My adventure
あっという間に夏休みも折り返し地点。アルバイトにボランティアにサークル…。忙しなく毎日を過ごしてるとこんなに時が過ぎるのが速いなんて私は何だか寂しく感じた。でも、立派な大人になるには毎日を無駄にしないで生きていかなければならない、漠然とそんな気がしていたのだ。
疲れ果てたまま昼過ぎに起きて、適当な食事を済ますと、私は不意に冒険してみたい気持ちになった。なぜかはよくわからないけれど、家の中じゃなくて外に出たい気分になったのだ。
メイクもしてないからキャップを被りシンプルな服装で家を出た。夏の日差しは相変わらず刺さるように強くて、早く秋が来ればいいのになと心の中でつぶやいた。
久しぶりに近所を散歩すると、家から数分のところに新しい古民家カフェができているのに気づいた。私が驚いて突っ立てると、店からおばあちゃんが出てきた。
「こんにちは。今日も暑いねえ。」
そう言いながら打ち水をしている彼女の顔はしわしわだった。まるで梅干しみたいな顔をしている。私が何度もうなずくと、彼女はニコッと微笑んだ。
「少しうちの店で涼んで行かないかい?風鈴の音が心地よいのよ。」
「…はい…お邪魔します。」
商売上手なおばあちゃんだなと感心しながら私は言われるがままにお店に入っていった。
店内にはおばあちゃんが言った通り、色とりどりの風鈴がたくさんぶら下がり、綺麗な音色を奏でていた。こじんまりしてるが、ちょうどいい空間で居心地が良い。この暑い夏を音で乗り切れるとは夢にも思っていなかった。私は気持ちよくてゆっくり目をつぶった。
「この子たち、いい音鳴らすでしょう?」
おばあちゃんが嬉しそうに話すので私は「とても素敵ですね。」と目を輝かせた。彼女は汗ばんだ頬を首にかけているタオルで拭いてから店の奥に入っていった。私が1人席に座っておばあちゃんのことを待っていると、彼女はお冷とおしぼりを持ってきてくれた。
「私のおすすめの甘味、出してもいいかね?」
「おすすめの甘味…?」
私は店内を見回したが、メニューや張り紙がどこにもないことに気づいた。私が戸惑っていると、彼女は「待っててね。」とまた店の奥に行ってしまった。甘いもので嫌いなものはないが、一体どんな甘いものが出てくるのかドキドキする。このカフェの雰囲気からして、あんみつだろうか。それとも和風のかき氷?…いや、もしかして洋風?ケーキとかアイスクリーム?いろいろ想像していると、おばあちゃんがやってきた。彼女はお盆から例の甘味をテーブルに置いた。
「お待たせ。金平糖よ。」
私は唖然とした。目の前にある米粒くらいの食べ物。カラフルでとげとげしてる見た目で可愛らしいが…。私は少し裏切られた気がした。顔に出さないように必死で笑顔を作る。
「食べてみて。とっても美味しいのよ。」
私はピンク色を一粒手に取ってゆっくりと口に運んだ。幼いころに食べたことがあったが、久しぶりにこんなに硬いものを口に入れた。歯で何度か噛んでかみ砕いた。とても甘くて美味しい。こんなに小さいのに、甘さが一気に全身に広がる感じだった。私が黙って食べていると、おばあちゃんは「いい表情するわねえ。」と笑った。
「昔ね、金平糖はとっても高価なもので貴重なものだったのよ。これが食べれるなんて、どんなに幸せなことか。こんなに小さなものが大きな幸せに繋がっていくのよね。」
私はおばあちゃんの言葉に強く胸を打たれた。彼女は風鈴を眺めながら話を続ける。
「この子たちも同じ。一つ一つは小さいけれど、心を穏やかにしてくれるパワーを持っている。別に立派じゃなくてもいいの。別に目立たなくたって、忘れられてたって、脇役だっていいの。どんなに質素なものでも他の人を幸せにできるなら最高なんだよ。」
私の目にいつの間にか涙が溜まっていた。メインじゃなくてもこんなに人を幸せにできるなんて。私は金平糖をもう一粒、もう一粒と噛みしめて食べ続けた。
「あなたなら分かってくれると思ったわ。」
おばあちゃんがニコニコしながら私の食べっぷりを見ている。私は「ありがとうございます。」とお礼を言って微笑み返した。
「また来ます。大切なことに気づけた気がします。」
店を出て言うと、おばあちゃんは「待ってるよ。」と手を振ってくれた。私は清々しい気持ちで自分の家に帰った。こんなに暑い夏を幸せに感じるなんて初めてだったー。
それから1週間が経ち、私はもう一度そのカフェに行ってみた。しかし、道を間違ってもいないのにどうしてもカフェに辿り着けない。私は何度も何度も歩いたが、見つけることができなかった。犬の散歩中のおじいさんがいたので、私は彼に尋ねてみた。すると、彼は目をまん丸にしてからこんな話をしてくれた。
「お嬢ちゃん、そのお店のことよく知ってるねえ。わしがまだ小学生の頃、そんな甘味処がここら辺にあってね。おばあちゃんが1人で切り盛りしてて、金平糖を売りにしてるお店だったんだよ。年中風鈴がたくさん飾られていて。…ただね、おばあちゃんのお孫さんが過労で死んじまってから、おばあちゃん身体を壊して辞めちゃったんだ。お孫さん、自慢の孫になるために頑張りすぎたみたいでね。とっても優しい人だったんだよ。」
「…そうですよね。」
私が涙ぐんだ声で言うと、おじいさんは私の背中を優しく擦ってくれた。
「お嬢ちゃん、おばあちゃんの亡くなったお孫さんと似た年ごろだよ。わしも思い出せて良かった。それじゃあね。」
おじいさんが去った後、私はどこからか風鈴の音色が聞こえてくる気がした。私は真っ青な空を見上げておばあちゃんの優しい微笑みを思い出すのだった。
完
「何者かにならないと…。」「私は偉大になんてなれない。」
私はこう思います。別に何者かにならなくたっていい。無理に目立たなくたっていい。あなたは存在しているだけで十分素晴らしいんです。立ってるだけで座ってるだけで素晴らしいんです。生きてるだけで100点満点!間違いありません。