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サムシング ブルー  作者: 鹿の子
4/5

チョコ ホリック 2

「サムシング ブルー」の二人の高校編です。

悲恋を含む展開です。


真潮ましお、チョコ食べたいよね」

「はぁ?」

「うん、そうだよね。そうか、そうか。じゃぁ、行こう」

 隣りの家に生息している幼馴染兼同級生の凪子なぎこは、日曜の朝から人んちに来たかと思ったら、コートも着ていない俺の腕をぐいぐいと引っ張り出した。

「な、な、なんなんだよ、一体」

 凪子の手首を掴む。

 凪子の視線が宙を彷徨う。

「だから、真潮がチョコを食べたいだろうって思って、で、チョコ買うのに連れて行ってあげたら喜ぶかなぁって」

「日本語が変だよ、アンタ。俺に、意味が通じるように言ってみな」

 じっと凪子を見る。

「あぁ~もう。真潮は硬いんだからっ!言えばいいんでしょ! 『チョコを買いに行くの付き合って』って!」

 ぶーたれて下唇を出しながら凪子が言う。

「分かったよ。で、『今年』は、どこまで買いにいくんだ?」

 凪子の瞳がパッと輝く。

「恵比寿!」

 ……そりゃ、このヒトは、そんな場所まで、一人で辿り着けないよな。




 俺たちが住む街から恵比寿に行くには、電車に三本乗らないといけない。

「なんかね。『バレンタイン チョコフェスティバル』っていうのが開催されて、外国とか国内とかの小さなお店のおいしいチョコが集まるらしいのよ」

 電車の中で、隣りに座った凪子が雑誌を広げ出す。

 きっと、去年江崎先生の為に駅ビルのチョコ売り場に行った時とは比べ物にならないくらい、会場は混んでいるんだろうなぁと思うと寒気がした。

 結局、凪子は不幸なんだか好運なんだか知らないけど、江崎先生には相手にもされなかったようで。

 また今年は違うヤツにチョコをあげるんだろう。

 今度は、誰だろう?

