父さんの親
父さんはお腹を満たしたのか、満足げに目を閉じ、いつの間にか彼女の腕の中で眠りについていた。小さな寝息が、静かな部屋の中に響く。
「懐かしいわ〜。うち、5人兄妹で一番下の子を私がよく見てたの」
「なるほど……だからあんなに手慣れてるんですね。みんなあれくらいできるのかと思ってました」
「そんなわけないわよ〜。いきなりやれって言われても、絶対難しいですよ」
「本当に……ありがとうございます。また厄介になってしまって、どうお礼したらいいか……」
「お礼なんて大丈夫ですよ!久しぶりに赤ちゃん抱けて、嬉しかっただけ。それより……どうして突然、甥っ子さんを預かることになったんですか? この子の親御さんは?」
「突然、兄に呼ばれて家に行ったら兄夫婦がいなくて。どうやら朝、ご近所さんにこの子を預けたまま、どこかへ消えてしまったみたいで…今日中に帰ってきてくれればいいんですけど」
「ひどい……こんな小さい子を、無責任に預けて……」
「本当ですよね……最低です」
さっきまでは赤ちゃんの世話で頭がいっぱいで、ただ戸惑うだけだった。
でも今、冷静に考えてみて、ふつふつと怒りが湧いてくる。
自分の父親を、こんな風に放り出す祖父母。
伸之を…父さんを、まるで荷物のように扱うなんて。
「親御さんって、どんな人たち? そういう気がありそうな感じだった?」
「……どうだろう。普通の、どこにでもいるような人たちだったと思います。ご近所さんも預かってくれてたくらいだから、評判は悪くなかったはずで……」
「じゃあ、何か事件かしらね……あっ! もしかして、森の宇宙人に攫われたとか!」
「え……?」
そうだった。この人、オカルト大好きだった。
「うーん……でも、だとすると攫われるの分かってたってことになりますよね。子供を預けてるわけですし」
「あ〜、確かに! 見捨てる気なら、預けたりしないですよね」
「何かしら事情はあったんだと思います。とりあえず一旦家に戻って手掛かりを探してみます。連絡とかももしかしたら来るかもしれないし」
「そうね。きっと連絡来るわ! 赤ちゃんのお世話、大変だと思うけど……気づいたらメロメロになっちゃうから!」
実の父親にメロメロになるなんて想像できないけど、彼女の優しさが、疲れ切った心に染み渡る。
もしこの赤ちゃんが俺の実の父親だって知ったら……どんな顔をするだろう。
ミステリー好きなら、案外あっさり信じてくれるのか?
「本当にありがとうございます。お姉さんがいなかったら、俺たち二人ともどうなってたか……」
「大袈裟だなあ。それより――お互い、自己紹介まだでしたね。私、真由美っていいます」
「えっと、自分は奏多で、この子は伸之っていいます」
「奏多さん? 珍しい名前ね」
自分の名前が珍しいと言われたのは初めてだった。
確かに、70歳くらいの父さん世代でも同じ名前の人を見たことがない。
この時代では、珍しいのか……と、妙に納得してしまう。
「伸くん、早くお父さんとお母さんに会えるといいね」
真由美さんは、眠る父さんの頭を優しく撫でながら、囁いた。
「それじゃ、帰ります。長い時間お邪魔して、すみませんでした。また困ったら……相談させてください」
眠る父さんを起こさないようそっと抱き抱える。
「いつでも待ってますよ。気をつけてね」
真由美さんの笑顔に見送られ、喫茶店を後にする。
家に戻ったら、誰かいるかもしれない。
いたら警察沙汰。いなかったら、父さんのお世話継続。
どっちに転んでも、気が重い。
究極の二択って言うけど、今の俺の状況はまさにそれだ。
しかも、自分で選べない分、余計にタチが悪い。
重い足取りで家に着き、息を潜めて中を伺う。
人の気配はない。鍵もかかっていない。
「お邪魔します……誰かいますか? 伸之くん、預かってますよ」
声をかけるも、返事はない。
……ひとまず父さんのお世話、継続が確定した。
リビングへ行き、父さんを布団にそっと寝かせる。
この部屋は、物が少ないせいか、テレビ以外は自分の家とあまり変わらない。
ここが一番落ち着ける場所だろう。
そう思った矢先――
テーブルの上に、一枚のメモが置かれていた。
『奏多さんへ、伸之をよろしく』
……これは、いったい。
どういうことなんだ…。




