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95. 読めないシナリオ

 北方の兵士と騎士たちが、激しい戦いを続けている。私たちとシャザードの間で、交わる剣が高い金属音を鳴らし、オレンジ色の火花を散らす。


『なぜこんなことをする。お前なら魔法で彼らを排除できるだろう』


 アレクは背後に私をかばいながら、シャザードに魔伝(テレパス)を送る。


 教官なら、こんな風に部下を戦わせて、無駄な命を散らすようなことはしない。彼が残忍だといわれたのは、高度攻撃魔法で一気に戦いを終わらせるから。それはつまり、最低限の犠牲しか払わないということ。


『こいつらは手柄がほしい。俗世の富など取るに足らぬものなのに』


 シャザードは教官じゃない。レイが言っていたのは、こういうことだったんだ。教官の私欲があの男を招きいれ、その体を乗っ取らせた。

 じゃあ、この男の魂がこの体から出ていけば?教官は戻ってくることができる?魂が体を離れるのは、死んで幽世に行くときだけ。その状況が作り出せれば……。


 アレクが魔法を発動させた。稲妻のような黄金の光。周囲で戦っていた者たち全員が弾き飛ばされた。


「ほう?面白いことをするな。自分の部下もろともか」


 魔法戦の巻き添えにならないように。アレクは数時間気絶する程度の攻撃を、無差別に放った。シャザードと一騎打ちに持っていくつもりで。


「お前の狙いは私だろう?私を殺せば済む話だ。余計な時間をかける必要はない」

「ふん、まあいいだろう。いかにも王族らしい自己犠牲の精神は悪くない」


 シャザードが不気味な笑みを浮かべる。


 自己犠牲。アレクの行動の意味が分かるの?そう判断したのは、教官の心が少しでも残っているから?

 もしそうなら、まだ望みはあるかもしれない。この男を追い出して、教官の魂を戻す!

 レイはきっと、その可能性に気が付いていたんだ。だから、きっとそれに賭けた。


「レイは、レイはどうなったの?生きているの?教えて!」

「おやおや。自分の命が危ういというときに、男の心配か。王女様も所詮は女だな」


 シャザードを倒して、教官を救うことができるのはレイだけ。この舞台に欠けている役者は、道化師。彼がいなければ、どんな展開であっても終焉を迎えることができない。


「お願い!教えて!レイのことを知っているんでしょう?」


 レイもきっと、私と同じことを考えたはず。シャザードの中に、まだ教官の一部が残っているなら、きっとその心に訴えた。もしもそれが届いたなら、レイはきっと生きている。教官がレイを殺せるはずがない。


 思わず一歩前に出た私を、アレクが腕で止めた。いけない。レイのことになると、私は見境がなくなってしまう。

 そんな私に、シャザードは訝しそうな目を向けただけだった。レイの名前を聞いても、特に感情を揺さぶられた風もない。


「あいつは愚かな男だ。素直に投降すれば、いい駒になったものを。たかだか女のために」


 悲鳴を上げるところだった。ローブを掴む手が、小刻みに震える。レイは死んだっていうことなの?そんなこと……!


 言いようのない絶望と悲しみが、心を支配する。許さない。絶対に許さない!教官だけじゃなく、レイまでも!


 悪魔に魂を売り渡した男!黒魔術師。この男を倒さなければ、今世もやがて破滅に向かっていく。

 刺し違えてでも、この男に一矢報いてやる!私はそっと、ガーターベルトの留め金をはずした。


「セシル、落ち着け。今はレイのことは考えるな」


 怒りに任せてシャザードを攻撃すれば、反転魔法を受ける。これはシャザードの陽動作戦かもしれない。誘いに乗ってはいけない。

 私たちは、二人の魔力を合わせてもシャザードと互角にはならない。力ではなく、隙を突いて戦うしか勝ち目はない。アレクはそう言ってるんだ。


 私は深呼吸をして、負の感情を抑えた。精神の揺らぎを止めて、冷静にならなくちゃいけない。

 シャザードに勝つまで生き残る。ここで勝てないなら、逃げて機会を待つ必要がある。そのためにも魔石を使いきってはダメ。無駄撃ちをすべきじゃない。


 私が後ろに下がったと同時に、アレクが前に進み出た。


「来い!私が相手だ!」


 アレクがそう言い終わるか終わらないかのうちに、シャザードから攻撃魔法が展開された。こちらからも迎撃魔法は発動しているけれど、圧倒的な魔力差だった。

 アレクの魔力ですら、防御するだけしかできないなんて。このままでは、やがて魔力を使い切ってしまう。どうすれば、シャザードに隙を作れる?


 絶望の影が差し始めたとき、遠くに微かな魔力を感じた。この魔力は……!


 その気配に気が付いたのは、私だけじゃない。アレクも、もちろんシャザードも。一体なぜ?どうしてここに?


 宿命の鎖で縛られた、私たち運命の輪。すべての歯車が噛み合って、今、回り始める。その動きは、もう止めることはできない。


 私たちは最終決戦に向けて、先の見えないシナリオを演じる覚悟をした。この壮大な舞台に、主役の不在は許されない。抗うことのできない脚本家の力。


 この命をかけた最終幕に登場したのは、道化師じゃない。それはこの世界の主役。誰でもない宿命の乙女、クララだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  シナリオにないヒロインの登壇! なるほど、最終決戦!
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