1 役割
君たちは役割を信じるだろうか?人には役割が振られていてその役割以上のことはできない。そんなものは信じていないかったが、今はそう思ってしまう。
俺の実家はいわゆる寺である。跡取りを常に渇望していて、寺の長男に生まれた暁には自宗派の仏教系の大学に入れられて仏教学を修了する正統な後継者として育成される。
無論俺がスポーツ選手になりたかろうが、おにぎり屋さんを営みたかろうが関係のない話である。俺の役割は生まれた瞬間に決まっており、地域に根差した寺で葬儀や報恩講などの行事を行う。
一方で女しか跡取りがいない寺は大変だ。寺の住持ではなくその息女がだ。
エゴイスティックにも寺院出身の生徒の多い宗教系の大学にいれされて男漁りをさせられるのだ。大学へ送り出されるときの声は狂っている。
「おい幸子(仮)!!!!絶対に男つくってかえってこい!!!絶対にだ!!!」
親心としては娘が変な男を連れてこないことを願うべきだ。しかしながら跡取り問題に懊悩している住持はなりふり構わってなどいない。それほど跡取りというのは昨今捕まえにくいのである。ただ全員に当てはまるわけではないが、歴史的に地域で強い勢力を誇った寺院の子どもはだいたい顔がいいのである。根拠のない俗説によると地域でトップな見た目の女を妻として迎えていたからとされている。確かに自分で言うのもなんだが大学にいる金持ちそうな奴はだいたい顔がいい。
雑にまとめると「我々」寺の跡取りは牽強附会な役割を押し付けられるのであるという暴論を唱えたいのだ。
もちろん不幸なことばかりではない。なぜなら寺出身である人は人並み以上に(高級車と普通車2台持ちできるレベルで)金は持っている。金は最高である。
さておき、俺は今大学院生だ。この進路を矛盾だと感じたかもしれない。なぜ貴様は寺に関することに従事していないのか。答えは簡単である。俺は思春期に来るはずの反抗期が今になってきたのである。父母は俺を甘やかして育てがゆえにファザコンであり、マザコンである。しかし、寺の跡継ぎに関することだけは性格が変貌していた。
俺は寺の跡を継ぎたくない気持ちが圧倒的に勝利してしまって、別に勉強したくもない宗教学・仏教史を日夜研究する大学院生をしている。もちろん自分の好きなことをするためだ。とはいっても家でRPGをしながらファンタジーな世界に想いを馳せる遅れた中二病患者であることは言うまでもない。ラノベなんて大好物だ。その自由な生活を手放さないように、私は寺の跡取りという役割を放棄するために、親には「古文書を読めるようになるため」とかいう嘘もいいところな言い分で大学院に通っている。つまり、ありもしない自分とは別の役割を自分に付与し、投影し、そこから逃避行をつづけているのである。自分とは別の人になるために。
ところで俺は今古文書を読むために実家へ帰省しているのである。はぐらかそうと思った俺の悪あがきは何も意味がなかった。何やら自治体で史料調査を当寺院で行うらしく。「お前も勉強しているのだから」という絶対に断れない理由で招致されているのである。
俺はミミズが嫌いだ。昔に口へ入れられたことがあるから。
実家を入ると身長190、体重110キロの巨漢が玄関にたっていた。相撲取りでもなければ、柔術家でもない。正真正銘私の父龍原隆明である。
申し遅れましたが、私の名前は龍原護、25歳大学院生である。
「護ぅよく帰ってきたな。」
ドスの利いた声が玄関を響いた。自分の周囲では「チンピラ親父」と呼ばれていたことは墓までもっていくつもりである。
「親父が無理やりこっちへ寄こしたんだろ。俺は広島のことなんて興味ないぞ。」
「ちょっと都会の京都へ息子を住ませたら、京都人仕込みの皮肉まで覚えて帰ってきよったで。わしにあえてうれしいやろうが?あ???」
親父の「あ???」には悪意がないが、対面した人には恐ろしい人物として見えるに違いない。でもこれは癖のようなものだ。親父に悪気はないが如何せん怖いし慣れない。ただ俺の怪訝な顔にむかついたのはあるだろう。
「京都人の皮肉はもっと残酷だよ。心臓に直接剣山を投げられたぐらい痛いよ。」
「死んだほうがましってことかいな?」
「まぁ時にはね。」
親父はやれやれと呆れを浮かべながら居間へと俺を導いた。ひと眠りして俺は一人で倉にこもった。
はずだった。当初の予定通り寺の倉で文書の整理していた。俺は光とともに何も動かせなくなった。金縛りとはどうやら違う。どちらかというと力がない。
暗転後も変化はなかった。光は見えているだけ、俺はただオギャーという言葉を口にする以外行動が制限されていた。
困惑だ。生涯この経験をする人物が何人いるのだろうか。しかも目の前には中世の女らしきコスプレイヤーがたくさんいた。いや本当にコスプレなのだろうか?そもそも広島の中央とはいえ寺にコスプレヤーなどいるものだろうか?しかも巫女という恰好ではなかった。ひとまず、今は状況把握が全くできない。いやできないのである。