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ベジタラディア  作者:
埋もれた物語
8/10

埋もれた物語

とても静かな朝だった。

昨日起きたことは全て夢だったのではないかと

思いたくなるが、身体の痛みが現実に連れ戻す。

何もかもが変わってしまった。


ピーマンは、丘の納屋で夜を明かした。

鼻の奥の煤の臭い、身体中の火傷、失ったもの。

それら全てが眠らせてくれなかった。

だが、ピーマンには誰よりも早く

やらなければならないことがあった。

自分の手で祖母の墓を立てたかったのだ。


太陽が顔を出す頃には雨も止んでいた。

空が白んできてもなお、丘の上にはまだ黒く細い煙が

立ち上っているのが見える。

根菜たちはまだ起きて来ないだろう。

その前に、全て終わらせなければ。



かつて小屋だったものは、黒い塊になってしまった。

斜めに持たれ合う支柱からはまだ細く煙が上がる。

扉だった場所には、何本もの木が折り重なり

一歩踏み込むと、湿った灰と焼け残った何かが鈍い音を立てる。

隙間に身体をねじ込み、時々屋根を見上げながら

崩れないように慎重に焼け残りを集めていく。

鞄と、しまっていた銀貨は焼けずに残っていたが

祖母が編んだコースターも、

おどけた顔に見える模様のついた壁も

ロッキングチェアも、お気に入りの窓辺も

跡形もなく全てが黒く脆い灰になっていた。


あと確認するのは、ベッドだけだった。

手が震える。どうしてもあの炎を思い出してしまう。

突然の胃の不快感に襲われたピーマンは

バタバタと足音を立てて外へと飛び出した。

膝に手を付き、体内から湧き出る嫌悪と悲嘆を何度か吐き出す。

鼻の奥と喉がツンとして、視界が滲んでいく。


「代わろうか?」

顔をあげると、じゃがいもが立っていた。

「あと、これ……墓作るならあった方がいいかなって。」

手には控えめな花束を持っていた。

ルートガルドで花束を作るのは難しかったはずだ。

「……ばあちゃんも喜ぶよ。ありがとう……。」

じゃがいもはピーマンに花束を預けると

慎重に足を踏み入れる。


ピーマンはその間、

近くの木の根元に小さな穴を掘っていた。

家の中から木や灰を踏みしめる音がする。

全て燃えてしまったのに一体この穴に何を埋めるつもりなのだろうか。自分でもよくわからなかった。

湿った土が指先の温度を下げ、爪の中を汚していく。

だが、ピーマンに出来ることは墓を掘ることだけだった。


そこらじゅう煤だらけになったじゃがいもが

戻ってきた時、手に持っているのは毛布の切れ端と銀の箱だけだった。


「あの……これしか残ってなかった……。」

あの炎だ。分かってはいたが打ちひしがれる。

「この箱はベッドの下に残ってた。火から守ろうとしたのかもしれない。」

両手で受け取ってもずっしりとしたその箱は

ピーマンが初めて見る物だった。

「開けるか、それとも、埋めるか?」

あまり物を持たなかった祖母が守るのほど大事なもの。

ピーマンはどうしても形見になるものが欲しかったのだ。


恐る恐る蓋を開ける。中身は写真と麻袋が1つと布に包まれた何かだった。

写真は火事の熱のせいで端から丸まってしまってるが、祖母の誕生日に二人で撮った写真だった。

麻袋はジャラジャラと重く、口の紐を解いて覗くと、ひと握り分程の銀貨と金貨が入っていた。

「リーフ金貨……初めて見た……。」

じゃがいもも驚いた声をあげる。

ピーマンも祖母がこんなものを隠していたなんて知らなかった。

「もうひとつの方は何だ?」

今度はどんなものが出てくるのか、

期待しているような声だった。

布でくるまれた何かは、ピーマンの手のひらよりも大きかった。ゴツゴツとして分厚く、重みがある。


布を捲ると、出てきたのは古い石でできた板のようなものだった。 斜めに割れている歪な断面と、人工的に丸くしたであろう側面には記号や紋章のようなものが掘られている。

表面をなぞると、薄らと彫られた文字のような物が

反射のようにキラリと光った気がした。


「勇……者、パ……プ……?」

途中で途切れてしまったが、石版にはそう彫られている。ピーマンはもう一度指先でなぞる。

「パプリカじゃないか、それ。」

覗き込むように、見ていたじゃがいもが

ピーマンが頭の片隅で思っていたことを口にする。

「でも、パプリカは悪者なんだろ…。」

散々言われてきた言葉が反芻される。

「……ミコルオン洞窟って知ってるか?

昔、親父から聞いたんだ。触れてはいけない石版があるって。」

ピーマンの手の中で、石版が重くなった気がする。

もし、これがその石版の一部ならなぜ祖母が持ってい

るのだろうか。疑問は増えていくばかりだ。



結局、ピーマンが掘った穴には毛布の切れ端だけを埋めることにした。

箱に入っていたものは、祖母が自分に託してくれたような気がしてどうしても手放したくなかった。

土を盛り、焼け残った木の破片を起てる。

最後にじゃがいもが小さな花束を供えてくれた。


お礼を言った後、一人にして欲しいと頼み、

墓の前で膝をついてまた泣いた。

ばあちゃんと呼びかけ、何度も何度も謝った。

これで本当に孤独になってしまった。

もうここに居る理由はない。


「大変だ!もう役人が村まで来てる!」

風に吹かれながらこれからのことを考えていると

帰ったはずのじゃがいもが息を切らしながら戻ってきた。この辺の土地だと緑は目立つから、と麻でできたマントを手渡される。


「ありがとう……。俺、もう行くよ。」

マントを着て首元で紐を結ぶ。

「一緒に行くよ。僕も知りたいんだ。」

大きなリュックを背負うじゃがいも。

そのつもりで戻ってきたことに驚いた。

「本気か?お前には家族もいるだろ。」

「……決めたんだ。それに、地図も持ってきた。

ミコルオンに向かうんだろ?」



ピーマンは何も言わずに歩き出す。

じゃがいもも同じ歩幅で隣を歩く。

目的地は決まった。

ここへ来た時よりも鞄の中身は重くなっている。


風が、灰を巻き上げて遠くへと運んでいく。

二人が振り向くことはなかった。

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