91. 女たちの戦い方
眠らずに明けた朝は、抜けるような快晴だった。冷え込んではいるけれど、太陽の光が心地いい。レイもどこかで、この日の光を見ている。そう信じよう。
魔法茶で眠ったせいか、アレクは随分と元気になっていた。それを見届けてから、私は早々に自分の部屋に引き上げた。
秘書たちと、式の手筈を整える必要がある。怖がるものは、うまく理由をつけて逃してあげなくてはいけない。
執務室のほうは、アレクが取り仕切ってくれる。私も自分の部下の安全を確保するべきだった。
私はまず、ヘザーを部屋に呼んだ。表向きは一緒に朝食をということだったけれど、他の目的のほうが主だった。
「何か、特別のお話があるのでは?」
ヘザーは第一秘書。主人の意図などお見通しだ。朝っぱらから王女の部屋に呼ばれて、それが単なる食事だけのわけがない。
蜂蜜をかけたヨーグルトを食べ終わって、私たちは食後のコーヒーを待っていた。香り高いコーヒーが運ばれてくると、給仕たちに下がるように合図をした。
「危険があるの。側近たちには今、アレクが話しているわ」
「それは、どのような……」
ヘザーはうまく動揺を隠して、詳細を尋ねてきた。私は結界を強化してから、先を続けた。
「詳しいことは分からない。でも、式で何かあるかもしれない。狙われているのは王族よ」
「そんな……。ローランドはこのことを?」
「すでにアレクから聞いていると思うわ。協力が必要だから」
「そうですか。私は、何をすればいいのでしょうか」
ヘザーの助力を請おうとしたのに、逆に協力を申し出られてしまった。この娘には、本当のことを話したほうがいい。きっとうまく対処してくれる。
「あなたは、アレクの気持ちに気がついているわよね」
そう切り出されて、ヘザーは一瞬だけ返答に困ったようだった。それでも、私が本気で聞いているのが分かったのか、率直な答えを返してきた。
「はい。確信はありませんが……」
クララはヘザーの親友。アレクがクララに好意を持っていたことに、きっと前々から気がついていた。
「明日は、ローランドの側を離れないで。二人でクララを守ってほしいの」
「それはローランドに任せますわ。私は王女様を、お側でお守りします」
ヘザーの献身はありがたい。でも、アレクのためにはクララの警護に回ってほしい。宿命の巫女をシャザードから守る。それぐらいしか、私にできることはない。
「気持ちは嬉しいけれど、ローランドにはあなたの助けが必要よ」
ローランドは自分の婚約者を放って、他の女を守ろうとするような人間じゃない。ヘザーと一緒でなければ、どこにも動けないだろう。
ヘザーは賢い。そういう私の意図を即座に汲み取って、力を貸すと約束してくれた。
「分かりましたわ。私は王女様の望みのために動きます」
「ありがとう。お願いね」
ヘザーは黙って頷いただけだった。
私は秘書たちをサロンに集めて、私は今回のことを包み隠さず話した。
みな驚きはしたものの、ある程度の覚悟はできていたようだ。ここに戻ると決めたときに、私への忠誠を心に誓ったらしい。
「何かがあった場合には、侍女長かヘザーの指示に従ってちょうだい。ただし、命が危ないと感じたときは、自分の直感に頼って身を守るのよ!」
彼女たちの婚約者は臣下。何かのときには、アレクを守って戦わなくてはいけない。女でも自分の身を自分で守る必要がある。
自分の命に責任を持つこと。愛する者の足を引っ張らないために、自分だけでも安全な場所に逃げること。それは共に戦うことと同じだ。
「あなたたちにできることは、平常心を保って仕事を遂行すること。王女様のために、力を尽くしなさい」
侍女長がそう言うと、みなが真剣な顔で頷いた。
緊張を和らげようと、今日はサロンで過ごすことに決めていた。それでも、やることは山のようにある。
急なことではあっても、明日は王都に駐在している各国大使たちを招いてある。この国の未来の王妃として、会う前に彼らのことを知っておく必要がある。
侍女長が用意した姿絵や経歴を、それぞれの侍女に割り当てて覚えさせる。そうすれば、もしも私に記憶違いがあっても、彼らがうまく誘導してくれる。
この国の王族の一員になるものとして、彼らの前で恥をかくわけにはいかない。
作業が一段落したところで、私はヘザーに耳打ちした。
「ローランドをバラ園に呼び出せる?」
「バラ園に何かあるのですか?」
「アレクからも、直接話させたいの」
「今朝のお話ですね。承知いたしました」
アレクは日に何回かは、礼儀として私を訪ねてくる。それと入れ替わりに、ヘザ-をローランドのところに行かせる段取りをつけた。
予想通り、アレクはお茶の時間を見計らったように、サロンに顔を出した。ヘザーがサロンを出たのを確かめてから、私はアレクと隣室に移動した。
「昨日の今日だ。大丈夫か?」
アレクは私の心配をしてくれている。本当にお人好し。クララのことなんて、おくびにも出さない。
「ありがとう。私は大丈夫よ。いいところに来てくれたわ。ヘザーに、ローランドへの伝言を頼んだの。明日のことで」
アレクは何も言わない。でも、私が言いたいことは伝わったはずだ。
「ローランドはバラ園に来るわ。アレクからも、話をしておいてくれるかしら」
「ああ。色々と気を揉ませてすまない」
私はアレクの腕をとんとんと叩いて、サロンから追い出した。今、できることの最善を尽くす。そのためには、みなが同じ気持ちで団結するべきだった。




