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おっさん犬を買う

 2人で外出した際、交通事故に会い死亡した妻娘の葬儀も終わり、3カ月経った。


 事故の概要だが歩道を走る自転車に接触した娘がバランスを崩し、車道側を歩いていた妻を巻き込みながら車道に転倒しその直後、2人して跳ね飛ばされたらしい。運転者の男性は直ぐに救急車を呼んだで救護活動にあたったが病院に運ばれて2時間後には妻娘両方の死亡が確認されたとのことだった。


 自転車を運転していた人物もその後に特定ひき逃げで逮捕されたとのことだ。犯人は近所に住まう主婦だった。怖くなって逃げたらしい。


 自転車と車の運転者らの過失割合やら刑事責任については司法に完全にお任せした。

 それらを元にして支払われる賠償金なども決まるそうだが、ただただ虚しかった。 


 ひと月程は完全に抜け殻状態で実家に戻り、仕事も休職していた。というか母親が俺の職場に掛け合ってくれたらしい。事情も事情なのでということで職場も了承してくれたらしく。俺はおかげで今も仕事を失わずにすんでいる。


 ひと月も経てば周りも意外に見えて来る。毎日食っちゃ寝を続ける俺とそんな身の回りの世話をする両親。このままと言うわけには行かない。そう思った。思いたったが吉日と直ぐに仕事に復帰しようとしたが両親からもう少し休めと止められ、さらに職場の上司からもこっちのことは気にしなくていいからと言われて休職して3カ月が経った。実家から持ち家に戻り、流石にそろそろ仕事に復帰したいな等と考えていた時だった。近隣の公園で犬と遊んでいる娘と同じくらいの年齢の少女を見かけた。

 少女がボールを投げると、犬はそれを嬉しそうに追いかけ加えて戻って来る。そんな微笑ましい光景を見ていたら思い出した。


「恵美も犬を飼いたがっていたっけ。なんて犬だっけ。たしかボーナントカだっけ……?」


 娘、恵美からは去年位から犬が欲しいと散々ゴネられていた。最初はダメだと言い聞かせていたが、妻、綾子まで味方につけた恵美。最後には半ば根負けする形ではあるが誕生日とクリスマスプレゼントなしとちゃんと面倒をみることを条件に犬を買う約束をしていた。恵美が可愛いと欲しがっていた犬の写真を見せられたがどうせ家に来るんだしとそれほど興味も無かったのでどんな犬種だったかあまり覚えていない。たしか頭のいい犬種とか運動好き何とか言っていたが……。


 スマホを取り出し、恵美の欲しがっていた犬種を調べてみた。


「えっと、賢い、運動好き、犬種。これで出てくるかな。たしか白と黒の毛色でボから始まる名前だったと思うけど」


 そう言って、恵美の見せてくれた写真と特徴の似た犬を探す。すると、意外にもあっさりとその犬種は見つかった。


「ボーダーコリー。高い知能と運動能力を備え飼い主の指示を理解する能力も高いのでしつけもしやすい。成る程」


 どうやら恵美の欲しがっていた犬はボーダーコリーと言うらしい。今日の日付は11月21日、恵美の誕生日だった。


「そう言えばあの日って犬買いに行くって言ってたっけ?事故の衝撃で忘れてた。本当、こんな事ならもっと早く買ってやればよかった……。確か近くの大型スーパーにペットショップがあったな。まぁ、都合よく恵美の欲しがっていた犬種がいるとは限らんけどいくだけ行って見るか」


 バスに乗り込んで大型スーパーにやってきた俺は中にテナントとして入っているペットショップに入った。犬猫、小動物、水棲生物と幅広く取り扱っている割と大きなショップだった。犬猫の首輪らしき物や餌皿の豊富な品ぞろえに圧倒されながらも犬猫のコーナーへ行った。想像していた獣臭は意外に少なかく愛くるしい犬や猫が狭いショーケース内で過ごしていた。


