表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

80/109

80. カイルとの賭け

「今夜のうちに、クララを連れて逃げてちょうだい」


 さあ、カイル。あなたならどうする?アレクの従順な臣下にして、ローランドの親友。横からクララをかっさらうなんて芸当、できたりするの?


「承知しました」


 カイルの出方を見ようとしたのに、その意図はあっさりと見破られたらしい。残念。私は落胆を隠す気もなく、そのままソファーにどかっと腰を下ろした。


「お前までそれ?この国の男は張り合いないわねえ」

「世界中を探しても、レイ殿ほどの男はいないと思いますが」


 小賢しいことを言う。でも、私にこんな態度を取れるのはカイルだけ。この男は血縁。遠慮するような仲でもないし、何より今は協力してもらわなくちゃいけない。


 猫をかぶるのもそろそろ限界。本音で話せるのは悪くない。そう思うと、自然と笑みが漏れた。


「それはそうと、ローランドはどうだった?落ち込んでない?」

「かなり」

「でしょうね。アレクのせいよ。男の嫉妬って強烈だわ」

「ローランドも、嫉妬でとち狂ってましたが」


 カイルはうっかり敬語を落としたことを、さらりと侘びた。無礼を働いたなんて思っていないくせに。


「不敬は不問にします。お前の本音を聞きたいわ。アレクもローランドも、何なのあれは?私がどんなに仕掛けても、絶対に思い通りにいかないの」

「畏れながら、それは王女様が余計なことばかりされるからでは?」

「あら、私はキューピッドよ!なかなか動かない男たちを、愛の矢で追い立ててるだけ」 

「それがお節介だと言うんです」


 従弟殿はなかなか手厳しい。私にも多少は反省する部分もあるけれど、その割には男たちがヘタレすぎる。

 カイルが言ったように、レイほどの男はいないわけだから、高望みしてもしょうがないけれど。それにしても、クララが気の毒。


「そうね。まあ、とにかく、あの二人はダメ。もう残るのは、お前しかいないのよ」 

「だから、それが余計なお世話だと言うんです。なぜこっちにそんな役目が……」


 私だって、あなたたち三人がもっと積極的に奪い合うんだったら、こんなことはしないのよ。でも、これじゃ全ての決断はクララに丸投げじゃないの!

 いくら選択権があるからと言って、君が好きに決めればいいよ……なんて、優しさじゃないわ。それは責任の放棄!女に何でも選ばせるなんて、怠惰だと思う。


 カイルは盛大なため息をついて、私を『暇を持て余したくっつけババア』呼ばわりした。なんだか妙にツボに入ってしまい、私はふふっと声を押し殺して笑った。


 私たちの魔力量なら、意識して聞かないようにしなければ、お互いの心の声はダダ漏れになる。互いの魔力が共鳴し合って、意思を飛ばしてしまう。カイルはそれを制御する術を知らないらしい。


「ローランドは身を引いたわ。アレクは愛を告げるだけで自己満足するわね。私がクララだったら、こんな男たちは絶対に嫌」

「それでは、一体どんな男ならいいんです」


 カイルは苛立ちを隠すことなく、吐き捨てるように言った。無礼千万と言いたいところだけど、そういう態度だからこそ、こっちも強気で押せる。


「女は、ときには強引に奪ってもらいたいものなの。クララは今、とても不安定だわ。強い力で引いてくれる男がいたら、そのまま流されるわよ」

「それは王女の話でしょう。彼女はそういう女性ではありません」


 これは自慢かしら?自分のほうが、ずっとよくクララを知っていると。


「余裕ねえ。一番じれったいのはお前だわ。レイにかけられている術で、専属騎士は侍女の感情を読み取れるでしょう。クララの気持ちを、盗み見ればいいのに」

「悪趣味です。本人に知られたら刺されますよ」


 確かに。知られたくない心を覗かれるのは嫌だわね。でも、何もかもを盗み見ろとは言っていない。上手に使えと言っているだけ!

 でも、ムキになるのは、それだけ真剣な証拠。よかった。カイルにクララを任せても大丈夫そうだ。


「こうなったらもう、お前の一人舞台ね。誰に気兼ねすることもないわ。クララを連れて、どこか好きなところへ行きなさい」


 好きなところ。そのキーワードに、カイルは故郷の風景を思い出したらしい。目の前に美しい映像が広がった。


 山の稜線がそのまま海に入る。長く続く砂浜に沿って丘があり、そこは緑で覆われている。丘の上から見渡す水平線のその先は、大海へと続いている。そして、古代遺跡である石造りの屋外劇場の上を、カモメが舞う。


 ああ、レイの故郷だ。私たちが夢見た理想郷。カイルもクララを、あそこに連れていきたいんだ。好きな子を連れて戻るという、レイとの約束を果たすために。


「西の最果てね」

「映像まで覗き見ですか」

「わざとじゃないわ。お前の念が強すぎるのよ」


 強い気持ちは心からあふれ出すもの。クララの気持ちも。そうか、だからカイルは、わざと見ないようにしているのかもしれない。そこにはアレクへの愛が存在しているから。


「今夜、クララを王宮から出すわ。誰にも見られないように。お前は護衛騎士ではなくて、アンダーソン子爵として、そのまま一緒に行ってもらいたいの」

「何ですか、それは。いい加減にしてください!なぜいきなり、子爵の称号が必要なんです!爵位など名ばかりで、騎士としての地位しかないのは聞いているでしょう」


 カイルが名乗る子爵家は没落貴族。体面を保つ資産も領地もない。宰相様の調べで、すべての事情は明らかになった。実父である私の叔父と、養父である故子爵との関係や、我国の王家との確執も。


「お前の出自を調べたわ。血筋ならアレクにも劣らない。卑屈になることないわ」

「余計なことを!」


 カイルは嫌悪を隠すことなく、吐き捨てるようにそう言っただけだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言]  こっちは完全に巨大なお世話かな。  クララがアレクを見ている以上、アレクをなんとかするしかないのよね。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