第8話
「その……やっぱり、これを受け取ることはできません」
「いいんだよ。このお金は、イリーナに受け取って欲しいんだ」
カウンターの上に、堆く積み上がった札束を前にして、アッシュはそう言った。ボギー一味を引き渡すことで得た賞金の大半を、アッシュはイリーナに渡そうとしていた。
「その代わりと言っては何だけど、一つ頼みがあってね」
「頼み……ですか?」
イリーナの呟きに、アッシュは肯く。
「このお金を使って、宿酒場を立て直して欲しい。二人の遺志を、イリーナに継いで欲しいんだ」
「二人の……。父さんと、母さんの遺志……」
「ああ。この店をかつてのように、賞金稼ぎ達で賑わう立派なお店にするんだ」
不安そうな表情を浮かべるイリーナの肩に手を乗せ、アッシュは励ますように軽く叩く。
「大丈夫。あの二人の娘である君なら、きっとやれるさ。ダンだって、君の頼みなら快く協力してくれるはずだよ」
「アッシュさんは……これから、どうするんですか?」
イリーナの問いに、アッシュはじっと黙りこくる。帽子を目深く被り、ためらいがちに口を開いた。
「俺は……」
「まさかこのまま、出ていくとか言わねぇだろうな?」
「ダ、ダン!?」
背後から現れたダンがアッシュに依りかかり、頭を小脇に抱えた。すでに飲んでいるのか、赤ら顔の据わった目でアッシュをやぶ睨みしている。
「ダンさん! もう、また昼間からそんなに飲んで……」
「俺にはやるべきことがあってね。ここには偶然、立ち寄っただけなんだよ。悪いけど……あだだだだだっ!!」
ダンは押さえ込んだ腕に力を込め、頭に握り拳をぐりぐりと押しつける。
「俺とイリーナの二人だけで、どうやってこの店を立て直せってんだ! おいしいとこだけ持ってって、自分はそのまま退散するつもりかよ。流石にそいつはあんまりってもんじゃねぇのか?」
ダンはヘッドロックを解くと、にやりと笑いながらアッシュに向かって問いかけた。
「それとも何か? 責任をきちんと取るって言ってた、お前の言葉は嘘だったのか?」
「わたしからもお願いします。アッシュさんも、お店の立て直しに力を貸してくれませんか?」
ダンとイリーナの顔を交互に見て、アッシュが逡巡する。肩をすくめ、苦笑いを浮かべて言った。
「……わかったよ、俺の負けだ。しばらくはこの町に、残ることにする」
「アッシュさん!」
イリーナの顔がぱっと明るくなる。
「決まりだな。これからよろしく頼むぜ。相棒」
ダンの差しだした握り拳に、アッシュは軽く拳を合わせた。