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88. 宛名のない手紙

 部屋に入ると、それほど間をおかずにアレクが戻ってきた。お互いに今は忙しい。手短に済ませよう。


「明後日の婚約式なんだけど」


 私が早速そう切り出すと、アレクは上着を脱いで、シャツの首元を緩めた。そして、そこに置いてあったブランデーの瓶に手を伸ばす。


「まだ、飲むには早いわ」


 失恋が辛いのは分かるけれど、飲んだくれている場合じゃない。クララが生きていれば、いつか恋が成就する望みもある。


 でも、きっと、アレクはそんなズルいこと考えてない。クララを忘れて……私を大事にしようと? とてもありがたい話だけど、それは急がないでいい。


「後で、魔法茶を運ばせるわ。すぐに眠れるから」

「そうだな。頼む」


 魔法茶には強い睡眠作用がある。アルコールよりもずっと健康にいい。強制的に眠らせないと、アレクは体を壊してしまう。

 今夜は私が、ここに泊まって結界を張る。それなら、アレクが寝入っていても、危険を察知できる。


「式では、クララの婚約発表もするわ」


 この話題に予想が付いていたらしい。ここでしか話せないとなれば、当然クララのことになる。


「わかった」


 誰の目にも、アレクはヘロヘロ。これで政務をこなせてるとか、尊敬に値する。


「他にも、婚約するカップルがいるのよ。それで、段取りなんだけど」

「ああ、いいよ。君に任せる。よろしく頼む」


 アレクがその話題を手で遮った。でも、ここでは終われない。式次第くらいは確認してもらわないと。


「筆頭公爵家のローランドから、婚約報告があるわ。それに祝福を……」

「わかったから。もうこの話はやめてくれ」


 まだ、何も話してないのに! 女々しいって言葉は男にしか使わないけど、それは正に正解だわ。


 私はとりあえずブランデーの瓶を手にとって、そばにあった二つのグラスに注いた。一つはアレクの、もう一つは私のために。今は本当に、アルコールの力が必要だ。


「今日はこの一杯で終わりよ」


 私がそう言うと、アレクはぐっとブランデーを煽る。無茶な飲み方だ。


「クララは元気よ。ヘザーに様子を見てきてもらったから」


 アレクは何も答えない。しょうがないので、私はそのまま話を進めた。


「縁って不思議なものね。貴族は政略結婚が基本。だから、きっと大丈夫よ。」

「そうだな」


 片思いの相手と結婚できるカイルとヘザー。互いに別の人間と愛し合っているのに、それを諦めて結婚する私とアレク。どちらも楽な道じゃない。

 

「話がそれだけなら、もう戻る」


 アレクはグラスを置いて、ソファーから身を起こした。ちょっと、まさか逃げるつもり?


「いいわ。でも、ローランドはちゃんと祝福してあげてね。じゃないと、ヘザーが心配するから」


 執務室にはローランドがいる。ヘザーとの婚約は、もう聞いているはずだ。それで決まりが悪いのかもしれない。自分のせいでそんなことになったという、自覚だけはあるだろう。


「言われなくても、分かっているよ。心配しないでくれ。義務は果たす」


 カイルはアレクの腹心の部下。クララの護衛としては、誰よりも適役だ。しかも、彼は私の従弟。魔力も血筋も問題ない。

 円卓の騎士は戦う官僚みたいなもの。将来性もあるし、玉の輿と言っていい。


 それにしても、そこまでこの話題を避けなくてもいいのに。仮にも婚約者である私を前に、別の女に未練たらたらなのを見せるなんて。

 アレクはそのまま、逃げるように部屋を出ていった。まるで子供だわ。そう思うと、知らずにため息がでた。


 秘書室の戻ると、すぐにヘザーを呼んだ。アレクにクララの情報を伝えるには、ローランド経由しかない。失恋した者同士だし、気持ちも分かり合えるだろう。


「ローランドに会ってらっしゃい。クララの様子を教えてあげてほしいの」


 特にカイルとの婚約のことを。でも、それは口にはしないでおいた。ヘザーにしても、色々と言いにくいだろう。ローランドの傷をえぐることになりかねない。


 実際、クララは口裏を合わせているにすぎない。カイルに好意を持ってはいても、愛しているわけじゃない。今はまだ。


「承知いたしました」

「あなた達の婚約発表のことも、忘れずに伝えてちょうだい」


 ヘザーは返事もそこそこに、スカートの裾をつまんでさっとお辞儀をした。ローランドと会いたくてしょうがないのね。なんというか、いじらしくて可愛い。


 ヘザーが出ていってから、何気なく机の上を見ると、何通かの手紙が届いていた。その中で一通だけ、強く心を引くものがあった。全く宛先が違う封筒が混じっていたのだ。


 根拠があるわけじゃない。でも、私の中の直感が叫んだ。これはレイからの手紙だ。


 これがここに届いたということ、それが何よりの証拠。レイになら宛先を偽っても、私の気配を追って手紙を届けさせることができる。


 私は手紙の束を手に持って、いかにも何でもない風を装った。でも、心臓は早鐘のような警笛を鳴らしていた。

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― 新着の感想 ―
[一言]  え? アレク、寝ないの? 倒れるよ~
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