眺めている。
どうやって鍵を開けたとか、プライバシーはないのかとかいろいろ突っ込みたいことはあるのだが、とりあえずこの状況は嫁入り前の娘として拙いのではないのだろうかと言いたい。
誰も聞いてくれなくても、それだけは主張したい。
私はもう貴族ではないし、結婚がしたいわけでもないから特になにか拙いということはないかも知れないけど。
「・・・。」
一応気を使っているつもりらしい。
部屋のドアは全開で、密室にならないようにしてくれているようだ。部屋の入り口に仁王立ちしているのも、部屋には立ち入らないようにしてくれているのだろう。
しぶしぶ起き上がると、わずかに頷いて部屋の扉を閉めてくれた。
ドアノブを見ると、黒翼騎士団の制服と思しき黒衣が掛けられている。
これに着替えて来いという意味なのだろう。
女性が騎士団に入ったなんて聞いたことがないから、制服はきっと男物だろうと思っていたら、意外にも女性らしいラインで作られていて赤いリボンまでついていた。
しっかりとした黒地の生地の左腕の部分には魔術師であることを表す金色のラインが3本入っている。
1本は見習い、2本は下級、3本は中級、4本は上級魔術師を意味しており、我らが隊長はもちろん4本線。魔術師人口の少ない昨今では、3本線でも十分破格の待遇だ。
採寸もしていないのにぴったりな制服に首を傾げつつも、しぶしぶ部屋を出る。
「お待たせいたしました、ハートネットさん。」
私が声をかけると、満足そうにうなづいて歩き出す。
初対面からそうだが、この人は声が出ないのだろうかと心配になるくらいしゃべらない。
どうやら気を許した人間には話もするようで、私とはまだその関係にないのだろう。私もおしゃべり好きではないから、沈黙が苦痛にならないこの空気は好ましい。ただし、どうしたって彼の顔は怖いのだが。
「よーう!キャロ、ミリアちゃん」
陽気な声に振り返ると、ブルネットの背の高い騎士がへらへらと笑いながら手を振っていた。
「エド先輩、おはよう御座います」
性格も頭の中身も軽そうなこの先輩は、昨日の酒池肉林で知り合った黒翼の騎士で、何とかという三流貴族の三男だと言っていた。正直、あまりよく覚えていない。
そもそも実力主義の黒翼では、家名や爵位はあまり意味を成さないようで、みんな愛称で呼んでいる。何十人もいる騎士団の家名やら何やらを覚えるのは結構めんどくさいのでありがたい話だ。私の場合、女性ということもあって公式の場にはほとんど出なくていいそうなので、名前を覚えるのは当分後回しでよさそうだ。
「制服すごく似合ってるよ。かわいいなあ」
「ありがとう御座います。」
言われなれないことに少し赤くなってしまうと、エド先輩はそれを横目でニヤニヤ見てくる。
このどうしようにもない先輩は、こうして生娘をからかって反応を楽しむのが好きらしい。昨日も散々からかわれてしまった。
「からかわないでくださいよ。恥ずかしいんですから」
ちょっとむっとしていると、さらに嬉しそうに「照れてるの?かわいいなあ」といってくる。
本当に反応に困る先輩だ。
詰め所につくまで散々からかわれた私が朝からぐったりとしてしまったのは、仕方のないことだと思う。