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99. 永遠の二人

 教官が逝ってしまう!そんなのはダメ。ようやくここまで来たのに。あと少しなのに。

 もう少しだけ頑張ってよ。己の弱さを受け入れて!


 完璧じゃないのが人間。だから努力をするの。教官には、まだ生きて学ぶ機会が残されている。ここで逃げなければ、きっと違う世界が拓ける!


「お姉様、魔力を入れて!覚えているでしょう?屋敷でやったように、魔力で教官に呼びかけるの!まだ間に合うわっ」


 お姉様はすぐに両手を教官の胸に当て、静かにゆっくりと魔力を流し始める。魔力は弱くても、お姉様は一流の魔術師。こういうときにでも、精神を集中させることはできる。


「諦めないわ。絶対に教官を呼び戻す!きっと何かいい方法が……」


 そのとき、ポケットの中でカチっと音がした。すっかり忘れていたけれど、私は魔石を持っていたんだった。おばば様に魔力を入れてもらったもの。


「これよ!これを使えば……」


 私は魔石を握り締めて、そう叫んだ。


 おばば様とフローレスお姉様。教官が頭の上がらない二人の女性。その二人の魔力が呼びかければ、教官はきっと観念して戻ってくる!


「お姉様、これを握って。ここから魔力を自分の体を通して、教官に流すの!この間、私がお姉様の魔力を乗せたいみたいに。できる?」


 黙って頷いていてから、お姉様は魔石を一つ手に取った。おばば様の魔力はお姉様には強すぎる。うまく流さなければ、強く反発してしまう。


 そんな私の心配をよそに、お姉様はゆっくりと少しずつ、温かい魔力を流していく。まるで赤ちゃんに謡って聞かせるように、やわらかい魔力で語りかける。


 お姉様は大切なことを知っている。魔力は神の恵み。奪うのではなく、与えるために授かった祝福。それが分かっていれば、魔力に拒絶されるなんてことはないんだ。


 この世はすべて、与えられたもの。その事実に感謝して、大事に育んでいくことができれば、私たちは見捨てられたりしない。何度でも、やり直すチャンスを与えられる。


 教官の頬に赤みが差す。顔に生気が戻ってくる。肌から体温が感じられ、まぶたが痙攣するように動く。


「レイ!教官が!」


 私の叫びを聞いて、レイが側に駆け寄る。教官の唇が青からピンクに変わり、呼吸をするような胸の動きが始まる。


「いいぞ!蘇生した。治癒魔法を!」

「お姉様は手を握ってあげて。そのまま、魔力を流し続けるの!」


 レイが教官の胸から治癒魔法を入れ、お姉様は手を教官の手を握ってそれを励ます。もう大丈夫。教官はきっと助かる!私はテーブルに魔石を置いて、そっと部屋を出た。


 キッチンで食べ物や飲み物を調達して戻ると、教官はベッドに寝かされていた。お姉様は椅子に座って、教官の手を握っている。

 レイはその側に立って、教官の様子を見つめていた。床には空になった魔石が数個転がっている。


「もう大丈夫だ。助かる」

「でも、まだ魔力も体力も。回復薬ならここに……」

「賢者殿の魔力を吸い尽くしたんだ。まったく師匠は底なしだ」


 そう言って笑うレイの目には、光るものが浮かんでいた。教官を救うこと。それをずっと望んできたレイ。今ようやく、その願いが叶った。


「ありがとう。何もかも、あなたたちのおかげよ」


 お姉様も涙をポロポロと流している。ずっと離れ離れだったお姉様と教官。ようやく一緒にいられる!もう、誰も二人を引き裂くものはない。


「水を……」


 教官が目を覚ました!急いで水を入れたコップを持っていくと、お姉様はそれを口に含んで、そっと口移しで教官に飲ませた。教官はおいしそうに喉を鳴らして、それを飲み干す。


「フローレス、無事か?ヘカティアは?」


 教官がそう尋ねると、お姉様は細い指で教官の前髪を払うようにして、おでこに白い手を滑らせた。溢れんばかりの笑顔を浮かべて。


「賢者様が預かってくれているの。なんの心配もないわ」

「そうか、よかった」


 教官はそう言ったきり、安心したように目を閉じた。静かな寝息が聞こえる。今は絶対安静が必要だ。


「お姉様、しばらくはここに隠れてて。おばば様がヘカティアを連れてくるまで。キッチンにも貯蔵庫にも、食料も飲み物も潤沢にあるから」

「わかったわ。セシルはどうするの?隣国の様子は……」


 忘れてた!私はテロの直後に、アレクの王宮を抜けだしてきたんだった。

 あの国に私がいないと分かれば、いろいろと問題になる。特にお父様に知られたら、教官のことを嗅ぎ付けられるかもしれない。


「もう戻るわ。アレクも心配している……かもしれないし?」


 テロ発生から、もうずいぶん経過している。もうすぐ夜明けだ。あまりにいろいろなことがあったので、アレクたちのことは頭からすっかり抜け落ちていた。


 宿命の巫女と運命の恋人。クララがアレクと生きる道を選んだなら、今頃二人はラブラブ……と言いたいところだけど、どうせ進展なしだろう。


 テロからの復旧や、外国からの支援対応、国際社会への訴え。やることは山ほどあるはずなのに、ほっぽり投げてきてしまった。婚約者が聞いてあきれるわね。

 って、あれ?よく考えたら、婚約宣言の前にテロが起こった。つまり、私はまだアレクの婚約者じゃなく、ただの来賓じゃないの!


「俺が送っていきます。任せてください」

「レイがいるなら安心だわ。セシルのこと、お願いね」

「ちょっと待って、着替えたいわ」


 清浄魔法で身を清めた後、私たちは衣服を替えた。レイは魔術師の正装。私はレイが選んだ白い簡易ドレスに。


 ひとまず教官のことはお姉様に託して、私たちはおばば様の家の外に出た。水平線から太陽が昇るところだ。新しい一日が始まる。


「隣国に飛ぶの?」

「いや、その前に寄るところがある」


 レイは私の腰に腕を回して、転移魔法を使った。どこに行くとも言わずに。もっとも、言うより早くそこに到着してしまったのだけれど。


 それは、レイの故郷。あの羊とかもめの最西端の村だった。

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― 新着の感想 ―
[一言]  懸案の2人が片付きましたね!  さて、時間経過からすると、アレクの方は片付けがだいぶ捗っていそうだけど…。
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