 ガタガタと進む電車の中で、ゴソゴソと凪子が鞄の中からポッキ―を出した。

「真潮、食べる?」

 ポッキ―は食べかけみたいで、すでに封は開いていた。

「電車の中で、ものは食わねぇの」

 凪子の持つポッキ―の箱ごと、上から押さえて鞄に戻した。

「え~。電車の中で食べちゃだめなの?」

「マナー」

「じゃぁ、新幹線の中でもお弁当とか売っているのは何でよ」

「乗っている時間が違うだろ?」

「同じよぉ。だって、遠いもん。東京」

 確かにそうだけど。

「じゃぁ、一本だけな」

「え~。まぁ、いいや。一本食べよ」

 そう言って、凪子は鞄からポッキ―を一本出して、まさに『ポキポキ』食べ出した。

「そうそう、この間私ね、自分でポッキ―作ったんだ」

「はぁ?」

「えへへ。プリッツ買ってね、溶かしたチョコを回りに付けたんだ」

 得意げな顔で凪子が言う。

「意外と均等にチョコを付けるのって難しいんだよね」

「へぇ」

 凪子って、本当に人と少しずれたことをするヤツだよなぁ、と感心してしまう。

「美味かった?」

「ん?」

「その手作りポッキ―もどき」

「そうねぇ」

 凪子の大事なポッキ―は、もうチョコのない部分しか残っていなかった。

「あれはね、アイデア勝負だから。こっちの方がやっぱり美味しいかも」

 そう言って、凪子は残り部分をパクッと口に入れた。



 ようやく、といった感じで恵比寿に着いた。

 確かに、これなら新幹線で静岡に行った方が時間的に短いのかもしれない。

「えっと、こっちこっち」

 凪子が雑誌を見ながら歩き出す。

「ちょい待ち」

 凪子のコートに付いたフードを引っ張る。

「あっちでしょ」

 えー? と言いながら、凪子が雑誌に描かれた地図と、今の場所を見比べる。

「ほんとだわ。真潮大先生」

 凪子を一人で来させないでよかったよ。


 恵比寿の街は雑多な感じがする。

 街の名前の聞こえよりは、おしゃれな街ではない気がした。

 そんな恵比寿の街を凪子と歩く。

 つんのめりそうな速い勢いで、凪子が歩くのが可笑しい。

 目的地の会場に近づいてきた時、色とりどりの紙袋を持った女の子たちが、俺たちとは反対に駅に向って歩いてくるのが見えた。

 腕時計を見ると、もう昼近くになっていた。

「あぁ~、十時に開場だから、チョコもうないかも」

 泣きそうな顔で、凪子が言う。

「あ。まぁ、そうしたら、その時だ」

 無いもんは無いんだから。

 会場は大きなイベントホールで、建物に入るとすごい熱気だった。

 入り口で、透明なビニールの袋と会場案内図を貰った凪子は、そのまま動けなくなってしまった。

「ほれ。行きたい店あるんだろ? 行くぞ」

 凪子の背中を押す。

「こ、怖い」

「怖い?」

「人が沢山いすぎる」

 入り口とレジは、会場から数段高いところにあった。

 だから、会場の様子がよく見渡せて便利だと思ったけど、日頃見慣れない人の数に凪子はビビッてしまったようだ。

 会場の端に凪子を連れて行く。

 勝手知ったるなんとか、というやつで凪子の鞄からマーカーを出す。

「凪子が買いたいチョコの店を、このマップに印しな。買ってきてやるから」

 マーカーのキャップを開けて、凪子に渡す。

 凪子は、はっとしたような表情になって、そしてマーカーで印をつけ始めた。

 その店の数は七店にもなった。

 ってことは、七人にあげるってことか?

