81. 出生の秘密
血族に受け継がれる強い魔力は、どうしても隠しようがない。北方がそれを、魔薬の開発に利用しようとしたくらいに。私には出自を調べられるだろうと、カイルだって分かっていたはずだ。
「そう怒らないで。私はお前にとっては主筋。望むなら王族に復籍させてあげるわ」
「お断りします」
予想通りの答え。当たり前だ。そんな気があるなら、カイルはこんなところで、魔力を隠して暮らしてはいない。王位継承権二位の王族として名乗りを上げれば、私の弟との後継者争いに巻き込まれる。
「でしょうね。やっと逃げ出せたんですもの。亡き先代の子爵も、再三に渡るお前の引渡し命令を、固辞し続けたそうよ」
「義父が……?」
我が王家にとって、この強い魔力は宝。そして、敵対した場合は脅威。放っておけるはずがない。
だから、死んだと偽って孤児院に預け、ほとぼりが覚めた頃に養子に迎えた。全財産を投げ打って、他国に伺候したのは、その追跡を逃れるため。
「子爵はお前を、安全な場所に隠したのよ。よっぽどお前の母を愛していたのね」
カイルの母は、先の王弟の後宮に召し出された下級貴族の娘。魔力を宿す器として、ただの道具として。
なんとか子は身籠ったけれど、他の側女たちの執拗な虐めに苦しめられ、狂を発して後宮を追われたという。
そんな彼女を保護したのが、かつての恋人であった子爵。カイルの義父になった人だ。
これが、宰相様が調べてくれた、カイルの出生の秘密。カイルの母も義父も、非道な王家の被害者たちだった。
「とにかく、私の命にて、お前とクララを婚約させます。彼女の正式な婚約者として、式に出てもらうわ」
「やめてください。冗談にもほどがある」
「冗談じゃないわ。クララには保護が必要なの。北方の目をそらすために」
「それなら、ローランドが適役でしょう。彼は筆頭公爵家の子息。十分すぎる資格だ」
私もそう考えた。でも、それはアレクに阻止されてしまった。
ローランドは高位の貴族。王族に離反しないように育てられている。その王族の、しかも自分の主たる王太子の愛妾だと思えば、もうクララには近づくこともない。
それに、彼の心変わりの理由は、主への忠誠心だけじゃない。クララがアレクを好きだと、ローランドは気がついていた。二人のために、潔く身を引いたんだ。
「みな、揃いも揃って道化師だわ。ローランドは自分から離れたの。アレクからの牽制もあるし、とてもクララを引き受けてくれないわ。今、彼女を守れるのは、お前しかいない」
「卑怯ですね。私に拒否権はないと」
他にはもう候補はいない。レイが言っていた、選ばれし三人の男。カイルはその一人なのだから、十分に並び立つ資格がある。クララに選ばれる可能性がある。
「そんなところね。とにかく、式にクララを連れて来てちょうだい。それまでは、決して側を離れないで。当日は私に合わせてくれればいいわ。勅命を以って、お前たちを婚約させましょう」
「クララを騙して、抜き打ちで婚約させるつもりですか」
そんなこと、お前にはできないでしょうね。クララが嫌だと言えば、婚約なんて成立しない。嫌と言えればの話だけど。
「しょうがないわ。でも、そんなに恨まれるとは思わないけど?」
「そんなことは、ごめんです」
「ふーん。じゃあ、別の貴族に頼んでいいのね?」
「いえ、そういうことではなく、騙すのは嫌だと言ったんです」
そうでしょうね。思った通り。アレクやローランドとは違う。カイルは真っ向からクララにぶつかる勇気がある。私の買いかぶりじゃない。やはりこの男は使える。
「じゃあ、どうするの?」
「婚約は私から申し込みます。全力で振り向かせてみせる」
いい気概だわ!さすが私の血筋。そう思ってつい頬をほころばせると、カイルは私の顔を見て、うんざりしたような表情になった。
どうしてだろう。レイとカイルは他人なのに、こういう仕草や表情が、どこか似ている気がする。同じ孤児院で育ったからなのかしら。
「なかなか骨があるじゃない。いいわ、期限は私の婚約式までよ。ズルできないように、レイの術も切るわ。クララの気持ちは、自分で確かめるしかない。それならフェアでしょ。それでクララが靡かないなら、私から命令するわ」
「心得ました」
カイルは胸に手を当てて、騎士らしくうやうやしいお辞儀をした。つまり、もう私の相手はごめんだという仕草。
「いい報告を待っているわ。今夜は私の部屋の前で待機してね。色々と片付き次第、クララを逃がすから。……もう行っていいわ」
私はわざと扇を振って、シッシとカイルを追い払う仕草をした。カイルはそれを一瞥しただけで、何も言わずに部屋を出ていった。
これでいい。とにかくクララを王宮から出して、安全なところに匿う必要がある。カイルの魔力は、同族でなければ感知できないくらいに、深く隠してある。その魔力は強大だ。いざというときには、十分にクララを守れる。
私はようやくホッとして、テーブルの上にあった冷めた紅茶に口をつけた。




