閑話2:紳士たちの社交場
寝てないことによって逆に目がギンギンと冴え渡ってしまった私は、定刻の少し前に訓練場へ到着した。
ほのかに香る程度だった汗の香りは、近づくにつれて芳醇な香りになっている。
要するに、すっぱい。
「こんなにここの近くに来たのはじめてかも。」
女中時代は近寄ることがなかったので、強烈な汗臭さというか、男臭さにくらくらしてしまう。
近づいただけでこれなのだから、中はどんな異臭に満ち溢れているのだろうか。想像するだけでも恐ろしい。
近衛騎士というからには家柄もよく眉目秀麗、実力も兼ね揃えた超人集団なのだろうが、滴り落ちる汗の匂いは常人並らしい。
そもそも女中仲間とは仕事の話しかしたことがないので、近衛兵のことなんてほとんど知らない。
ただこの国の近衛騎士団は2つあって、アルトリートが属する騎士団は実力主義の黒翼騎士団であること、もう一翼の白翼騎士団長はラシード・リューンといって侯爵家の次男坊が勤めていること、そのくらいしか知らない。
意を決して訓練場の門をくぐる。
ふと汗のにおいに混じって嗅ぎ覚えのある匂いが鼻を刺激する。
「ん?」
この匂いは・・・
「いらっしゃーーーーい!!」
においに気をとられていた私の視界に飛び込んできたのは、その筋肉を惜しげもなくさらし、半裸で酒盛りをしているごつい男たちだった。
場所を間違えたんだ。そうに違いない。
仮にも近衛騎士団、こんな脳みそまで筋肉でできていそうな男たちであるはずがない。
そう思って即座に回れ右した私は、すぐに壁にぶつかってしりもちをついてしまう。
「でじゃぶ?」
思わずそんなことをつぶやきながら恐る恐る顔を上げようとする私に、壁が話しかけてきた。
「大丈夫?」
差し出されたのは大きな手。騎士なのだろうか、剣ダコがある。
そして壁の頂点には、それはもう端正な顔が乗っかっているのだろう。私は知っている。
(前にも同じようなことがあったな・・・)
「大丈夫じゃないです。部屋に帰って休みますね。」
こんな汗と酒と男臭さが一体化した空間には立ち入ることができない。
乙女として何か大切なものを失ってしまう。
私は差し出された手は借りずに立ち上がり、そそくさと隊長の横を通り抜ける。
ッガン!
「まあゆっくりしていけよ、ミレアリア嬢」
物音に驚いて立ち止まった私の目の前には、黒い騎士団の制服と隊長のそれはもう美しい顔。通せんぼとは年甲斐がないです、ははは。
神様に余すことなく愛されたその顔は近くで見るとすさまじい迫力で、私は恐ろしさのあまり抵抗をやめておとなしく酒池肉林(とはいっても男だが)の中に入っていったのだった。
その日、新人歓迎会という名馬鹿騒ぎは夜遅くまで続いたが、何かショックなことがあったのだろう、私の記憶はほとんど残っていなかった。