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翌朝。
洞窟の空気は変わらず、湿っている。
けれど、向けられる視線は、昨日よりも暖かい。
露骨な警戒は減り、横を通っても明らさまに
距離を取られることもなくなった。
「……おはよう。」
シメジが控えめに口にする。
それ続いて、キクラゲやエノキも小声で挨拶をする。
ただの挨拶だが、大きな一歩だ。
じゃがいもは認められたと感じて、嬉しそうに挨拶を返す。
「今日は何をすればいい?」
ピーマンも冷静を装っているが、内心はもっときのこたちの為に働きたいと張り切っているようだ。
「今日は、遺跡の近くの水辺をお願いしたいの。」
舞茸の発言にきのこたちの空気がまた張り詰めた。
「そんな……、あそこは……!」
「そいつらに任せて大丈夫なのか?」
群れの中から誰かが声を上げる。
「危険な場所なのか……?」
じゃがいもとピーマンの顔が曇る。
「きのこたちにとってはね……。この仕事を手伝って貰えたら、石板について全て話すわ。」
舞茸は真っ直ぐと二人の目を見つめる。
「分かった、やるよ。」
「そのためにここに来たからな。任せてくれ。」
二人の目に迷いはなかった。
「その前に寄るところがあるから、あるきながら説明するわ。」
騒つくきのこたち。
洞窟の中に、また、湿った不安が広がるようだった。
「あの水辺はここ数年で出来たの。元々は慰霊碑があったのだけれど、どこからか水が湧いてしまって今は立ち入り禁止区域になっているわ。」
舞茸が洞窟を進みながら説明を始める。手には淡いオレンジを灯したランタンが握られている。
「慰霊碑って?」
後ろを続くピーマンが尋ねると、舞茸の声が少し暗くなる。
「石板の光で焼かれた、きのこたちの慰霊碑よ。」
洞窟の中に三人の足音が響く。
「私たち舞茸族は何代も石板の守護者をしているの。私の両親が守護者だった頃、今みたいに慰霊碑から水が滲み出てきたそうよ。そのせいでミコルオンは大騒ぎになった。そして、その騒動の中で誰かが石板に触れてしまった……。その時に光を放って……。」
舞茸は話終える前に、口を噤んでしまった。
「だから、“触れてはいけない石板“か……。」
ピーマンが誰に言う訳でもなく呟く。
「慰霊碑から湧く水の原因は分からないままなの?」
じゃがいもが足元に気を取られながら聞く。
「その石板の光で、慰霊碑の水も、先人のきのこたちも焼けてしまったわ。何も分からないままだけれど、また同じことが起きないようにと石板は伝説として語られているのよ。」
「確かに、小さいきのこばかりだったな……。」
じゃがいもの言葉に、舞茸の足が急に止まった。
「あっ、俺、ごめん……。」
焦るじゃがいもを横目に見ると、舞茸は、洞窟の壁に現れた木の扉をノックする。
「入るね。」
扉を開けて中に入る舞茸、その後ろから中を伺うように覗き込むじゃがいもとピーマン。
部屋の中はオレンジのランタンに照らされた二つのベッドが並んでいる。奥にはキッチンやテーブルもあるようだ。
「ママ、体調はどう?」
ベッドに腰をかけて、優しく声をかける舞茸。
ぐったりとした細く茶色い腕が毛布の隙間から覗いている。
「もう朝なのね……。」
舞茸はまだ扉の外から様子を伺っている二人に視線を向け、何も言わずに部屋に入るように促す。
声を出してはいけないのかと思い、そっと部屋の中に入り、扉を閉める。
「パパは見回りに行ってると思うから。少しでも休んで……。」
そういうと、毛布を少し捲り、母親の上に手をかざす舞茸。
どうしていいか分からない二人は、ただ立ち尽くしたまま舞茸の行動を見守る。
「ありがとう、舞茸。優しい子。」
母親が呟くと、軽く舞茸の頬に手を当てる。
その手は滑るようにベッドの上に戻った。
舞茸がかざした手から、白い粒子がふわふわと漂うように現れた。粒子は舞茸の母親を包みこむと、キラキラとランタンの光を反射させている。
「あれ、魔法か?」じゃがいもが小さな声でピーマンに問いかける。
「違う……。初めて見た。」
ピーマンも食い入るように見ている。
「細かい胞子で体の周りを包んで温度や湿度を保ってるのよ。魔法なんて使えるわけないでしょ。」
舞茸は二人を見ずに答える。小声で話していた二人は、驚きながらもその様子に釘付けだった。
「私たち舞茸族は他のきのこよりも光に強いの。だから守護者として選ばれたわ。でも、石版の光は強すぎて、両親とも後遺症が残ってしまった。光を浴びた後、ママの健康な部分を割いて次の守護者を生み出した。それが私よ。」
舞茸は、母親に毛布を掛け直して当たり前のように話続けている。
「体を割いたってことか…?」
「そう、舞茸族の子孫の増やし方の一つよ。無理やり割いてしまうと生命力が残らずにこうなってしまう。だから、こうやって繋いでるの……。」
キラキラと光る胞子の中で毛布が小さく上下する。
「ママ、行ってくるね。」
舞茸は母親に話しかけると、ベッドから立ち上がり、ようやく二人の方を向いた。
「じゃあ、水辺に案内するね。私はあまり近づけないけど……。」
その目には、うっすら涙が溜まっていた。
母を包む胞子と同じようにキラキラと輝いている。
じゃがいもとピーマンは、気が付かない振りをして
そっと木の扉を閉じ、部屋を後にした。




