おっさん犬を迎える
半ば衝動的にボーダーコリーの子犬を買った俺に飼い主としての準備も心構えも無かった。
当然犬を買うのに必要なもの等分からなかったし、ものの良し悪しも分からず、ペットショップの店員花咲さんと店長の村上さんに色々説明を受けながら犬の登録変更やら必要な道具の購入、狂犬病ワクチンの接種やらをその日のうちに済ませて家に連れ帰った。帰る段階になって足が無いことに気がついて一度車を取りに行こうとしたが、店長の村上さんが車で送ってくれたのは非常に助かった。家についた時には既に空は白み始めていたので、7,8時間ペットショップに居た事になる。
「送って頂いただけでなく、ケージの組み立てまで手伝って貰ってしまって。本当にありがとうございます。」
購入した諸々を家に運び込むのを手伝ってもらい、購入した道具の使い方を親切に教えてくれた村上さんが車に乗り込もうとする時にお礼をいった。いやはや、本当に助かった。村上さんがいなければ色々と途方に暮れる所だった。
「いえ、本日はお買い上げありがとうございました。後、先ほどワンちゃんにお注射したので暫くは散歩や激しい運動は控えて下さい。お風呂もできれば入らせないように。今のところ副作用が無いから大丈夫だと思いますけど下痢や嘔吐発熱等があったら近くの獣医さんに相談して下さい」
「わかりました。幸い今は時間もあるので、気を付けて見るようにします」
やり取りを終えると村上さんは「それでは」というと車に乗って去って行った。久々に能動的に動いたからか何時も疲れた。
「しかし、犬飼うってやっぱり金かかるな。初期費用だけで安い中古車一台買えるじゃないか」
まぁ仕方ない。犬だって好きで俺に買われたわけじゃないしな。うちにきてよかったと思ってもらえるようにする為の必要経費だと割り切ろう。
家に入り連れ帰った犬の様子を身に行く。犬は既に組み立てた大きめのケージに入れ替えていた。トイレも一緒に置けるタイプのものだ。中には買ったばかりのおもちゃと寝床となるクレートが入っている。ともあれまずは新しい環境に慣れてもらわないとな。
そう思い、犬の部屋というよりもとより娘が使っていた部屋になるがそこに行くと当然だが犬が居た。犬だけでなく生前の娘が使っていた物はあらかた残っているが……。
新しく連れてこられた環境に警戒しているのか、接種したワクチンの影響によるものか分からないが、ペットショップにいた時より格段に大人しい。
買ったばかりのクレートに身を隠してこちらを伺って居た。なんだろう、こういう時何か話したほうがいいのだろうか。
「あー、そのなんだ、お前にこんなこと言って理解出来るかはわからんが、今日は注射打ったばかりだから大人しくしてろ。散歩も暫くはお預けだ。体調が悪くなるかも分からんから割と近くにいるがお前に危害を加えるつもりはない。まあ、体調が戻れば散歩にも連れて行ってやるし自然と一匹で過す時間も増えるからそれまで我慢する事。わかったか?」
当然だが返事は無かった。
「何をしてるんだ俺は……。まぁいいや飯食おう」
そう言って部屋を出ようとするとがさごそと音がした。振り返ると犬がクレートから出てこちらを伺って居た。耳をピクピク動かして、つぶらな瞳でこちらをみあげている。小首をかしげるようにしているのがまたあざとい。なぜ、動物は離れようとすると近づくのか。
「お前の分の飯も作って来るから少し待ってろ」
そう言って部屋を出ると、何やらカタカタと部屋から音がしていたがまぁ、暫く好きにやらせとこう。取り敢えず飯だ飯、思い起こせば俺昼抜いてたな。下に降りてカップラーメンにお湯を注ぐと、購入したドッグフードを皿に出した。量ってこんなもんでいいのか?まぁ、若いんだし。多少多めに食っても問題ないだろ。俺は食い過ぎたら病気になるけど等とくだらない事を考えながらカップラーメンとドッグフードを持って犬の部屋に戻る。