 まぁ、それはそれでいいとして。

「で、どんなのを買えばいいんだ?」

 凪子からチョコを貰うヤツも、まさか野郎がそれを買ったなんて知ったらさぞかし驚くだろうとな、と思う。

「真潮」

 凪子が呼ぶ。

「なんか、落ち着いてきた。私、自分で行けるわ」

 そう言って、マップを持って歩き出そうとする。

「ついて行くよ」

 俺も凪子の側に並んで歩こうとした。

「大丈夫だよ、一人で」

 凪子がそう言う。

 そして、マップを広げて会場を見下ろしながら

「最初に、ここに行って、次にここでしょ」

 次は、と地図を指でなぞりながら凪子は七店へのシュミレーションをした。

「私、行って来るから。だから、真潮はここで待っててね」

 と言って、凪子がコートを脱ぎだした。

 細い体が、中から出てきた。

「これ持ってて」

 と言ってコートを俺に渡してきた。

「あちこちの隙間をぬって歩くには、この体型って便利よ」

 そう言ってにこりと笑うと、凪子はチョコ会場のフロアへと下りて行った。




「ともかく寝る」

 家のドアを開けながら、凪子が言った。

「俺も、何もしなかったけど。なんか疲れた」

 はいよ、とチョコの紙袋を凪子に渡しながら言った。

「『人アタリ』だよね」

「かもな」

「もう、ニ度と行かない。都会へは」

「だな」

 全くの地元体質の俺たち二人は、きっと間違っても東京には生活の場を求めないんだろう。

「じゃあな」

 凪子が玄関に入るのを見て俺は言った。

「あっ、真潮」

 凪子が俺を呼んだ。

 凪子は照れくさいような顔して俺を見ている。

「今日は、……ありがとっ!」

 そう言うと、凪子はバタンと勢い良く玄関の扉を閉めた。



 夕飯も済んで、風呂から上がったら凪子から電話が来た。

 なんと、今から凪子の家に遊びに来い、だと。


「うっ。チョコくさい!」

 凪子の家は玄関からもう、チョコの匂いがした。

「いいから、はい、はい。上がって」

 凪子が靴を脱いでもない俺の腕をグイグイと引っ張る。

 リビングには、チョコのケーキやらクッキーやら(おまけに、噂の手作りポッキ―もどきとやらも)が、そして今日買ったと思われるチョコから、なにから全て揃っている。

「なに、これ。一体どーいうこと?」

 まるでこれは、

「パーティよ。チョコレート パーティ」

 だよな。

 はいはい座って、なんて言って凪子にソファに沈められた。

「あれ? おじさんたちは?」

 いつもは、いるよな。

 日曜のこんな時間なら。

「ん。お母さんの調子が悪くてさ。今、おばあちゃんところにいるんだ、お母さん。で、お父さんはそのお見舞いっていうか」

 じゃあ、凪子は今日は、一人っきりなんだ。

 賑やかな自分の家の隣りで、凪子は一人で過ごしているのかと思う不思議な気がする。

「そっか。パーティだな。うん、で、何のだっけ?」

「だから『チョコ』のだってば」

 もう、真潮は~と言いながら、凪子が珈琲をいれ出した。

「これね。ゴディバの珈琲だよ。チョコフレーバー」

 凪子の言葉とともに、すんごい匂いの液体が、目の前のカップに注がれた。

「徹底してますね。凪子さん」

 溜息をつきながら、苦笑いをした。

「徹底しないとね、真潮さん」

 凪子は、楽しそうに笑った。

 凪子が切り分けた、チョコ シフォンケーキを食べる。

 凪子は、トリフチョコをつまもうとしている。

 ん?

「すいませんが、凪子さん」

 へっ?てな顔で、凪子がチョコを持ったまま止まる。

「それって。今日買ったチョコ?」

「えっ? 何言っているの? 当たり前じゃない」

 そう言って、凪子がチョコをポンと口に入れた。

 俺もハムっとケーキを食った。

 ん?

「すいませんが、凪子さん。じゃぁ、今日買ったチョコってもしかして全部ここに?」

 七人のチョコ侍への分は?と思いながら聞く。

「そうよ。だって自分で食べるために買いにいったんだもん」

 ケロリとした口調で凪子が言う。

「あげないの、チョコ?」

「チョコって、チョコレートを? 誰に?」

 目をくりくりさせながら凪子がこっちを見る。

「いやぁ。誰にと聞かれても、俺も困るけど」

 じゃぁ、今年は誰にもあげないってことか?

「雑誌でバレンタインのチョコフェスティバルの記事を見つけてさ。『ここに行けばいろんな種類のチョコが一気に手に入る』って思って行ったんだけどなぁ」

「待て」

 待て、凪子。

「アンタ、去年と言うこと違っている」

「へ?」

「凪子は去年『自分の為にバレンタインにチョコを買う人っていない』って言ってたぞ」

「わ~。去年の私って、ホントおばかね」

 次は何を食べようかなぁ、なんて、凪子はテーブルの上のチョコをあれこれ見ている。

 そんな凪子を見ながら。

 いつまでも、変らぬ思いに捕われて動けない自分の固さを思った。


 今なら。

 言ってしまおうか。

 凪子に。

 自分の気持を。


「凪……」

「真潮、どう? そのシフォンケーキ」

「えっ? 美味いけど」

「甘くないよね」

「甘くないけど」

「よしっ!」

「はぁ?」

「森永先輩って、文化祭の委員でお世話になった人がいてね。その人って、と~っても親切で素敵なんだけど。で、その人が、チョコのあの口で溶ける感触は嫌いだけど、チョコ シフォンなら食べられるって情報を得たのよ」

 つまり、なんですか?

 これは。

「だから、真潮にお味見してもらおうと思って」

 ギャグ漫画なら、確実にここで『ギャフン』って台詞が入るのだろう。

 でもな、俺は顔を真っ赤にしながら好きなやつのことを語る凪子でも、可愛いと思ってしまうんだから。

 だから、その『ギャフン』はぐっと飲み込む。

「凪子は森永先輩が好きなんだね」

 毎度、毎度、まるで自分の心の鍵を強化するように、その言葉で凪子の気持の確認を取る。

 そうしないと、さっきみたいに。

 少しの隙間から気持が溢れ出そうになってしまうから。


「うん。好きよ」


 ――――― ― ― ―。


 これでまたしばらく平気だろう。



 チョコを手にとって、口に運ぶ。

 今年は誰の手にも渡らなかったチョコレートが、俺の体に入っていく。

 そのチョコの甘さが、ジンジンと骨の中まで染みいってくるようで。

 ―― 甘いのに、痛くなった。






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