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最初に戻ってきた感覚は、指先だった。
冷たくてザラザラとした何か。
その次は嗅覚。
泥のような湿った土臭さと、微かに甘いが
何かが腐ったような臭い。
現実に引き戻されるように、じわじわと意識がハッキリしてくる。
ピーマンは眉をひそめて、ゆっくりと目を開けた。
どうやら自分は壁にもたれて座っているようだ。
ぐらぐらと回る感覚がして自分がどうなっているか分からなくなってしまう。
微かな金属音を立てている、淡いオレンジの光。
暗く大きな空いた穴のような壁。
ランタンと洞窟から霧がかかった記憶を引き出そうとする。ここに来る前のことを早く思い出さなければ。
「目が覚めた?」
すぐ近くで声がした。びくりと肩が揺れる。
ぼやけて回る視界を声の主に向ける。
初めて見る野菜だ。
「まだ朦朧としてるのかしら。聞こえる?」
そばに寄ってきて、話しかけてくる。
ぼんやりと見える白と茶色のグラデーションとその声色からして女性だと言うことしか分からない。
「おい、ピーマン!大丈夫か!」
ランタンの光を遮るように視界に飛び込んできた
じゃがいもは、ピーマンの顔を覗き込む。
「……じゃがいも。ここは……?」
「洞窟の中だ。俺たち、胞子を吸って倒れたんだ。」
ピーマンはぐるぐると回る感覚を止めたくて、額に手を当てる。
「まだ休んでた方がいいわよ。じゃがいもさんと違って多く吸い込んでるから。」
洞窟の中でみたキラキラしたものは胞子だったのか。
もっと危ない毒のようなものかと思っていたピーマンは、胸を撫で下ろした。
「いや……大丈夫だ。胞子ってことはきのこ族か?」
そう問いかけると、彼女は笑いながら答える。
「ミコルオンはきのこ族の土地よ。そんなことも知らずによくここまで来れたわね。」
ようやく、視界がはっきりして焦点が定まる。
「彼女は舞茸さんだ。倒れた俺たちを助けてくれたんだから、まずはお礼からだろ。」
じゃがいもはピーマンに肩を貸して、立たせると
舞茸のいるテーブルの方へ、座るように促した。
「助けたって言うか、見張ってたの。」
テーブルについてこちらを見ている彼女は悪びれもなく答える。
「いつから見張ってたんだ?倒れる前に声をかけることもできたはずだろ。」
向かいの席に座るピーマンは無愛想に突っぱねる。
「お前なあ……。」
呆れ顔でピーマンの隣に腰掛けるじゃがいも。
「良いのよ、事実だから。森を抜ける前から気がついてたわ。余所から誰か来ることなんてないし、まさか森を抜けると思わなくて驚いた。」
ピーマンはまだ身構えて、舞茸の様子を伺っている。
「次はこっちの質問に答えて。あなた達が持っていた石板。どこで手に入れたの?」
ピーマンは思い出したかのように鞄の中を確かめる。
石板は布に包まれたままでまだ光を放っていた。
「安心して。触れてないから。」
「……。」
ピーマンは敵か味方か分からない舞茸にどこまで話すか迷っていた。だが、じゃがいもがピーマンの代わりに口を開いた。
「これはピーマンの大事なものだ。ここまで導いてくれたのもその石板だ。」
「おい、じゃがいも!」
声を荒らげるピーマンに対してじゃがいもは冷静だった。
「ミコルオンに入った異種族は俺たちだし、助けてくれたのは事実だ。それに、石板のことを知るためにここまで来たんだろ。」
「そうだけど……!」
言葉に詰まり、ピーマンは反論することが出来ずに黙ってしまう。
「導かれた……。」
神妙な顔をした舞茸が呟く。
ピーマンが舞茸の目を見る。
「これは、ばあちゃんの形見なんだ……。これが何か知ってたら教えてくれないか。」
「そう……、元々はおばあ様のものだったのね。あなた達は、それに触れても平気なの?」
質問の意味がわからないピーマンは鞄から石板を取り出そうとする。
「やめて……!」
咄嗟に身を引いた舞茸、座っていた椅子が音を立てて倒れる。
「ご、ごめん……。驚かせるつもりはなかったんだ。」驚いたピーマンはすぐに鞄の中に石板を押し込んだ。
「舞茸さん、大丈夫……?これってそんなに危険な物なの?」
じゃがいもはすぐに立ち上がり、倒れた椅子を元に戻し、舞茸を落ち着かせようとする。
「きのこ族は強い光が苦手なの……。あなたの石板が危険かどうかは分からないけど、ミコルオンには同じような石板があるから驚いてしまって……。」
席に座り直し、胸に手を当てて息を整えている。
「それって、触れてはいけない石板のこと?昔親父から聞いたことがあって、それでここに来たんだ。」
じゃがいもに対して、舞茸は静かに頷いた。
「それってどんなものなんだ?連れてってくれ!」
初めて聞く祖母の形見に繋がる情報にピーマンは
興奮して前のめりになる。
「あなた達、悪い人に見えないけれど、他のきのこ達はまだ警戒してるみたいで……。」
申し訳なさそうに目を伏せる舞茸に、ピーマンは明らさまに肩を落とす。
だが、じゃがいもの声は明るかった。
「じゃあ、何か手伝わせてくれよ。信用したら話してくれるってことだろ。」
ピーマンも気を取り直したように顔をあげる。
「それもそうだな……、俺たちは余所者だ。警戒されて当然だよな。」
思いがけない発言に舞茸は少し戸惑った。
「じゃあ、きのこ達を手伝ってくれるの…?」
「もちろん!力仕事だって出来るぞ!」
「他にやることも無いし、助けてもらったお礼もまだしてないしな。」
力こぶを見せつけるじゃがいもと、少しぶっきらぼうなピーマンを見て、舞茸は思わず笑ってしまう。
「あなた達、いいコンビね。他のきのこには私が伝えておくから明日の朝からお願いしようかしら。この部屋は自由に使って。」
部屋を出る舞茸にピーマンが声をかける。
「決めつけずに、チャンスをくれてありがとう。」
今まで、見た目だけで決めつけられてきたが
ここでは自分の行いが評価される。
石板の謎を知るため、自分の“中身”を見てもらうため
ピーマンは初めて朝が来るのが待ち遠しいと思った。




