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太陽の色がオレンジに変わり、
野菜たちの顔を覗き込む頃。
根菜たちは仕事を終え、一人、また一人と
農具を置き、丘を下っていく。
そんな中、ピーマンだけは変わらずに
土を耕し続けていた。
「おい、今日は収穫祭があるから仕事は終わりだ。」
ピーマンが振り向くと、夕焼けと同じ色の人参が
腕を組んでこちらを見ていた。
「祖母の薬代が必要なんです。収穫祭には参加しないので、もう少し仕事をさせてれませんか……。」
ピーマンは頭を下げて頼んだが、人参は冷たく言い放つ。
「仕事をやってるだけ感謝して欲しいね。それは今日の分だ、早く帰ってくれ。」
ジャラッと音を立て、足元に麻袋が放り投げられた。
拾い上げると音の割に軽く、中には数枚の銀貨しか入っていないと察しがつく。
「……これだけ……ですか。」
「なんだ?文句があるなら辞めてもらって構わないが。だいたいお前らパプリカのせいで、うちは散々なんだ。あの大根の医者が受け入れさえしなければ、
お前らなんて雇ったりしなかったのに!」
捲し立てる人参の言葉に、ピーマンは拳を握りしめた。
麻袋を強く握りしめた指先が、ドクドクと
脈を打っているのを感じる。
本当は言い返してやりたかった。
俺はパプリカではなくピーマンだと。
好きでこんな場所で土まみれになっている訳じゃないと。
だが、言い返しても現状が変わる訳ではない。
ふっと力を抜くと、指先の熱が体中に流れ
怒りの温度も下がっていく。
「……ありがとうございます。……明日もよろしくお願いします……。」
頭を下げ、仕事道具を片付けるために
丘の上にある納屋へと向かう。
人参はまだなにか言っているようだったが、
耳を貸す気力など残っていなかった。
丘の上からは、収穫祭の村の様子が良く見えた。
色とりどりの光が笛や太鼓の音に合わせて
飛んだり跳ねたりしている。
大きな木製の塔のようなものを囲み、
輪になって踊っている根菜たちはとても楽しそうだった。
家に帰る頃には太陽はすっかり身を隠し、
時折、雲の隙間からこちらを監視するように
月が覗いていた。
ただいま、と声をかけ玄関の扉を開ける。
狭い小屋の中は数秒で見渡せてしまう。
窓際のロッキングチェアーに座る祖母は
遠くを見ながらゆっくりと揺れている。
そばまで行って、祖母の手の上に手を重ねる。
耳も目も悪くなってしまった祖母は
そこまで来て初めて
ピーマンの存在に気がついたようだった。
皺だらけで所々黄色いシミが出来ている祖母は
ピーマンを見ると、にっこりと目を細める。
「おかえり、ピーマン。そんなに泥だらけになって、今日も友達と遊んできたのかい?」
老いてしまった祖母にとって、ピーマンはまだ
幼い子供のように見えているのだろうか。
「そうだよ、ばあちゃん。体調は大丈夫?」
「そんな心配そうな顔しないでおくれ。
ただ、歳をとっただけだよ。」
張りの無くなった柔らかい手で、ピーマンの手を
優しく包み込んでくれる。
「少し早いけど、ご飯にしようか。」
ピーマンはキッチンに向かい、電球をつけた。
キッチンとテーブルが、淡いオレンジの光で照らされる。
いつものように戸棚から
蜜パンと樹液ミルクを取り出して
小鍋にちぎって放り込む。
グツグツという音ともに、小屋はあっという間に
甘い匂いでいっぱいになった。
「ほら、ばあちゃん。ミルク粥だよ。熱いから気をつけて。」
「美味しそうだねえ。あんたは食べないのかい?」
「俺は友達と食べてきたから。これで大丈夫。」
歪な形の土パンを口に入れると、
水分を吸って泥のように重くなる。
蜜パンと違って、甘みも柔らかさもないが
ピーマンは空腹を誤魔化すことが出来れば充分だった。
「今日は友達と何をしたんだい?」
「友達の仕事を手伝ってる。少しだけど、働いた分、お金もくれるんだ。」
毎日同じことを聞く祖母、毎日同じことを答えるピーマン。それでも、祖母はそうかそうかと深く頷いて嬉しそうに微笑むのだ。
「そろそろ魔法は使えるようになったかい?」
「え?魔法……?」
毎日同じことを聞いてくる祖母、のはずが
今日は何を言い出すのだろうか。
「そうだよ、魔法。私もあんたくらいの時に使えるようになったからねえ。そろそろじゃないかと……。」
また夢と現実が分からなくなってしまったのだろうか、ここ最近は調子が良かったのに。
「さては信じてないねえ……。もう、見せてもいい頃だろう。」
空になった木皿をテーブルの端に避けると、祖母はしっかりと椅子に座り直した。
ピーマンは何も言わずに、祖母の話に付き合うことにした。
決して魔法を信じていた訳では無かったが、祖母のことは信じていたかったのだ。
ただ、歳をとって、夢と現実を混同をするようになったとは思いたくなかっただけなのかもしれないが。
祖母は、テーブルの上にコップ1杯の泥水を置くように
ピーマンに頼んだ。
まさか、飲む気じゃないだろうな、と思ったが
祖母はコップの上に手を置き、目を閉じた。
すると、コップの中の泥水がくるくると
ちいさな渦を巻き出した。
ピーマンは驚いて、机に張り付き
コップの中の泥水を凝視する。
渦はどんどん速さを増していく。
そして次の瞬間、パッと泥水が光ったのだ。
小屋の中は一瞬だけ昼間のように明るくなり、
ふわっとした突風が全身をすり抜けていく。
ピーマンは驚いて椅子から転げ落ちそうになる。
急な閃光に、まだ視界が白くボヤけている。
だが、小屋の中は何も無かったかのように
また静寂を纏っている。
何が起きたのか分からず、ただ目を丸くしているピーマン。
祖母はゆっくりと目を開き、コップの上から手を降ろす。
濁った泥水は、すっかり透明になっていた。
まだ小さな渦を巻いているそれは、明らかに
ここ数年見た中で一番綺麗な水だった。
「これが、光の魔法だよ。ピーマン。」
そう言った祖母もまた、ここ数年見た中で
一番しっかりと背筋が伸びていた。




