89. 伝えたいこと
そろそろ、夕食の時間だ。秘書たちに、夕食をとるように指示を出す。
「部屋に戻るわ。今日はもう、適当に上がってちょうだい」
いくら非常のときとはいえ、働かせすぎるのはよくない。彼女たちは 侍女じゃなく、私の秘書なのだ。
「王女様、何か不手際がございましたか。まだ仕事は残っておりますのに……」
護衛の騎士と共に、一人だけ部屋まで付き添ってくれた侍女長が、心配そうに言う。この人の目はごまかせない。
「初日から過重労働はよくないわ。あとは明日にしましょう」
「そうですか。では、夕食の後は、みなを部屋に下がらせましょう」
「お願いね。私の夕食はここに運んでちょうだい」
「かしこまりました」
侍女長が出ていったので、私は寝室に入って結界を張った。そして、逸る気持ちを抑えて、ゆっくりと封筒を開く。
封筒の中には、他国にいる兵士が家族に宛てた手紙が入っていた。思ったよりも駐屯が長引いているが、自分は元気だというもの。
筆跡もレイのものではないし、内容も不審なところはない。おそらく、この兵士は本当にこの手紙を書いて、普通に投函したんだろう。
それなのに、何度読んでも文面とは違うイメージが頭の中に浮かぶ。レイの必死な思いが流れ込んでくる。言葉にならない感覚。叫びのような警告。
胸の鼓動が早くなる。北方は何かを仕掛けている。レイはそれを知らせているんだ。レイは誰かが書いた手紙に乗せて、そのメッセージを送ってきた。
もっと手がかりがあるかもしれない。私は思いつく限りの魔法を試してみた。でも、何一つ反応しない。
レイのことだもの、警告だけじゃない。どこかに詳しい情報を隠しているはず。私にしか解けない魔法で。
こんな風に極秘情報を送ってくるなら、そういう方法しかない。レイは私がその解答を見つけられると信じて、この手紙を送ってきたんだ。
古い魔法なら、血を使うかもしれない。私はそう思って、指に針をさして、ほんの少しだけ血をつけてみた。なんの変化もない。
この手紙は、いずれはきちんと宛先に転送されるべきもの。それを血で汚さないように、端にちょっと付けた血を、私はすぐさま魔法で消した。
どうしよう。絶対に何かあるはずなのに、見つけられない。レイはきっと、命がけでこの手紙を送ってきた。空間投影や転移魔法、魔伝も使い魔も使えない。これしか、私に連絡する術がなかったんだ。
「レイ、どうしよう。どうしたらいい?お願い、教えて……」
多くの人たちの命がかかっている。失敗はできない。なのに、どうすればいいのか分からない。レイは私ができると信じているのに!
どれほどレイは、ひどい目にあっているんだろう。それとも、まだ逃げおおせている?この手紙の消印は昨日だから、それまではレイは生きていた。今は?無事なの?
「会いたい」
口に出して望みを言った途端に、我慢していた感情が流れ出した。
私はいつだって、レイのことを思っている。だから、婚約式を急ぐ。レイを忘れたんじゃなくて、レイの命を救うために。そのためなら、アレクと喜んで結婚する。
だから、お願い。早く帰ってきて。生きていてくれるだけでいい。そうすれば、私はそれを支えにして生きていける。アレクと共に、王族としての人生を全うできる。
目からこぼれ落ちた涙が手紙に触れた瞬間、頭の中でレイの声が響いた。
「王族暗殺計画。テロに備えよ」
これが隠されたメッセージ!血じゃなくて涙で反応するのなんて!血よりも保存が難しいもの。それが涙。だから、それを鍵にしたんだ。
私がこの手紙を受け取って、レイを思って泣くと思ってたんだわ。その通りだったけど、ひどい人。女を泣かせる気で、手紙を送ってくるなんて!
「セシル、泣くな」
レイの声が、聞こえた気がした。思わず笑ってしまう。泣かせたのは自分なのに、そんなこと言うなんて、本当に頭にくる!
私は笑いながら、声をあげて泣いた。レイは生きていた!まだ、きっと間に合う。レイはまだ生きている!
もっと涙を落としてみたけれど、手紙からはもう何も響かなかった。レイの意地悪。もっと声を聞かせてほしかったのに!
レイが去ってから、まだそれほどに日は経っていない。なのに、会いたくて会いたくてしかたない。無事な姿を見たい。
レイのメッセージは、婚約式のテロ。私たちの暗殺計画がある。すぐにアレクに知らせないと。まだ式まで丸一日以上ある。今なら対策が取れる!
驚いたことに、すでに時間は深夜に近かった。アレクに魔法茶を持っていってあげる約束だったのに! 思った以上に、時間がかかってしまった。でも、きっとアレクはまだ眠っていない。
私はメイドを呼んで、すっかり冷めた夕食を片付けてもらった。そして、アレクに持っていく、お茶の用のポットとカップを準備する。
魔法茶は私が国から持参したものだ。他国から持ち込まれたものを、アレクは口にするだろうか。もし飲んでくれなかったら、それは私を信用していないということだ。レイの警告も無駄になる。
私は意を決して、アレクの元に向かった。どうか信じてもらえますように…と、祈るような気持ちだった。




