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三番艦 「希望」

「エゼリオン……皇帝陛下。ここ、レヴァンクレス皇国は島国、もしくは国土の殆どを海に囲まれた国なのか?」


 俺は自信に満ちた声でそう尋ねた。あの旗に賭けた直感が、外れていない事を願いながら。


 エゼリオンはその言葉に頭を上げる。先程までの不安げな表情が一瞬で消え、はっきりとした言葉で返答した。


「はい、その通りです。我が国は周辺を海に囲まれた島国になっています」


「なるほど……」


 無理だと思っていた願いに、わずかな可能性の光が見えた気がした。胸の奥が妙に熱い。俺は今、興奮しているらしい。


「とりあえずこの国の国防が今どうなっているのか、教えてもらって良いか」


「了解しました。バルドウィン、軍神様に説明を頼む」


「御意」


 エゼリオンの頼みに短く応えると、バルドウィンは一歩前に進み出た。歳を重ねた目には、これから話す内容への重さがすでに滲んでいる。彼は淡々と、しかし一語一語を選びながら語りだした。


「今から一ヶ月ほど前、隣国のエルネア王国という国が我が国に対して戦争を仕掛けてきました。軍神様がおっしゃった通り、この国は島国です。我が国は海からのレヴァンクレス皇国本土上陸を阻止するべく海上で懸命に戦い、互いに膠着状態になった事で、我が国レヴァンクレス皇国はエルネア王国となんとか休戦協定を締結する事が出来ました」


「……それだったら良いんじゃないか?祖国を守る事が出来たんだし」


「……はい。確かに私達は”一度は”祖国を守る事が出来ました」


 バルドウィンはそこでわざと言葉を切った。含みのある言い方だった。先程までより力強い、どこか覚悟を秘めた声色に、俺は思わず姿勢を正す。


「一度は……とは?」


「第二次レヴァンクレス・エルネア戦争が迫っているのです……」


 その言葉が大広間の空気を一段と重くした。シャンデリアの光が、やけに白々しく俺たちを照らしているように感じる。


「それは……なるほど。そういう事か。休戦協定の失効期限が異常に短い……とかか」


 俺は何かを察した。エゼリオンの俯いた顔と、バルドウィンの微かに震える手。重い沈黙が、ただでさえ広い大広間をさらに狭く感じさせる。


 恐らく膠着というのも、少し言葉が違うのだろう。敵にはまだ余裕がある。けれど戦争を継続し、勝利するのは難しいと判断した。だから”休戦”協定を結んだ――次の戦争の為の、ただの時間稼ぎとして。


 そんなシナリオが、当事者である二人の様子から嫌でも浮かび上がってくる。


「その休戦協定はあと何年ほどで失効される?」


「472日……一年後でございます」


 この世界の一年は472日なのか。いや、そんな事はどうでもいい。問題なのは――


「現在、皇国を守る為の皇国海軍軍艦の総数は四十八隻。うち大破六隻、中破十一隻、小破五隻。今の皇国海軍にレヴァンクレス皇国を守れる様な力は残っていません。一方、敵エルネア王国海軍の数は詳しくは分かりませんが、低く見積もっても二百五十隻以上と思われます」


「協定失効までに、エルネア王国海軍と同じ程度の軍艦数を確保する事は出来ないのか?」


「悔しいですが、エルネア王国は国力、軍事力共に我が皇国よりも上なのです。この数的劣勢を埋める事は、現状では難しい……それが私達の結論です」


 思った以上に最悪な状態だった。四七二日までに、ほぼ五倍倍――恐らくそれ以上の軍艦を保有する海軍を相手にしなければならない。これでは神話でも伝承でも、縋れるものなら何でも縋りたくなる気持ちが痛いほど分かる。


「どうかお願いです!絶望的な状況なのは分かっています。無理を言っているのは十分理解しています。しかし貴方しか、貴方にしか出来ない事なのです!軍神様、私達の祖国を守る為、力を貸して下さい……!」


 エゼリオンは涙を必死に堪えながら叫んだ。震える声の奥に、決意と誠意が確かに込められているのが分かる。


 俺はしばらく沈黙した。この国の事も、この世界の事も、何も知らない。それでも目の前で必死に頭を下げ続ける少年を、見捨てる選択肢はもう無かった。


「……正直に言って、俺はこの国と世界の事は全く知らない。し、俺の知識がどれくらい役に立つのかも分からない。それでも良いか?」


「……はっ、はい……!もっ、もちろんです……本当に……ありがとうございます……」


 エゼリオンの涙のダムは、ついに決壊した。最後の最後までよく持ちこたえたものだ――そう思いながら、俺は跪いたまま肩を震わせる少年に、密かな尊敬の念を抱いていた。


 皇帝という重い肩書きを背負いながら、それでもなお、こんな年齢で国の未来を一身に背負っている。その姿を前にして、俺はようやく自分の立場を理解し始めていた。


 軍神でも何でもない、ただの船好きの大学生が、こんな大層な役目を担って良いのか――そんな迷いはまだ胸の奥にくすぶっている。けれど、もう後には戻れない。


 俺は静かに、しかし確かにそう自分に言い聞かせた。


誤字脱字、ここの文少し変、ここはこうした方が良いなどと思ったら是非コメントをお願いします。

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