 犬猫にも個体差はあるらしく、こちらを見つけるなり走り寄ってくるのもいれば興味無さそうに一人遊びをしていたり、どこかオドオドした様子のもいる。


 しかしながら、これが人間なら人身売買になるんだよな。


「まぁ、こんなところに来てる俺が言えたものでも無いけどな」


 娘はもういない。今さら犬なんて買ったところで喜ぶ奴なんて居ないと言うのに……。

 しかし、案外種類が多い。どうする。


「いらっしゃいませ。本日何かお探しの犬種がおありですか?」


 そんなにオドオドしている様に見えただろうか?髪を後ろで縛った若い女性店員が俺に話しかけてきた。


「あ、いや、探してるというか。娘が欲しがっていた犬がどんなものなのかと身に来ただけで……確かボーダーコリーって犬種なんですが。」


 「ああ、ボーダーコリーですか元気で可愛いですよね。うちの店舗にも今居ますよ、こちらです」


 そう言って店員に付き従った先に可愛らしい白黒の毛をした子犬がいた。


「可愛いですね」


 見て思った事を口にした。


「可愛いですよね。買って帰ったら娘さん絶対に喜びますよ」


「ははは……」


 流石に見ず知らずの店員に娘もう居ないんです等と言えず笑って誤魔化す。


「いや、今回は止めておきます。流石に気軽に連れて帰れません」


 俺の返答に見るからに落胆した様子を見せる店員さん。客商売でこんなに感情が表に出て大丈夫なのだろうか。


「そうですか。すいません、この子の行き先が見つかるかもしれないと思ったらつい……あ、よかったら抱っこしてみますか?」


 グイグイくるなこの人、抱っこなんかしたら絆されそうだ。多分この店員さんもそれを狙ってるんだろうけど。


「いえ、やめときます。しかしこの犬、生後7カ月って書いてありますけど他の子と比べると随分とここに居るんですね」 


 俺の何気ない一言に店員さんは答えてくれた。


「ええ、生後3カ月の頃までにだいたいは売れるんですけど、稀に中々飼い主さんが見つからなくてこうして残っちゃう子も居るんです。こっちも値段を下げて何とか買ってもらおうと頑張ってるんですけどやっぱり子犬を好まれるお客様が多いですね。この子も一度は買い手がついたんですけど、キャンセルになってしまってそれでズルズルここまで……」


 一度買い手がついた?キャンセル?


「それって、3ヶ月ほど前のお話でしょうか?」


 俺の問いかけに訝しがりながらも店員さんは異なる。


「ええ、この子が4ヶ月になるかどうかの時期だったのでそのくらいだったと思います」


戸惑いながらも女性店員が断る。


「そのキャンセルした客の名前覚えてますか?」


 俺のその問に若干のけぞりながら女性が答える。


「申し訳ありません。個人情報なのでその問にはお答えできません」


 そうか。そりゃそうだ。落ち着け俺。


「そのお客、進藤綾子とという名前じゃないでしょうか。」


「えっとどうでしたかね。ちょっと確認して来ます」


 そう言って奥に引っ込んた女性店員。明らかにドン引きしていた。暫く待っていると、年配の男性店員同伴でこちらに来た。

 俺の前まで来ると、男性店員が俺に行った。


「店長の村上と申します。申し訳ないのですが、先ほどこちらの花咲が申した通りお客様の情報は個人情報なので第三者にはお教え出来ない規則となっております」


「妻です」


「え?」


「先ほど上げた名前は私、進藤孝太郎の妻の名です。3カ月前に娘と犬を買いに行くと言っていました。その日に事故で2人とも……葬儀などてバタバタして有耶無耶になってしまいましたが、もしかしたら事前に妻から取り置き等のお願いがあったのではないでしょうか?間違っていたらそれ以上は聞きません。この日妻が来るはずだったのがどうかだけ教えていただけないでしょうか」


 暫く、考えた様子の店長だったがやがて口を開く。


「そうですか。そんな事が……ええ、3ヶ月前の予約表を確認した所、奥さんの名前で予約が入っておりました。内金も頂いておりますので、1週間ほど連絡を取ろうとしてみたのですが、そうですかそのようなことになっていたのですね」


 そうか、あの日この犬は家に来るはずだったのかなんというか。


「ははは。あの、やっぱりこの子連れて帰ります」


こうして俺はこの日、犬を買った。


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