毎日の日課
私は、魔術を使うことができる。
このことは、誰にも話したことはない。
この国では魔術を使う人間は大層貴重な存在で、それだけでも王宮召抱えの魔術師になったりするからである。つまりは、エリートになるということだ。正直、めんどくさいではないか。
王宮の魔術に関する蔵書が自由に読めるのは魅力的だが、宮廷の陰謀とかそういうのに巻き込まれたり、軍属して戦争に行くのも嫌だ。私は平和な日常を愛している。
魔術とは本来ディードリッヒ派とかそういう派閥があって、そこに見込みのある者が弟子入りして教えを受け、魔術師を名乗るのが普通だ。そんな狭き門である魔術をどうして私のようなただの女中が使えるのかというと、私はかつて魔術の名門と言われたクレアドル派の宗家クラディール伯爵家の元令嬢だからだ。元、とつくのは両親が亡くなって、女ではもともと落ちぶれていた伯爵家を継ぐことができず、相続を放棄したためお家が取り潰しになったのだ。名門といえど昨今は魔術の適正を持つものも少なく、古い魔術形態を持っていた我が派閥は、弟子入りが途絶えてどんどん廃れていった。珍しいことでもない。
古い魔術はしきたりが多く、扱いが難しい。適正を持つ者が派閥としては新参のディードリッヒ派の門戸をたたくのは仕方のないことだ。
生活に困った私は、伝手を使って王宮の女中として雇ってもらった。
元貴族の私だが、プライドはない。貴人とかにわがままを言われてもなんとも思わないし、侮られてもどこ吹く風というやつだ。
昔の知り合いに会ったって、完璧にスルーできる!
まあ、あちらは女中の顔なんて一々見ないだろうけど。
いろいろしがらみは多いが、王宮で働くにはわけがある。
今日も人目をしのんで王立図書館に入った私は、閲覧禁止の魔術書が置いてある部屋へ入ってゆく。本来封印されているので自由に入ることはできないのだが、こういうのはちょっとしたコツがあって、ちょろまかす方法なんていくらでもある。
こういう小手先の魔術は、私の得意とするところだ。針の穴に糸を通すよりも繊細なコントロールで魔術を扱うことができる。これも、あの面倒なクレアドル派の魔術のおかげだ。
そうして中庭に面した窓際(外からは見えないように魔術がかけられている)で魔術書を読むのが私の日課になっている。
見つかったらまずいとは思うのだが私の探究心はそんなことでは止められないのだ。