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97. 無敵な助っ人

「おばば様!どうしてここに?」

「そりゃ、あんな映像(もん)を見せられちゃのう」


 稀代の魔術師。最後の賢者。おばば様が、レイの空間投影を見逃すはずはない。あれを見て、ここまで来てくれたんだ。


「賢者殿。力をお貸しください」

「最初から、そのつもりじゃろ?近頃の若いもんは、ちゃっかりしちょるわ」


 言葉とは裏腹に、おばば様は嬉しそうだ。でも、賢者が世の争いごとに手を貸すのは、ご法度じゃ?


「いいの?賢者は歴史の傍観者じゃ……」

「巫女の道は定まった。シャザードは死んだ。宿命にはもう干渉できんし、この世にいないものを助けたところでのう。掟に反するとは、誰も言えまいぞ」

「え、それって屁理屈……」


 唖然とする私を見て、おばば様はパチッとウィンクをした。まさか、オチャメで誤魔化そうと?


「ま、この際じゃ。堅いこと言いなさんな」


 いい加減!それなら、もっと早く助けてくれればよかったのに。

 賢者なんて、本当に食えない人種だわ。見ているだけで何もしない。正に、この世の道化師!


 でも、頼れる人がいるのはありがたい。時間がたてば、北方も体勢を立て直す。勝てば正義とばかりに、闇雲に攻め込んでくるかもしれない。


「レイよ。シャザードには、わしの分魂を入れようぞ。仮の中身じゃが、異次元に飛べる条件だけは揃えられる。だぞも、心せよ。所詮は偽造、長くは持たん」

「必ず、師匠の魂を戻してみせます。この御恩は……」

「ええから、もう行け。こちらの心配はせんでいい」


 おばば様が人差し指をピンと伸ばすと、レイも教官も一瞬にして消えた。


「おばば様!レイを異次元に送ったの?」

「いや、島に移動させただけじゃ。あそこなら、誰にも見つからん。今のわしは半魂じゃ。賢者の術は使えんよ」


 そうだった。不完全な魂では、賢者の秘事は扱えない。今のおばば様は、賢者じゃなくただ魔術師……って、そうか。だから、私たちに手を貸していいってわけだ。


「やっぱり、おばば様は賢いわ。さすが賢者ね」

「ずる賢さは、人の知恵じゃ。神が手を焼いている性質じゃよ」


 なるほど。確かに、おばば様は人類の叡智というよりも、悪ガキという感じ。神様も、賢者はもういらないと思っているかも。


 とにかく、今はやることがある。お姉様を教官の元に連れ戻す。お姉様の魔力が、教官をきっと死地から呼び戻せる。

 教官に生きる希望を与えられるのは、この世でお姉様だけ。


「辺境へ飛ぶぞ。フローレス王女とその娘を保護する」

「おばば様。北方は魔薬を使うの。二人は正気じゃないかもしれない。シャザードの解除魔法がないと……」

「北方も驕ったのう。解除反応魔力を入れた薬なら、魔力の元が消えれば無効じゃ」

「え、じゃあ、効力は消えたってこと?」

「おそらくの。魔術師らの離反が、その証明となろう」


 私はポケットから、数個の魔石を取り出した。シャザードとの対戦で、魔力は使いつくして空っぽだ。


「おばば様。魔石に魔力を入れられる?」

「ほう。いい弁当箱じゃな。便利なものを作ったものよ」


 おばば様は魔石を検分しながら、たっぷり魔力を蓄えてくれた。その間に、私は着替えを済ませる。

 お姉様を救いに行くのに、こんな派手なドレスでは動けない。私は魔法戦用のカチッとした服を身に着ける。


「用意はいいか。さあ、飛ぶぞ!」


 魔石を魔力遮断袋に入れると同時に、おばば様がそう言った。そして、次の瞬間にはもう、私たちは大きな天幕の前にいた。中から話し声が聞こえる。


「この国は終わりだ。闇にまぎれて逃げなさい」

「貴方様を置いてはいけません。逃げるならご一緒に!」

「私には元首としての責がある。この不始末の結論を見届けねば……」

「そんな!貴方様は利用されただけなのに」


 お姉様の声。ここは辺境の北方軍本陣。その最奥にある……元首の天幕の前だ!


 遠くに上がる火の手。兵士たちのわめき声と、走り回る足音。シャザードを失った北方軍は、混乱を極めている。

 おそらく、魔薬が切れて、魔力ある者の離反が相次いでいるんだろう。こうなったら、もう統率するのは難しい。


 いわば大将の天幕なのに、警護をする兵士もいない。すでに北方軍は、お飾りの元首を見捨てて、好き勝手な行動に出ている。

 たぶん将軍でさえも、もう自分の命を守ることしか考えていない。


「お姉様。迎えに来たわ!無事でよかった」

「セシル!どうしてここに?」


 天幕に飛び込むと、相変わらず美しいお姉様の姿があった。


「詳しい話は後で。教官が危険なの。お姉様の力が必要なのよ!」

「シャザード様?でも、彼は死んだって……」


 お姉様の瞳に影が差す。レイが流した映像が伝わっているんだ。


 お姉様は、シャザードが教官じゃないと知っている。教官がこの世に存在しないことも。

 それでも、教官の体が滅びることを、平気で見ていられるわけがない。愛する男の一部であっても、それはその人自身なのだから。


「死んだのは、黒魔術師よ。教官は戻ってくる。でも、生死の淵をさまよっているの。お姉様の力が必要なのよ!」


 私がそう畳み掛けると、トリスタン元首も口添えしてくれた。ずいぶんとやつれてはいるけれど、以前に会ったときの美貌とカリスマ性は失っていない。


「聞いたろう。セシル殿と一緒に出なさい。ここは私に任せて」

「そんな……。貴方様を見捨てて行くなんて。殺されてしまうかもしれないのに!」

「フローレス、君の献身はもう十分だ。ヘカティアのことを考えなさい。ここは危険なんだよ。逃げなければ」


 お姉様とトリスタン元首は、この北方で生き残るための戦友だった。お姉様に魔薬を使わせないために、きっと元首が払った犠牲は大きい。そんな元首を置いていくなんて、優しいお姉様には酷なこと。


「おやおや。聞きしに勝るええ男じゃないか。惚れてしまうのう」


 その場にそぐわない明るい声を出したのは、のんびり天幕に入って来たおばば様だった。

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― 新着の感想 ―
[一言]  逃げるのが嫌なら、「捕らえて連行」すればいいのです♪
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