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ベジタラディア  作者:
第1章:はじまりの物語
6/11

.5

村の中心部を避けるようにして、

ピーマンはひたすらに走り続けていた。

少しずつ遠ざかる喧騒、鞄には薬の入った紙袋。

土に足が取られ、何度も転びそうになるが

一刻も早く家に帰りたかった。

もう少しだ。丘の上に小屋が見えてきた。


「ばあちゃん……。」

扉を開けると、中は暗く、窓際の月明かりだけが

部屋の輪郭を作り出していた。

幻聴なのかもしれないが、耳の奥ではまだ笛の音が聞こえている。


もう咳が止まって寝てしまったのかもしれない。

ベッドに駆け寄ると、祖母の瞼が重たそうに開き

ピーマンを優しげに見つめる。

「おかえり、ピーマン。」

「薬を貰ってきたよ。これを飲めばすぐ元気になるって、大根先生が言ってたんだ。」

ピーマンは鞄の中から、紙袋を取り出す。

「水に溶かして……って、あの水貰ってもいいかな。」

その目線の先には、コップ一杯の水があった。

元は泥水だったが、魔法で綺麗にした水だ。

「ああ、もちろん良いよ。せっかく綺麗な水になったんだから飲まないとねえ。」


薄紙に包まれた粉薬を、コップの中に流し込む。

月明かりが反射する水の中を、白い粉がふわふわと

泳いでは溶けて消えていく。

半分ほど水に溶かすと、残りの粉薬はまた薄紙に包み

紙袋に戻した。


「ほら。これ、飲んで。」

コップを差し出すと、ばあちゃんが少し体を起こして

薬の溶けた水を飲み始めた。

「コホッ……もう大丈夫だよ。

少しでいいからあんたも飲みなさい。」

祖母はまだ水の残ったコップを、ぐいぐいとピーマンに押し付けてくる。

本当は全部飲み干して欲しかったが、村まで走ったせいで喉はカラカラだ。

ありがとう、と言ってコップを受け取り一気に水を喉に流し込んだ。


久しぶりの綺麗な水だったからか、

それともこの薬のせいだろうか。

ほんの少しとろみのついた水は、舌の上に甘味を残して喉を流れ落ちていく。

「そんな顔して……、いつか倒れるよ。」

祖母に毛布を掛け、ピーマンはベッド脇に座り込む。

ピーマンの頭を撫でる祖母の手が、

スローモーションのように遅くなっていく。


祖母の手は暖かく、子どもに戻ったような気分だ。

明日になったら、また働かなければいけない。

収穫祭のあとの根菜たちはきっと

遅れて仕事に来るだろう。

仕事はきっと山ほどあるはずだ。

そのために、少しだけ眠ろう。少しだけ……。


ここまで届くはずのない、

笛や太鼓の音が聞こえる気がする。

ピーマンの意識は、沈むように途切れてしまった。





どれくらい時間が経ったのだろう。

「……うっ。」


瞼が重く、頭はガンガンと

殴りつけられているように痛い。

足や手の先も、まるで自分の体じゃないようで

思ったように動けない。

痛みに耐えようと息を吸うと、

鼻を突くような臭いがした。


「……煙……?」

喉の奥が焼けるように痛む。

視界がぼやける中、赤い光が揺れていた。

「……ゲホッ……なんだ、これ……!」


意識がはっきりすると、

途端に熱さと苦しさに襲われる。

壁も、天井も、すでに燃えているようだった。

「ばあちゃん……!!」

体を起こそうとする。だが、力が入らない。


眠りの余韻が、まだ体に重く残っている。

「起きろ!ばあちゃん……!!」

天井の梁が、ミシミシと音を立てている。

急がないと、小屋が崩れてしまう。

毛布を引っ張り、祖母の体を揺さぶる。

煙を吸い込みながら、全力で叫ぶ。


けれど、祖母の反応は返ってこない。


その時、背後からドン!と大きな音がした。

扉が蹴破られたようだ。

冷たい風と共に影が飛び込んできた。

「ピーマン!!居るか!!!」

その声はじゃがいもだった。

「何してる!早く逃げないと……っ!」

すぐに状況を理解したじゃがいもが顔を歪めた。

声が届いたのか、やっと祖母が薄らと目を開ける。

まだ意識が朦朧としているようだ。

「ばあちゃん!!ばあちゃん!!」

その間にも炎は、扉に向かって手を伸ばすように勢いを増していく。

「くそっ……!間に合わない!!!」

じゃがいもはピーマンの腕を掴む。

「嫌だ!離せ!!!」

力が入らない体では、振りほどけない強さだった。

どうにかしてベッドにしがみつくが、

じゃがいもに引きずられそうになる。


涙で滲んだ視界に、祖母の手が伸びてくる。

「……ピーマン、いきなさい。」

炎の音にかき消されそうな小さな声。

頬を撫でたその手は、炎の中でも暖かかった。

「そんな……ばあちゃん……!!!」


一瞬視界が白く光り、

体が浮かびあがり柔らかい風に包まれる。

だがピーマンの伸ばした手は、熱い空気だけを掴む。

視界は一気に赤とオレンジに飲み込まれ、

二人の間を炎が遮った。


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