父さんの秘密の部屋
母さん「奏多〜母さん仕事行くからねー!ご飯冷蔵庫入れとくからチンして食べんのよー!」
奏多「あいよ〜行ってらっしゃ〜い」
ああ、なんて実家感満載のセリフだろう。
俺の名前は田中奏多。今年で大学の夏休みも3回目。当たり前のように出てくるご飯が正直とてもありがたい。もはやこれのために帰省していると言っても過言ではない。
…毎日が暇つぶしの連続だし、本当に過言ではないと思う。
「さて、今日のお昼は何かな〜」
自室から冷蔵庫へと向かう。実家のひとり時間って、都内のワンルームとは全然違うんだよな。なんかこう、広すぎる家にポツンと取り残されたような、独特の孤独感がある。ついつい独り言が増えるのも、きっとそのせいだ。
冷蔵庫を開けると…。
「焼きそばか〜」
別に嫌いではない。屋台にあったら飛び込むレベルだけど、お昼ご飯としては普通のザ昼飯って感じ。ひとまず麦茶を手に取り、喉を潤す。
「よし、今日は何にしようかな」
水分補給を済ませた俺は、父さんの部屋へと足を向ける。
今年の夏、俺の暇つぶしは父さんの部屋での遺品整理だ。いや、整理って言っても、父さんが五年前の事故で亡くなってから、この部屋はほとんどそのまま。埃ひとつない綺麗な状態を見るに、母さんがこっそり掃除してるんだろうな。
母さんは俺が2年前に上京してからこの広い家で一人暮らし。最初は地元で就職を考えていたけれど「大学には行っとき、行ける選択肢があるのに行かなかったから後悔するよ」って母さんの言葉で進学を選んだ。まぁ結果的に母さんから休みごとに「いつ帰ってくるの?」という連絡が来るもんだから大学が休みの時はこうして毎回帰省している。
「お邪魔します」
自分の父親の部屋なのに、なんでこんな他人行儀になるんだろう?そんな疑問を抱きつつ今日もそっと父さんの部屋へと足を踏み入れる。
部屋に入ると、まず目に入るのはあの巨大な本棚。図書館かよってくらい大きくて本がぎっしり。しかも、ジャンルはバラバラ。科学雑誌からSF小説まで、なんでもあり。父さんはとても博識な人で、この棚がまさに父さんの知識の宝庫。そう思うとなんとなくこの本棚が父さんに見えてくるようなそんな感じがした。
「うわ、懐かしいな〜これ」
本棚を眺めていると1番大きく古びた本が強く目に留まった。小さい頃父さんと一緒に見た昆虫図鑑だ。
パラパラとページをめくろうとした瞬間、中から一枚の紙がひらりと落ちる。
「しおりか?でも図鑑にしおりなんて挟むわけないよな」
紙を拾おうと手を伸ばすと、そこには見覚えのある父さんの字。
「「奏多、秘密の部屋を探せ」」
「…秘密の部屋?!」
突然の俺宛のメッセージに心臓がドクンと跳ね上がる。驚きとなんとも言えない高揚感が押し寄せる。
念のため、他のページを確認するも、紙はこの1枚だけ。ふと、昔父さんとやった"宝探しクイズ"を思い出す。クイズの答えが場所や物になっていて、そこに次のヒントが隠されている。そうして順番に解いていくと最終的にゴールの宝に辿り着くという子供心をくすぐるゲームだ。きっとこれもその類。秘密の部屋を探せば次が待ってるはず。
正直とてもワクワクしている。もしかして、父さんまだ生きていて…なんてありえない淡い期待まで浮かんでくる。バカバカしいけど止められない。
さて、まずはメッセージの意図を読み解く。これはそもそも秘密の部屋"そのもの"を探すのか、それとも秘密の部屋の"中の何か"を探すのか一体どちらかというところだ。
ミステリー小説風なら前者だけど宝探しクイズとして考えるなら後者も全然あり得る。むしろ後者の方が怪しい。長年住んでいるこの家に隠し部屋なんてあるわけない。まずは押し入れや床下収納など怪しい場所をくまなく探すことにする。
「暇人大学生を舐めるなよ?」
…って意気込んだものの小一時間で全滅。全ての部屋を漁ったのに何もなし。また父さんの部屋へと戻る。
このメッセージ、そもそもいくつか違和感がある。なぜ今まで俺に渡さなかった?なぜ昆虫図鑑に?母さんはこのことを知っているのか?不可解な点が多い。
考え考え最悪なシナリオが頭をよぎる。
「父さんは誰かに殺された…?」
事故の前、父さんは自分の身に危険が迫っていることに気づいていた。そして俺だけに何かを託したくてクイズにした。だから虫嫌いの母さんが触らない図鑑に隠した。そして万が一母さんが見つけても昔遊んでいた紙が残っていたと誤魔化せるように。
勝手に想像して背筋がゾクっとする。
「マジか…こんなドラマみたいなこと…。いや、待て待て。まだ確定したわけじゃない。昔やったクイズを思い出そう」
そう、きっと俺が忘れてるだけで本当に昔遊んだ時の紙がそのまま残ってたって方が全てにおいて納得がいく。宝を隠した時点で父さんは俺にメッセージを渡していて一緒に遊んでたかもしれない。半信半疑で再び宝探しへと切り替え。父さんの部屋の押入れを開ける。
その瞬間、幼い頃のかくれんぼの記憶がフラッシュバックする。
ー ーー
当時俺が鬼の番で、すぐ見つけて驚かしてやろうと10秒数える間に父さんが押し入れにスルッと隠れるとこをチラ見した。カウントも口早に済ませ、声をかける。
俺「もういいか〜い?」
父さん「もういいよ〜」
押入れからボリュームを抑えた父さんの声。俺は意気揚々と押入れの扉を開ける。しかし、押入れの中には誰もいない。
少しして遠くからまた声。
父さん「もういいよ〜」
おかしい、絶対入ったのに。だが家中探しても見つからず、俺がギブアップを伝えると父さんがニヤニヤしながら押入れから出てきた。
俺「やっぱり押入れに隠れてた!」
父さんへどこに隠れてたか聞くとニヤリと笑ってこう言った。
父さん「父さんの押し入れは秘密の部屋に繋がってるんだよ。お家が壊れた時とかはそこに行って直したりするんだ」
ーーー
当時は危ないからとそれ以上教えてくれなかったけど、今なら分かる。秘密の部屋とはきっと屋根裏のことだ。
「これは…昔のクイズの続きじゃない…」
最悪な想像が再び頭を駆け巡る。父さんの事故は本当に事故だったのか?不安を押し殺し、押入れの天井に手を伸ばす。ゆっくり押し上げると案の定
流石に屋根裏は埃っぽく真っ暗だ。スマホのライトを片手に屋根裏を覗き込むと、何か箱のような黒い影が。
「これがゴール?それとも次のヒントか…」
意を決して押入れをよじ登り、屋根裏へ。柱を伝って箱に近づく。近くで見ると箱は布とロープで厳重に縛られている。心臓がバクバクと鳴る中、震える手で布とロープを解く。