94. 記憶の覚醒
レイだと思った。でも違う。これはレイの魔力じゃない。レイに似せた魔力と、レイの結界の魔力の微妙なズレが、この会場に漂っていた歪みの正体だ。
こんな模倣魔法ができるのはシャザードだけ!この会場に、シャザードがいる!
そのとき、空気が唸るように鳴いた。会場のいたるところから、いくつもの火柱のような光の帯が、ドーム状の天井へと駆け上がる。
シャザードの炎の魔法陣!こんなにたくさん、レイの結界の下に隠すように仕掛けられていたんだ!まさか、こんな力技で来るなんて!
炎の柱は、内側から爆発したかのように、ドーム上の天井ガラスを突き破る。大きな爆発音とともに、落ちてくる瓦礫に人々の悲鳴が上がる。
なんて破壊力。これだけの魔力を使ってでも、シャザードが手に入れたいもの。それは宿命の巫女!
逃げ惑う人々で、会場はパニック状態だった。私の侍女たちは、ローランドに先導させて会場から逃がした。誰も死なせない。みなで生き残るの。
それには、宿命の巫女の命を守らないと。クララは無事?彼女の状況を知る方法は一つだけ。カイルと魔力を共鳴させて、その心の声を聞くこと!
私は目をつぶって深い呼吸を繰り返す。落ち着いて。落ち着くの。カイルに意識を集中させて。一族の血が呼び合えば、カイルの声が聞こえるはず。
『何の用だ』
カイルの声が聞こえた!不穏な空気と不安定な感情を感じる。危険が迫ってるんた。
『久しぶりだな。こんなところにいたのか』
シャザード!でも、なぜ声が聞こえたの?共鳴するのは血族の魔力だけ。教官と私に血縁はないのに。
『この娘は関係ない。解放してくれ』
『関係ない?戯言だな。果樹園で見たときにすぐに分かった。この女は宿命の巫女だ』
『よせ!こいつは何も知らないんだ!』
体の中で何がが弾けた。目の前に『真実の愛』の世界が押し寄せる。あれは私たちの前世の話!生まれ変わる前の戦いの記憶。巫女は死んで神の恩恵を失った。そして、我が王家は滅びたのだ。
シャザードに取り憑いた黒魔術師は、前世では私の血族だった。その魔力がこうして共鳴している!だから、彼の声が聞こえるんだ!
クララが危ない!巫女をシャザードに渡すわけにはいかない。この世界の行く末をも、ねじ曲げてしまう力。破滅へと向かう未来。
アレクもカイルも、崩壊した天井を支えるシールドに魔力を使っている。クララを保護する余裕はない。彼女の位置さえ特定できれば、私でもピンポイントで結界が張れる。でも、どうやって……。
そうだ!アレクの魔力を辿ればいい。クララが身に着けているアクセサリー。その周辺だけを結界の闇で包む。一か八か。やってみるしかない。
ありったけの魔力を、ある一点に集中させて結界を張る。
『……セシルか。姑息なことを』
シャザードの声が聞こえた。成功だ!シャザードの目からクララを隠せた。これでなんとかクララが逃げてくれれば……。
『同じ間違いを繰り返す気か!人間の分を越えれば、それは破滅に向かうだけだ』
『今度はうまくいく。実際、巫女はこうして何度でも生まれ変わる』
『その度にこうやって、争いで多くの血を流すのか!悪魔に魂を売って!』
『お前に用はない。巫女を逃がすものか』
教官の魂をはじき出して、残った欲にとりついた黒魔術師。教官を乗っ取ったモノ。それがシャザードの体を支配している。
「セシル!こっちへ!」
アレクの声で、現実に引き戻された。防御魔法陣へ入ったとき、頭上に留まっていた落下物が左右の壁に打ち付けられた。壁にかけられた絵画ごと、ガラガラとなだれ落ちる。
シャザードの力で、シールドが内側から破壊されたんだ。魔術師たちは跳ね返った魔力に撃たれ、次々と倒れていく。
カイルの魔力も消えてしまった。シャザードの反転魔法の衝撃を、まともに受けたんだろう。今はもう生死も知れない。
シャザードの殺気を感じる。凄まじい魔力。クララを奪うために、私たちを殺す気だ。
周囲から、北方の兵士たちが襲いかかってきた。魔法陣の中にいたアレクは、騎士たちに加勢しようと剣に手をかける。
「アレク、待って」
激しい戦闘が繰り広げられる中、こちらに向かってゆっくりと歩いてくる男がいる。黒いローブを着た男は、フードで顔を隠していた。そして、私たちの前でピタリと歩を止める。
「シャザードか」
アレクの声に反応して、シャザードは不敵な笑みを浮かべた。そして、ゆっくりとフードを脱ぐ。
「殿下、再びのご拝謁を賜り、恐悦至極に存じ上げます」
このお辞儀の仕方。右手を胸にあて、左腕を水平に横に出す。これは前世の宮廷挨拶。この世界には存在しないもの。やっぱり、この男は教官じゃないんだ!
教官の魂でシャザードの中に残っているは、お姉様への深すぎた愛ゆえの執着。その私欲を、この黒魔術師に利用されただけなんだ。
「北方の望みは何だ。魔薬の実験体か」
「いいえ。そのお命です」
「どちらにせよ、渡すことはできない」
「では、奪うのみ」
これは、始まりの合図。生き残りをかけたシャザードとの魔法戦。私たちかシャザードが死ぬまで、終わることはない。
これが最期になるかもしれない。そう思ったとき、私の心に浮かんだのはやはりレイだった。




