93. 運命の幕開け
私たちの入場を告げるファンファーレが、会場中に鳴り響く。いつもなら、この大げさな登場にうんざりするけれど、今日はこの芝居がかった演出は重要。
警備は堅固。魔魔法陣にも崩れはない。人員の配置も予定通り。たとえシャザードでも、そう簡単には侵入できない。
だけど、きっとこれは想定内のこと。やるのなら、仕掛けはすでに内部にある。人なら魔薬。モノなら使い魔。どちらの可能性も捨てられない。
どんな小さなことも見逃せない。油断すれば足を掬われる。私の失敗が、多くの命を奪うかもしれない。そう思うと自然に手が震えてしまう。そんな私を安心させるように、アレクは優しく自分の手を重ねる。
アレクを含めて、この国の人間はみな甘い。平和ボケというのだろうか。緊張なんてしている場合じゃない。いざというときは、私がアレクに代わって指揮を執る。
そう決意して、うそ臭い笑顔を向けるアレクに、私もにっこり微笑んだ。
愛し合う婚約者のフリ。強固な同盟関係を誇示するための芝居。それぞれの役になりきらないと、演じきれない難しいもの。
なのに、アレクは自分が大根役者だという自覚がない。そしてクララも。今もお互いにお互いの存在を、ガチガチに意識している。
だいたい、この大事な局面に、どうしてアレクの魔法が付与されたアクセサリーを!カイルだって、それを身につける危険性が分かるはずなのに。
まあ、もうしょうがない。あれはアレクの護りのまじない。クララの命と引き換えに、その核が砕け散る仕組みだ。備えは多いほうがいい。
私もこの日のために、魔力遮断布でガーターベルトを作った。そこにありったけの魔石を隠してある。いざというときのために。
会場に漂う不穏な空気。空間の微妙な歪み。薄い膜が張ってあるみたいに、魔力が微妙に婉曲される感覚。見えない何かがある。
広間の中央を、ゆっくりと玉座に向かって歩く。そして、私たちは道すがら、臣下に一言二言と声をかけていく。カイルの前に差し掛かったときは、アレクが声をかけた。
「カイル。よろしく頼む」
「心得ております」
クララの指に光る婚約指輪。あれには見覚えがある。赤と白のバラを象った王家の紋章。あれは我が王族のものじゃない。一体どこの国の……。
そうか。『真実の愛』だ。主人公がヒロインに贈った、赤い石の指輪。ガーネットの血の赤と白金の白。あの物語を読んで、私が想像した指輪と酷似している。
変ね。あの本には、紋章についての記述はなかった。指輪だって、赤い石としか書いてない。だから、みなが赤い宝石はルビーだと思っているのに。
いつか、そのときがきたら、もう少しゆっくりカイルと話してみたい。おそらく、彼と私には何か隠された繋がりがある。賢者の秘事が、それを解き明かす鍵となるはずだ。
カイルは必ず、あの村に帰る。そして、おばば様の元に行く。確信に近い予感。でも、クララが一緒なのかは分からない。
アレクに導かれるまま、私は王太子妃の席の前に立った。会場は不気味なくらいに凪いだまま。やはりおかしい。
こういう場には、人の念や思惑が蠢くもの。悪意も善意もすべてを含めて、雑念が渦巻くはずだ。なのに、この会場は穏やか過ぎる。
「静かすぎるな」
アレクがそう言った。ぼんやりしているように見えても、この人も相当の魔法の使い手。気が付いていたんだ。
「霧がかかったみたいだわ。人の感情が読みにくい。思念もかすかに妨害される」
会場全体に、何にかが仕掛けられている。拡散された微量の魔力。発動前の魔法陣かもしれない。広範囲を守る必要がありそうだ。
『魔術師の均等配備。予備部隊は場外待機』
私は魔術師たちに信号を送った。結界調査のときから、定期的に警備について相談をし、暗号での緊急信号も決めていた。
狙いは王族なので、私たちのいる中央前方に魔術師を多く配置してあった。でも、この感じは違う。妨害はもっと広範囲に及んでいる。
いよいよ、私たちの婚約発表が近づいてきた。アレクの手をぎゅっと握ると、強く握り返された。
狙ってくるなら宣言前だ。宣言終了と同時に世界中に告知されるよう、通信魔法が設定されている。事実が公表されれば、後はもう妨害のしようがない。
全員が定位置に戻ったことを確認したとき、アレクが私の手を引いて、壇上の玉座に移動した。
レイは、王族暗殺計画だと言った。狙いは私たち王族。いえ、待って。王族の血を引くものは他にもいる!
カイルは王弟の子。祖父は国王だ。血だけで判断すれば王族。そして今は、宿命の巫女を連れている。まさか、狙われるのは……。
幼い頃に観た演劇の影響を受けて、劇作家になりたかった男の子。実は王位継承者。これは『真実の恋』の主人公だ。当代の女王の直系の。
ヒロインは、土着信仰の神殿に仕える……巫女?迫害されて消えた宗教と王朝の終焉。あの物語は、宿命の巫女の運命を描いたものなんだ!
シャザードの意図に反して、異次元で死を選んだ巫女。レイはクララをすぐに巫女だと見抜いた。魂は永遠だといったお姉様。生まれ変わりを信じるかと問うたカイル。
シャザードの狙いは、私たちじゃない!彼がほしいのは巫女の力。それには、彼女を守っているカイルの命が危ない!
そう進言しようとした瞬間に、私は慣れ親しんだ魔力の波動を感じた。
レイの魔力!レイがいる!
それは、アレクが婚約宣言のために進み出たのと、ほぼ同時のことだった。




