83. 理想の伴侶
大丈夫。アレクはきっと立ち直る。
「君がいてくれてよかった。共に戦える相手がいて幸運だ」
「あら、今更ね。知れたことよ。こんな美女を侍らせて、男はみんな嫉妬するわよ」
「はは。違いない」
そんなこと、思ってもいないくせに!でも、アレクは軽口にうまく答えてくれた。こうして、アレクが少しでも和んでくれれば、今はそれでいい。
私たちは前に進まなくちゃいけない。こうしている今も、戦況は刻々と悪化している。すでに戦っている人たちもいる。レイのように。
私たちは居間へ移動して、暖炉の前で熱い赤ワインを飲んだ。その甘さは、冷え切った体を暖めてくれる。
「報告を聞いたか?レイは逃げおおせたと思う」
「魔法戦のことでしょう。ずいぶん派手にやったみたいね。現場に死の気配は残ってなかったと聞いたわ。相手がシャザードだから、楽観はできないけど」
朝になれば、ヘザーから詳しい報告が聞ける。魔術師には聞けないことを、レイのことを尋ねることができる。
「犠牲が出なかったとは言え、領内に軍幹部を送り込むとは。宣戦布告のようなものだな。もう戦うしかないのだろうか」
「ギリギリまで、持ちこたえましょう。戦争になれば民に被害が及ぶ。婚約式をできるだけ前倒しするべきよ」
「そうだな」
王太子の結婚は国事。どの国でも、側近たちは同時期に婚姻する。主君の子と同じ年頃の子女を得られるようにと。己の子供が、次世代の側近や婚約者に選ばれることを望んで。
つまり、王族の婚姻に合わせた便乗婚は普通のこと。後宮に入らない侍女たちを、不本意な噂から守る。それには、この時期に婚約させるのがいい。
みなが側室候補から外れたことを示せば、北方に目をつけられることもない。
「同時に、クララの婚約も発表するわ。彼女の立ち位置をはっきりさせる、良い機会だと思うの」
「そうだな」
反対されると思って身構えていたのに、アレクはあっさりと了承した。そうか。二人で話し合って、きっと気持ちの整理がついたんだ。
「うまくいくだろうか」
「分からないわ。でも、やれることはやっておかないと」
正解なんてない。今はとにかく、現時点での最善だと思われることをするだけ。後悔しないように最善を尽くす。考え得る危険を予測して、それを予防していくべきだ。
「警備を固めよう。魔術師たちは、結界には問題がなかったと言っている。油断はできない」
「そうね。思った以上にシャザードは慎重だわ。甘かったわね」
「それだけ、本気でこの国を狙っているということだ」
内通者がいるとは思えない。誰の協力もなくあんなことができるのは、シャザードだけ。恐るべき賢者の力。間違った者が持ってはいけないものだ。
シャザードは、気がついているんだろうか。クララが宿命の巫女だということを。賢者の秘事は、おばば様の口から以外は語られてはならない。アレクにも明かすことはできない秘密。
異次元で死を選んだ先代の乙女。それが、この世界に繋がる過去の選択だったとしたら。それを回避するのに失敗したシャザードは、もう宿命を変えることを諦めたのかもしれない。
でも、なぜだろう。巫女のことを考えると、自分が何かとても大切なことを忘れている気がする。どうしても思い出せない事実。もう覚えていないような遠い記憶。
頭には残っていないのに、心が共感する感覚。最近、そういうものに触れることが多くなった。異世界小説。レイの故郷。カイルの存在。何かの共通点があるはずなのに、濃い霧の中にいるように何も見えない。
考えすぎて険しい顔をしていたのかもしれない。アレクが私の頭をポンポンとたたいて、疲れたように微笑んだ。私は思考を中断して、それに笑みで応えた。
「少し眠ったほうがいいわ。私のベッドを使ってもいいわよ」
そう言ってから、それは酷だと気がついた。私のベッドにはクララが眠っていた。その温もりはアレクにはきついだろう。私はガチャリと鍵を回して、隣室のドアをあけた。
「今日はこっちを使って。レイのベッドも寝心地は悪くないわよ」
「寝たことがあるみたいに言うんだな」
たまにね。でも、やましいことはないわ。いやしくも王太子の婚約者。もうレイとは寝ていない。そんなこと、アレクだって分かっている。
「傷心の貴方と、一緒に寝てあげてもいいのよ。私の胸で泣けば?」
「遠慮する。刺客より恐ろしくて、寝られそうにない」
それはそうね。私に寝首をかかれるわよ。アレクが笑ったので、私も嬉しくなった。
こういう関係も悪くはない。愛はなくても信頼はある。いい理解者であり、人生の友。共に生きる道しかないのなら、アレクに幸せになってほしい。
「私たちは運命共同体だ。限られた状況下だが、セシルが幸せになれるよう努力したい」
アレクも同じことを考えていた。本当に、私たちは気が合う。大丈夫、うまくやっていける。私はアレクに笑みを向けた。
「私もよ。貴方のよい伴侶になるわ」
アレクがいてくれるから、レイがいなくても私はこうして立っていられる。アレクが隣室へ入ったので、私はそっとドアを閉めた。