「おおい、飯だぞ。って……なんだこの臭い。」
なんかツンとした感じの何処かで嗅いだような。そう、まるで駅の公衆トイレのような。
ああ、こりゃあ、やったな。餌の入ったトレーを置くとケージに近づく、ケージ内に黄色い水溜りが出来ていた。その上に四本足で佇む犬。まぁ、獣だし、子供だし、しょうがないか。トイレは後々覚えさせるとして……
「おい、取り敢えず足と体拭くからこっち来い。あっ!こら逃げるな!」
逃げる子犬を何とか捕まえて小便で汚れた足と腹を部屋においてあったアルコールティッシュで拭いた。……子犬ってアルコールティッシュ大丈夫だよな。まぁ、数カ月放置したせいで結構乾いてたし、大丈夫だよな。
「まぁ、こんなもんか。こりゃワクチンの影響がなくなったら風呂だな。おい、ケージ掃除するからお前はそこで飯食ってろ。ああ、そうだ雑巾取って来ないといかんのか」
そう言って、子犬を餌皿の前に連れて行く。と雑巾を取りに行く。雑巾は確か洗面所にあったよな、階段を降りて洗面所に入り、雑巾を取ってバケツに水を溜めて部屋に戻った。
部屋に戻ると子犬はドッグフードを一心不乱に食べていた。そういえばこいつも久々の飯だったか。元気が無かったのもそのせいかもしれん。可哀想な事したな。
ともあれ、あいつが食べ終わる前にケージ綺麗にしないとな。といっても小便を濡れ雑巾で拭いただけなのでものの10秒で終わった。今回は小だったから良かったが、うんこだと大変だなこれ。
子犬の方を振り返ると俺のカップラーメンが置いてある所までトコトコと歩いていた。まさかあいつ、俺の餌を横取りするつもりか!
「おい、そりゃダメだ。そんなん食ったら腹壊すぞ」
慌てて子犬からカップラーメンを遠ざける。
「お前はそこにあるもん食ってろ。これは人間様の食べ物だからお前は食えないの。わかった?」
分かるはずあるまい。心なしか首傾げてるように見えるし。見れば既に餌皿は空になっていた。子犬は物欲しそうにこちらを見ているが気付かないふりして、俺も伸びたカップラーメンを食べ始める。うん、不味い。グズグズの麺を食べきり、冷めた汁をすすっていると子犬がこちらにも寄ってきた。
「なんだ、やらんぞ。お前はもう食べただろ。さっさとクソして、寝ろ」
俺の言葉など犬ころに理解出来るはずも無く。つぶらな瞳でこちらを見上げるボーダーコリーの子犬。一体こいつは何がしたいんだ。
「一体こいつは何をして欲しいんだ。なんだ?なでればいいのか?てか触っていいのか?こいつ確か雌だったよな触ったらセクハラとか言わないよな。いや、言わないだろうけど。噛まないよな」
取り敢えず、撫でてみた。嫌がって抵抗もしないが喜んだ様子もない。神社の狛犬のように不動である。目はカップラーメンにくぎ付けだった。あ、こいつ膝の上に上がって来やがった。カップラーメンの容器に飛びつこうとしてきたのをすんでの所で阻止。急いでスープを飲み干すと、もう中は空だぞという事を分からせる為に容器の中身を見せつけた。
「ワン!」
犬っころはひと鳴きすると細長いカップ麺の容器に素早く己の鼻をっこんだかと思うと容器内部をペロペロし始めた。
「こいつ、残りカスを!」
犬っころ細長いはカップ麺の容器に鼻をっこんだかと思うとクンクンして容器をペロペロし始めた。しっぽがブンブン振られている所を見るとうまいらしい。
「だから、食うな!」
慌てて子犬から容器を遠ざけるがその時にわずかに残っていた汁が顔にかかった。
「ワン!」
子犬の目線は素早く俺の顔に移って俺に飛びかかると俺の顔(カップ麺の汁)をベロベロ舐めてくる。汚え!
どうにか子犬を引き剥がすと子犬はこちら見て尻尾をブンブン振っていた。
「お前、人間の食べ物の味なんか知っちまって。この先つらいぞ」
なんせ、もう二度と食えないからな……。俺もカップ麺止めるか……。