最終試験(1)
異世界に住む怪物「魔物」
魔物は異世界より私達の世界に現れ人間を襲い、捕食する。
奴らの多くはこの世の物理法則では説明できない超常の力「改変能力」を使う為、通常の兵器では太刀打ちできない。
これに対抗できるのは、同じく「改変能力」を使う人間のみ。
2022年 3月23日
暗幕に覆われた空の下、川北珠洲はとある廃墟を訪れていた。
ここは市街地の外れにある丘の上、幸いな事に街灯はまだ生きているようで、暗がりの中でも僅かではあるが周囲のものを見渡すことができる。
珠洲は目の前の廃墟を仰ぎ見る。
建物は3層からなる横幅が広い外観をしている。
よく見ると外壁などが一部崩れており、鉄筋部分が剥き出しになっている箇所もある。
崩壊の跡は特に3階部分が顕著であり、場所によっては外部から中の様子が覗けてしまう程だ。
彼女の師匠曰く、元はとある私立高校の旧校舎だったそうだが、こうなってしまっては見る影も無い。
廃墟の周囲にはぽつんとベンチが一つ据えられているのみであり、それ以外は草木が生い茂るのみの味気ない景色が広がっている。
この場には珠洲以外、人の気配を感じない。
どうやら、彼女を呼び出した人物はまだ到着していないようだ。
現在時刻は夜の8時40分、約束の時間は既に10分程過ぎている。
「またか……」
思わず溜息が出てしまう。
珠洲は上着のポケットから、一枚の付箋を取り出し、街灯の明かりに掲げる。
今朝、起床時の珠洲の額にこれが貼ってあった。
付箋にはこう書かれていた
今夜、卒業試験をします。
夜の8時半に町外れの廃墟へ集合
頑張っていこ~‼
byくまの
これを貼った人物は「生神熊野」
珠洲の師匠であり、彼女に能力者としての生き方を示してくれた女性だ。
この3年間、珠洲は彼女の元で見習いとして魔物との戦い方を学んできた。
付箋に書かれていた内容が本当なら、今夜は卒業試験、つまり珠洲が「アヴニール」の一員に相応しい人物であるかが試される訳である。
「……やっとだ」
この試験に合格すれば、珠洲はようやく独り立ちができる。
その為の3年間だった。
全てはヤツを殺す為……
「珠洲ちゃんごめーん‼遅くなっちゃった‼」
背後からの声で我に返る。
この琴の音のような声には覚えがあった。
振り返ってみると、長身の女性が珠洲の方へと走って来ているのが見える。
女性はパーカーに黒いレザージャケットという出で立ちだ。
髪型は黒のセミロング、所々に白のメッシュが入っており、相反する色同士が絶妙なコントラストを生んでいる。
さらに特筆すべきはその容姿だ。
中性的で、一凛の花を思わせる可憐さをした宿した美しい風貌。
その姿は、まるで童話のお姫様が現実に降り立ったようだ。
「ごめんね、道に迷っちゃった」
生神熊野は珠洲の元へ辿り着くなり、左右の手の平を顔の前で合わせて謝罪の意を示す。
熊野は生粋の方向音痴だ。
その為、今日のように待ち合わせに遅れてしまう事がしばしばある。
「別にいいさ。それより、試験をさっさと始めてくれ」
「まぁまぁそう焦らずに、とりあえず事前説明を聞いてよ」
よっこらしょ、っと加賀はベンチに腰掛ける。
珠洲は加賀が毎度行うこういった仕草が、妙に年寄り臭いと思った。
しかし齢26歳の女性に対し、そんな事は決して言ってはならない。
以前、思わず口が滑ってしまい、三日三晩この世の地獄を味わったトラウマが脳裏によみがえる。
「事前に通知した通り、これは珠洲ちゃんが「アヴニール」に入る為の最終試験。そこの廃校にうちで捕獲した「魔物」を一体閉じ込めてある。私はここでサポートをするから、珠洲ちゃんは一人でそいつを倒して。できれば合格。ちなみに制限時間は3時間、もしそれを過ぎてしまったり、私が続行不可と判断した場合には不合格だから気を付けてね。何か質問は?」
「能力の制限は?」
「基本的には抑えて使いなさい。でないと今後使い物にならないでしょ」
「わかった」
珠洲はくるりと背を向け、廃校の昇降口へ向かって歩き出す。
「あ、そうだ。珠洲ちゃん、ちょっと待って!!」
思い立ったように、熊野は珠洲を引き止める。
珠洲は足を止め熊野の方へと振り返る。
「何か言い忘れか?」
「いや、事務的な事は何も無いんだけどさ・・・・・・」
「・・・・・・ん?」
熊野は何かを言おうか言うまいか考えあぐねているようだった。
二人の間にしばしの沈黙が流れる。
やがて熊野は意を決したように、その胸の内を吐露する。
「死ぬなよ」
「当然」
そう言って珠洲は、踵を返して進みだす。
時刻は夜の9時、彼女にとって試練の夜が始まった。